【近所のお兄さんと】水平思考ゲーム【遊んでやった】
終盤少しホラーです。苦手な方はゲームが終わった辺りで退避推奨。
あまりにも問題が簡単すぎてボツにしていた話です(勿体ない精神)
もしネタがどこかの先人様と被ってたらすみません。確認次第、対処します。
ごめんなさいごめんなさいオレが悪かったですごめんなさい許してごめんなさいごめんなさいごめんなさい……
後味の悪いものを見かけてしまった。
そうでなくともこの日は竜太にとって、嫌な事ばかりが重なる厄日であったというのに──
竜太は苛立ちを隠しもせず、乱暴に床板を軋ませながら古い階段を上る。
スパーンと力任せに襖を開ければ、畳部屋の文机の前に座る金髪の若者と目が合った。
彼はいかにも面倒臭そうな仕草で細フレームの眼鏡を持ち上げている。
レンズの奥の目は鋭く険しい。
卓上に広がる参考書とルーズリーフから察するに、どうやら勉強中だったようだ。
竜太はまるで自分の家のようにズカズカと部屋に入り込むとランドセルを投げ落とす。
あまりにも図々しい態度に抗議の目を向ける若者だったが、効果はないようだ。
「……ノックぐらいしたらどうスかねぇ」
「襖なのに? そんな事より忍さん、遊ぼ」
「無理。じいさん共はどうした。そっちで遊んでもらえ」
「無理。この辺のじーさん達、今日は町内会の集まりで忙しいって」
「だから遊んでよ」とまとわりつく小柄な少年を軽くあしらい、忍と呼ばれた若者は参考書へと視線を落とす。
「なら学校の友達と遊べ。全く居ない訳じゃないだろ。俺は勉強で忙しんスよ」
「皆習い事があるからダメ。今暇なのは俺と忍さんだけ」
「俺の話聞いてた? 俺、絶賛勉強中」
シッシッと雑に振り払われても竜太はめげない。
「……俺、今日算数のテスト、クラスで一番だった。だから遊んで」
「ワーエラーイ。……ちなみに何点?」
とうとう一瞥もくれなくなった忍の隣に胡座をかく。
あまり答えたくない内容だったのか、竜太はムッとした様子で口をとがらせた。
こっそり覗き込んだ参考書は難しい字ばかりで何の勉強かすら分からない。
「……九十八点」
「何だ満点じゃねぇのか」
「答えは分かってたし実質満点だったよ!」
ほら! とムキになってランドセルからしわくちゃの答案用紙を取り出せば、ようやく忍の目線が参考書から離れた。
バツとされた解答欄には確かに正解と思われる答えが書かれている。
しかし微妙に歪んだゼロの数字に赤線が引かれており、横には「0か6かわかりません。もっとていねいに」と殴り書きのようなコメントが残されていた。
確かに綺麗なゼロとはいえないが、十人中十人がゼロだと分かる字である。
厳しすぎる採点なのは明白だった。
「ハッ、こんな汚ぇ字の奴に言われたかねぇな」
パンッと景気よく答案用紙をはたく忍だったが、竜太の表情は浮かない。
「こんなんでバツもらう奴、他に居ないよ。俺より汚い字の奴なんていっぱいいるのにさ」
「そりゃまた随分嫌われてんな。心当たりは?」
「知らない。それより遊ぼ」
頬をふくらませながら背中を叩く少年に多少同情したのか、忍は「仕方ないっスねぇ」と人相の悪い笑みを浮かべて参考書を閉じた。
「んじゃ、今日は水平思考ゲームでもしますかね」
「なにそれ?」
キョトンと小首を傾げる竜太の目が僅かに輝く。
その子供らしい反応に幾らか気を良くした忍は机に頬杖を付きながら説明を始める。
「今から俺が問題を出す。制限時間は五分。お前はいくつ質問しても良い。ただし、『はい』か『いいえ』で答えられる質問しか認めない」
「……答えはちゃんと決まってるんだよね?」
「『はい』だな。ちゃんと決まってるし、途中で変えるようなズルはしない」
忍が「やるか?」と挑発的な口元を歪ませれば、竜太も「やる」と姿勢を正した。
「じゃあ問題。ある男女がいた。男は女を愛していた。ある日、女が男に『手術代がない』『手術しないと治らない』と泣きついた。男は女の笑顔見たさに……そうだな。一千万円程手術代を肩代わりしてやった」
「……金額、今決めたでしょ」
「メタ読み禁止。……んで、無事手術を終えた女は退院後、嬉々として男の前に現れる。そして男は彼女を殺した。それは何故か」
言うが早いか、忍はスマホを起動する。
五分タイマーがカウントを始めると共に竜太が口を開いた。
「問題の趣味わっる。……問題文自体に嘘はない?」
「あ゛? 『はい』だ、『はい』。問題文で嘘ついてどうすんだよ。つか何だよその質問は」
「いや、本当は男は女を憎んでたのかなって可能性考えた」
「あぁ、そういう事……」
思考時間の隙をぬって参考書を開きかける忍だったが、小さな挑戦者はそれを許さない。
「金額自体は大して問題じゃなさそうだよね。あ、一応確認。男はサイコパスだった?」
「は……え、うん? うん!? 何だその質問! んな言葉どこで覚えた!?」
「大切だから永遠に自分の物にしよう的なリョーキ的発想かなって……」
「怖っ! お前の発言のが趣味悪ぃわ」
忍は「知るかんなもん」と次の質問を促す。
ふざけ半分の質問が外れた竜太はそのまま適当に質問をぶつける。
「二人は恋人同士だった?」
