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010 暫定

「この度は大変申し訳ありませんでした。エルドラ様のランクなのですが、暫定(・・)Aランクとさせていただければと思います」

 

 ギルド内に戻った俺たちは、シドリーさんからそんな言葉を伝えられた。

 暫定――初めて聞く処理に、少し困惑する。


「暫定、ですか……」


「はい。Aランク冒険者であるブランダルさんを倒したことは、確かな実績です。本来ならばすぐにでもAランクを進呈したいのですが、今回はあまりにも特殊な形式だったので……審査員本人からの評価が得られない以上、正式なランクは保留とさせていただければと思います」


「どうすれば正式な評価になるんですか?」


「Aランクダンジョンの攻略ですね。すでに攻略されているダンジョンでも構いませんので、最下層まで行って帰還することさえできれば、正式にAランクを進呈させていただきます」


 なるほど、妥当な条件だと思う。

 それにエルドラが経験を積むにはちょうどいい難易度だ。

 ダンジョンは実力だけで攻略できる場所ではない。

 仕掛けられたトラップ、得意な能力を持つ魔物の見極めなど、経験が生きる場所が多すぎる。

 

「Bランク以下の冒険者であれば同行も可能ですので、ディオンさん……でしたっけ? Bランクとお聞きしましたので、あなたであれば同行できます。ぜひサポートしていただければと思います」


「ああ、助かります。では……」


「あ、あの!」


 カウンターから立ち去ろうとしたとき、突然シドリーさんが声を上げた。

 何事かと見てみれば、彼女は何故か疑念の目を俺に向けている。


「えっと……何か?」


「あ、その……ディオンさんは、さっきのエルドラさんの動きが見えてたんですか?」


「え? ああ、まあ大体は」


 エルドラはかなり加減していた。

 本気で動かれたら到底追うことはできないだろうが、あの程度ならば反応できる。

 でなければ、最初の蹴りを止めることはできなかった。


「——っ、そうですか。すみません、呼び止めてしまって」


「いえ、では」


 俺は改めてシドリーさんに礼を告げた後、エルドラとともにカウンターを離れる。

 エルドラは少し不満げで、険しい表情を浮かべていた。


「どうした?」


「……Aランクの人を倒したのに、Aランクじゃないんだ」


「そのことなんだけどさ、今回仮だとしてもAランクを進呈されるってのはかなり異例のことらしいんだ」


「どういうこと?」


「検定制度ができてから、Aランク認定された人間っていうのはいないんだって。なぜならAランクに勝てる新人なんていないから。それだけランクの壁っていうのは一定のところからとても高くなる」


 これはエルドラとブランダルの戦いが終わった後に、シドリーさんから聞いた話だ。

 Aランク冒険者に新人が勝ってしまった場合はどうなるか。

 それを質問したところ、実際にどうなるかという話は聞けなかったものの、これまでに前例がないことであるというのは教えてくれた。


「エルドラが強いってことは俺が知ってる。だから……その、あまり気にするなと言いたかっただけで」


「分かった。ディオンが言うなら気にしない。それに、ディオンが私のことを知ってくれているならそれでいい」


 エルドラは嬉しそうに目を細める。

 彼女の美しい外見からその表情が飛び出すのは、相変わらず心臓に悪い。


「これからどうするの?」


「もう時間もかなり遅いから、宿へ向かおうと思う。明日ある程度街の案内をしながら準備して、その後は依頼を見てみよう。まずは資金集めだ」


「分かった。頑張る」

 

