就活を終えて新たに終活へ
「モン保護?」
「イェス、モン保護、略すと可愛くない?どう?若い層への好感度アップを狙ってるんだけど」
スライムの部長さんが心なしかドヤっている風にプルプルしている。
「正直微妙です」
「おぅふ」
先ほどまで部長さんを足蹴にしていた夜森さんがネーミングを一刀両断していた。
ていうかそれよりも
「あのですね、正直私よく分からずに広告を見てきたので仕事の内容とかはよく分からないんですけど…」
と正直に話してみる。
「うん、だってわざと詳しく書かなかったからね!」
沈黙が流れる。
「あのー、なぜ書かなかったんですが?」
「正直に書いたら誰も来ないと思ったからです」
「えっ?」
「正直に書いたら誰も来ないと思ったからです!キリッ」
「すいません。申し訳ないのですが急に用事を思い出しまして」
この職場はだめだ。
あれだ、ブラックの匂いがプンプンする。
このままだと巻き込まれる。
直感でそう感じた私はお辞儀をしながら後ろに下がり続けるというどこぞのマイケルも関心するであろうウォークを駆使し部屋から出ようとする。
もう少しで出れそうだと思っていたら何かにぶつかった。
「まぁまぁ、まずは話をお聞きください」
そこには笑顔の夜森さんが立っていた。
に、逃げ道を塞がれた!
笑顔の圧力に負け、椅子に着席させられる。
「いやー、田中さんがこんなにも話を意欲的に聞いてくれるとは思ってなかったよー、ねぇ夜森くん」
「そうですね、部長」
夜森さん、忘れてたけどこの会社の人間だった。
グルなのだ。
心なしか二人とも棒読みなような気もする。
「まぁ、といってもそんなに難しいことをするような部署では無いんだ。簡単簡単」
「はぁ」
観念してとりあえず話を聞いてみることにする。
断るのは業務内容を聞いた後でも問題ない、と思いたい。
「まず、違法薬物イコラについてはどこまで知ってるかな?」
「えっととりあえずモンスターや動物等を人の姿に変える薬、でしたっけ?」
「そうそう、そのイコラがね。どんなに取り締まっても皆どこかから調達してくるのよ。嫌んなっちゃうようねー」
ふぅとスライムの部長さんはため息をつく。
「えっと、話が見えないんですが」
「あーごめんごめん。んでね。その結果人化しちゃった存在ってどうしてると思う?」
「その、言い方は悪いですけど適切に『処分』されてるって昔ニュースかなんかで」
「そうそう、まぁぶっちゃけサクっと殺っちゃうわけよ」
シュッシュッと音を立てながら何か触手のようなものでシャドウボクシングしだした。
「放っておくとヤバいことになるし、捕まえてもまた人を害する危険性あるしで結局殺すことにしちゃってたのよ。ところがだね、モンスターや動物を愛護する連中がもう大反発したわけよ」
「あー」
それもニュースで見たことがある。
人間が悪いのであってモンスターや動物が悪いわけじゃない。
そう主張をする人たちがパレードよろしく公共の道の真ん中でデモをしていた。
「ただ人間と違って人化した動物、とくにモンスターの制御ってめっちゃ難しいのよね。普通の鉄格子ぐらいならぶち破ってくるし、専門の設備を作ったとしても圧倒的に数やお金が足りないしで困っちゃったわけなのよ。政府も」
「はぁ」
そういったお偉いさんの事情は正直よく分からない。
とにかくどう上手く逃げようか。
「それで政府さんは考えました。自分たちでどうにも出来ないなら人任せにしちゃえばいいじゃない?ってね」
「ええ…」
もうちょっと頑張ろうよ政府さん。
いやちょっと待て何話をまともに聞いてるんだ私。
逃げることだけ考えろ。
「それで民間企業でこの人化しちゃったモンスターや動物を保護してくれたところは政府から賞金が出るよって話になったわけなのよ。施設を作って自分たちで管理するよりも安上がりだからね。もちろん人化防止が最優先だけど、そ・こ・で、とぅ!」
スライムの部長さんが飛んでポーズ?らしきものを決める。
「我々モン保護の出番ってわけさ」
「要約すると人化したものたちを保護し、賞金を貰うのが目当ての会社です」
「ああああ、要約しないで夜森くん!」
夜森さんの説明でなんとなくは分かった。
だけどね。いや無理無理。
私この会社入ったら死ぬ。
「あのう、質問してもよろしいでしょうか?」
「どうぞどうぞ」
「それって誰が人化した人達を捕まえるんですか?」
「警察が捕まえてきたものを保護する場合もあるけど、基本的にはうちの職員だよ」
「人化した動物やモンスターって危なくないですか」
「うん、めっちゃ危ない」
「それじゃ捕まえる人って」
「うん、デンジャラス」
「私がもし採用されたら?」
「捕まえに行って貰います」
「帰ります」
「待ってー!行かないでー!」
スライムが粘々と私の足に絡んでくる。