「『いいえ』、男は女を愛していた。女の方ははどうだったか不明」
「じゃあ親族だった?」
「『いいえ』……この質問の流れ、問題には関係ないっスね」
「その女、泣き落としだけで赤の他人に一千万円も出させたのか」
子供らしからぬ感想を述べられ、忍はつい吹き出してしまった。
当の本人は何故笑われたのか分からず訝しんでいる。
「手術を受けたのは女本人?」
「『はい』だな。その女本人の手術スよ」
「手術後に男に会って殺されたのもその女本人?」
「それも『はい』スね」
「女の入れ替わりは無いか……女は病気だった?」
「おっと、これは『いい質問』っスね。答えは『いいえ』だな」
矢継早の質問責めに観念し、忍は開きかけた参考書を再び閉じた。
僅かに表情を緩ませた竜太は顎に手を当てて真面目に考え込む。
「……女は怪我をしていた?」
「……『いい質問』っスね。答えは『いいえ』だな。女に外傷はなかった」
「あぁ……やっぱり。じゃあ、そうだな……女は刺し殺された?」
物騒な質問である。
忍は細い眉を顰め、「問題には関係ないけど、『はい』と答えとくか」と眼鏡を持ち上げた。
「男は女の顔が好きだった?」
「……『はい』スね。特に笑顔が好きだった」
「女の顔は手術前と後で変わった?」
「『はい』……おいコラ竜太。お前もう答え分かってんだろ」
タイマーの残り時間は二分以上残っている。
おそらく竜太は制限時間ギリギリまで答える気はないのだろう。
そうまでして遊んで欲しいのだという無言の訴えを察し、忍はやれやれと肩を回した。
「早く答えられたら好きなお菓子一つ奢ってやるよ」
「…………女が受けたのは整形手術。女の顔が好きだった男は、もう好きな女に会えないと思ったから殺した。もしくは好きな顔を消した女が許せず殺した……合ってる?」
「はいはい正解」
酷くやる気のない拍手が六畳の和室に虚しく響く。
竜太は小憎たらしい笑みを浮かべて「デパ地下の高いお菓子ね。御中元的なでかい箱の奴」と頭の後ろで手を組んだ。
その手があったかと焦る忍だったが、「また遊んでくれたらポテチでいーよ」と先手を打たれてしまった。
「お前にゃ簡単すぎたか。もっと時間短くして難しい問題出すべきだったな、こりゃ」
「ヒント多かったしこんなもんでしょ。それに……」
学校からこの家に向かう途中で見かけた嫌な光景が頭をよぎり、竜太は慌てて考えを振り払う。
そんな彼の胸の内など露知らず、忍は「よし!」と膝を叩いた。
「仕方ないっスね。んじゃ、お菓子買いに行くがてら散歩でも行きますか」
「最初から素直に遊んでくれりゃ良かったんだよ、チンピラ大学生」
「うっせぇ、クソガキ」
重い腰を上げてジャケットを羽織る忍の背に向かい、竜太がポツリと呟く。
「ところでさぁ、忍さん」
「あ゛?」
「今の問題って、実話?」
「……何でんな事聞くんスかねぇ?」
背を向けたまま、忍はジャケットのジッパーに手間取る仕草をしている。
変な所で誤魔化すのが下手だと思いながら、竜太もすっくと立ち上がった。
「じゃあ質問変える。その男は報いを受けた?」
「……お前、そりゃズリィわ。つーか見かけてたんなら言えよ。こっちは奢り損じゃねぇか」
ブツクサ言う忍の言葉を答えとし、竜太は合点がいったと満足気に部屋を出る。
頭の中は既に何味のお菓子を買って貰うかで一杯だった。
駄菓子屋に向かう途中、竜太と忍はフラフラと徘徊する男女を目撃した。
顔全体が原型を留めない程グチャグチャに切り刻まれた、古めかしいワンピース姿の女。
その女に髪を掴まれ乱暴に引きずられる男。
男の顔は口元以外がズタズタに切り刻まれている。
両者から流れ出るおびただしい血はアスファルトに落ちると煙の様に消えていく。
男はうわ言のように「俺が悪かったごめんなさいごめんなさいもう許して」と繰り返しているが、女は何も言葉を発さない。
いや、発せないのだろう。
女の口周辺に空いた穴からはヒューヒューと微かな空気の漏れる音が聞こえている。
道行く人々は誰もその二人の存在に気付いていないようだ。
二人はただ怖気の立つ気配を振り撒きながら、フラフラ、フラフラと道の向こうへと行ってしまった。
一度ならず二度までも視かけてしまうとはツイてない──
「ねぇ忍さん。さっきの問題って今のやつらの事だよね? 結局どこまでが実話なの?」
「……さぁね」
答える気は無いらしい。
これ以上の詮索は諦めるしかなさそうである。
竜太は忍の服の裾を掴むと駄菓子屋に向かって急かしだした。
不満はお菓子増量の交渉で晴らそうという魂胆だろう。
どこまでもしたたかな少年に引っ張られながら、忍はニヤリと口元を歪ませる。
そして前を歩く小さな背中に小声で答えたのだった。
「『はい』、『いい質問』っした」
この二人は拙作青春ホラー連載(一章完結済み)の登場人物です。
今作の竜太は五年生位をイメージしてますが、連載での竜太は主役級の中学生、忍はちょい役の社会人で登場します。
ぬるいホラーですが、ご興味のある方はそちらも宜しくお願いします↓↓
内気少女の怪奇な日常 ~世与町青春物語~
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