 張り切る様子のエルドラを見て、俺は拳を握りしめる。

 分かっていたことだが、一瞬で俺のランクを抜いてしまった。

 それを悔しく思う自分に少し驚く。

 強くなりたい、エルドラの隣にいるのに相応しい存在になりたい。

 ここまでの向上心を抱いたのは、初めての経験だった。


「あの、ギルドマスター……少し時間をいただけないでしょうか?」


 受付嬢のシドリーは、ディオンたちがギルドを出ていくのを見送った後、レーゲンのギルドの最高責任者であるギルドマスターの部屋を訪ねていた。

 赤髪に片目が潰れている女、ギルドマスターのレーナは、大きな革張りの椅子に腰かけたままで応対する。


「お、シドリーか。どうした?」


「先ほどの新人のランク検定、ご覧になりましたか?」


「ああ、お前が念のためって呼びに来たからな」


 シドリーは万が一の場合にブランダルを止めてもらうため、レーナに監視役を頼んでいたのだ。

 彼女はギルドマスターになる際に引退したが、元Sランク冒険者である。

 前線で活躍できるほどの実力は目の怪我とともに失ってしまったが、今でもブランダルを止める程度ではあれば問題はなかった。


「暫定Aランク。お前たちの判断は間違ってないと思うぞ」


「ありがとうございます……ですが、一つ気になることがありまして」


「何だよ」


 シドリーは一枚の用紙をレーナの前に置く。

 それはディオンの冒険者ライセンスのコピーであった。


「こいつは?」


「エルドラさんのパーティメンバーのようなんですが、少し疑念がありまして」


「へぇ……何の変哲もないBランク冒険者にしか見えないけどなぁ。回復魔術師ってのはちょっと珍しいかもしれないけど」


「その回復魔術師というのが少し疑わしいんです」


「は?」


 シドリーの顔は、決して冗談を言っている顔ではなかった。

 それを見たことで、話し半分で聞いていたレーナも真剣な目を向ける。


「ディオンさんはあの戦闘でのエルドラさんの動きを目で追えていたと言うのです。後衛職の彼がですよ? あのブランダルさんですら反応できなかった攻撃が見えているなんて、少しおかしくないですか……?」


「————そうだな。目を怪我したとは言え、あたしですら半分も追えなかったっつーのに」


 レーナは改めて、ディオンのライセンスカードへ目を通す。

 元Sランク冒険者であるレーナが反応できなかった動きを、Bランクの冒険者が反応した。

 さらに言えば、回復魔術師は本来後方に控えていなければならない職業であり、極力戦闘に参加しないことが理想とされている。

 つまり、あまり戦闘経験は積めないのだ。

 そんな男があの戦いを目で追いながら、声で彼女を制することができたなんて、到底信じられる話ではない。

 しかし、それは実際に起きた出来事なのである。


「で、結局何が言いたいんだ?」


「……ディオンさんにランク検定を受けていただきたく思います。もちろん彼からの同意が得られれば、ですが」


「なるほどね。確かに今Aランク以上の冒険者が減少傾向にあるし、もし本来の実力を隠してるならぜひとも適正ランクになってもらいたいところだな」


「はい。許可をいただけますでしょうか?」


「うーん……」


 レーナはしばし考え込む。

 ランク検定とは新人に対して行われるもの。

 一度冒険者になってランクを得た者は、そこから一つずつ上げていくのがルールだ。

 シドリーの提案は、そのルールを無視する可能性がある。

 もちろん、本当にディオンがBランク以上の実力を持っていればの話だが。


「んー、まあいいんじゃないか? どうせこのギルドの最高責任者はあたしだし、文句は言わせねぇ。ただし! 条件がある」


「何でしょうか……?」


「へっ、それは検定のときになったら教えてやる。まずは直接本人に意志を聞いてこい」


「分かりました。ありがとうございます!」


 シドリーは頭を下げると、部屋を後にした。

 残されたレーナは、改めてディオンのライセンスに目を通す。


「どこかで見た気がするんだよなぁ、こいつ。まあいいや、実力者が増えて、この街が活気づくならな」


 レーナは楽しげに笑い、ライセンスのコピーを丸めてゴミ箱へと投げる。

 知らず知らずのうちに、ディオンは妙な注目を集めつつあった。 

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