「ぎゃー!なんかヌメヌメして気持ち悪い!」
「え、嘘、そんなヌメヌメしてた?やっぱり油っこいものばっか食べてたからかな?」
「部長、健康に気を付けてくださいよ。生野さんが言ってましたよ。最近部長から加齢臭するって」
「嘘?嘘だと言ってよ夜森くん?」
「いいから離してくださいー!無理ですー!私には無理ですー!」
「とりあえず最後まで話聞いて!」
数分の攻防の末、私は逃げるのに失敗した。
「確かにうちの会社はちょっぴり、ほんのちょっぴり危険が付きまとう会社だ」
お互いぜぇはぁ言いながらスライムが続ける。
「だけどモンスター保護という観点で言えばウチほど優遇された状況は無いんだよ。まず私」
と自分に対して触手らしきもので自分を指さす。
「私は知能をもったモンスター。ちなみにイコラは飲んだこと無いよ。すごい珍しく偉い個体なのだ。えっへん」
いや、そんなえばられても。
「そしてモンスター語、話せます。つまり他の人間には出来ない会話での交渉が可能なのです」
確かにそれは凄い。
あれ、でも
「それって交渉失敗したら?」
「ははは」
「帰りますー!」
「だから待ってー!あともう一個あるからー!そこの夜森くんもそうだけどウチの職員ってめっちゃ強いからー!君は戦わなくていいからー!ね?夜森くん」
「はい、多分」
どうしよう。
不安だ。
どうしょうもなく不安だ。
「じゃあなんで私が必要なんですか?私本当に力弱いし体力ないし顔も…微妙だし」
「自分を卑下することはないよ田中さん、今の時代は整形があるからね、っていやー!引っ張らないでー?体液が漏れるー!」
自分で言うのはいいけど他人に言われるのは腹が立つ。
あれか?整形しないと美人になれないってか?
やかましいわ!
スライムにすら顔が微妙って言われる私の気持ちを考えてみなさい!
「君にやってもらうのはモンスターや動物を保護するときの精神安定剤かな?」
「精神安定剤?」
「モンスターや動物達が人化したときの原因は二つ。一つは本能の増加、性欲、食欲、それに獲物等を追いかける習性とかだね。これはウサギが人化してしまった事件が一番わかりやすいかな?」
人化したペットのウサギが飼い主の女性と近隣住民を性的に襲う事件。
確かに人化したとはいえウサギには襲われたくない。
「そしてもう一つの原因が混乱してるからなんだよね。人化して今までの体じゃなくなっている。どうしたらいいか分からない。そのストレスが本能の増加、いわゆるストレス発散に近い行動が攻撃的な行動に繋がっているんだ」
「へー、初めて聞く話ですね」
「それで保護するときに重要なんだけど、人化したものに共通して人間の女性に好意的な態度を示すんだよ。なんでかは知らないけどね。だから一般的には知られてないけど女性の性的被害はあっても死者は出てないんだ」
「えっと、そのまさか」
嫌な予感がする。
「そう、つ・ま・り、君に囮になって貰いたいんだよ」
「帰りますー!」
やっぱりブラックだったよちくしょう!
「ちなみにこの話、極秘情報なんだけどね」
「はい?」
「いやー、田中さんが人化に対する極秘情報聞いちゃったよー、ねぇ夜森くん」
「そうですね部長、うっかり胸ポケットに入って勝手に録音していたテープレコーダーが全部録音してますね」
「え?え?」
「人化のメカニズムって解明しすぎると軍事転用できる可能性があるから知ってちゃいけない情報だったよねー夜森くん」
「そうですね部長。彼女がそういう情報を知る会社に『務めて』いるなら許されるんですけど、もし一般人がこの情報を知ってしまったら…ああ、すみません。なんでもないです」
「黒スーツの人たちがやってきて田中さんを連行した後、ああ、なんてことだ。田中さんがあんなことやこんなことに」
は、嵌められた。
絶対政府に消されるパターンだわこれ。
崩れ落ちる私。
そしてそんな落ち込んでいる私にそっとスライムが耳元まで近寄ってきて囁いてくる。
「ち、な、みに。ウチは福利厚生はしっかりしてるよー。勤務時間は不定期になりがちだけど残業があったらもちろん残業代もだすし、有給もある」
ゴクリ
いや、ダメだ。
なんと言われてもこの仕事は危険すぎる。
「今ならなんと社宅も家具もろもろ込み、しかも家賃は無料だよー」
うぐっ
だ、だめだ、この会社はブラックで、
「しかもモンスターを保護する度にボーナスも出すよ。ちなみに普通の月の給料はボーナス抜きでこんぐらい」
パチパチっとスライムの部長さんが起用に触手で電卓を叩いてく。
その数字を見た私は反射的に
「是非ここで働かせてください!」
とお願いしてしまったのであった。
こうして私はモン保護と言われる怪しい職場で働くことになってしまったのである。
お母さん、就職できたけど新しく終活始めないといけないかもしれません。