人質は本物か否か
(……全く面倒な事この上ない)
幸いなのは、ここの路地は解体中のスラム街、しかもかなり奥の方だから、多少壊れても問題が無い事だろうか?
「……あァん? 何を考えてやがる!」
「いいや、何も考えていないさ」
「くそが!死にさらせ!」
そして、無防備に突っ込んできた男が腹に拳を叩き込むと、俺は壁に叩きつけられる。
「がはっ!」
「ざまぁみやがれ!」
壁が崩れ落ち、砂煙が舞う中で俺は一点を見つめ、そして笑みを浮かべる。
「……は?」
リーダー格の男が間抜けな声を出した瞬間、男の胸に深々と短剣が突き刺さっていた。
「お、お前、どうやって……」
「あぁ、それはこうやってだよ」
そのまま転移で移動し、男の腕を掴み、胸元から短剣引き抜くと同時に、全ての短剣をアポーツで奪い取る。
そして、アポートで関節の間に挿し込むように転送を行った。
「ば、化け物が……」
「その言葉は、褒め言葉として受け取っておこう」
俺がそう言い終わると、その場にいた全員が地面に倒れ伏した。
「いやぁ、本当に運が良かったよ……本人じゃなくて」
俺はそう呟きながら、麻袋を開いた。
そこには、ぐったりとしたティルマン君の姿がぼやけて映し出されていた。
「バイコーンの変異体の魔石と角、鬣を使った魔導具なら、確かに狙った人物の注意は引けるだろうね。友や恋人、果ては亡くなった人物の姿で自身を偽る魔獣だもの」
「ぐっ……何で!?」
「『ヒール』……何で? あぁ、魔獣本体ならまだしも、魔導具になった時点で対処法は幾つかある、『ヒール』1つは砂埃や細かな粒子で確認する。魔獣の能力を魔導具にした所で、実態がなければ粒子は貫通するからな。もう一つは複数人でで確認するって方法、流石に大多数で同じ者を見る事はそうそう無いからな……こんなもんかな?」
俺は、襲って来た男達を治療しながら、その都度、別方向に脚を圧し折り治癒を重ねた。
幾重にも曲がり、歪な形で整えられた脚は二度とまともには立てないだろう。
「で、アンタは俺の事を依頼主から聞いて知っているんだろう? 何処からの依頼だ?」
「だ、誰が……がはっ!」
「ふむ、話さないというなら仕方がないね……『ヒール』『ヒール』『ヒール』」
「う、嘘だろ……なんで死なねぇんだよぉ!!」
「ははは、大丈夫だって。ほら『ヒール』」
何度も瀕死の重傷を負わせ、その度に回復する事で、男は恐怖に支配されたのか、依頼主をあっさりと吐く前に精神が壊れた。
一瞬、ノートリアスではないかと思いはしたが、杜撰な手口から違うと判断した。
だが、依頼主は余程警戒をしていたのか指示は手紙のみで、その手紙も読んだ後は燃やす様に指示されていたという。
「成る程ね……なら、直接話を聞くとしようか」
男は痛みに耐えかねて気絶してしまったので、適当に治癒してから解放した。
スラムに残して置けば、後の事はどうにでもなる。
男達の魔力を辿りながらアジトへ向かい、燃やした手紙の灰を復元して、中身を確認していくと、中々興味深い内容が出てきたのだが、要約すると大体こういう事らしい。
1.依頼主はラードーン辺境伯という貴族の息子。
2.ラードーン卿は、とある伯爵家と繋がりを持ちたいと考えている。
3.そこで、その伯爵と対立しているバーゼルシュタイン卿に退場してもらおうと考えて居る。
4.最近になり、話を聞く最年少貴族がバーゼルシュタインに近付いている(俺の事だろう)のを知ったので今回の計画に至った。
「証拠としてはもう少し強い物が欲しかったけど、ざっとこんな所だな」
俺はそう呟いて、依頼書を燃やしてから転移を使い、その場を離れ時間を確認した。
丁度昼前のよい時間となり、俺は渚の用意する昼食を食べに、屋敷に戻るのだった。
昼食を食べ終え、食休みをした後に、再び街に出る事にした。
因みにだが、周辺の気配を察するに、少なくとも今は5人程尾行されている。
今回の襲撃がゴロツキ程度で済むとは思っていなかったが、動きからしてどうにもゴロツキや私兵という訳でも無いらしい。
スラムに放置した奴らが衛兵に駆け込むとは考えにくいし、どうにも気配が薄い。恐らくは、暗殺者の類だろう。
だが、俺は特に焦る事もなく、いつも通りに歩いて行く。
何せ、街に出てから今までずっとこの調子なのだから。
俺が普通に歩いているだけなのに、背後から感じる視線は徐々に増えてきている。
少し大通りから外れた道に曲がる頃には、二桁になっているのだろうか?
そして、背後からの気配が無くなった瞬間に、路地裏で待ち構えていたであろう3人の男達に囲まれてしまった。
「……何か用かな?」
「おい、小僧。何で気付いていて逃げなかった?」
「いやぁ、何となくだけど、このままだと襲われる気がなさそうでしたから。それに、刺そうと思えば何度か機会はありましたけど、来ませんでしたしね」
「ちっ! 舐めやがって……」
「で、用件は何ですか?」
「ふん、余裕ぶっていられるのも今の内だ。大人しくしていれば、殺しはしないさ」
「そうっすか……それじゃあ、そっちも動かないで下さいね……『氷壁八陣」
「なっ!?」
俺は、咄嵯に身をかわした男の足元を氷で固定した。
「くっ! なんだと!?」
「はい、次」
「ぎゃあぁぁぁ!!」
もう一人の男が腕を振りかぶったので、短剣を抜き取り、そのまま手を捻ると氷刹華流の技で受け流し、相手の筋を断つ。
「はい、最後」
最後の一人には、即座に懐に入り込み、鳩尾に掌底を叩き込む。
「ぐふっ!」
「まぁ、これで終わりだよね」
そう言って男達の服にナイフを突き立てる。
「うぐっ!」
「貴方達、殺しに来たのに子供だからって甘く見過ぎ。手加減してコレなら暗殺者辞めたほうが良いんじゃない? それとも、殺せないなら人質にしておけって言われた?」
俺はそう言いながら、証拠品になりそうな物を物色していくが、何も持っていないようなので仕方がないと諦めた。
男達の顔も確認したが、何処かで見たような顔はしていなかった。
「はぁ……残念。もっと楽な仕事だと思ったんだけどな……ノートリアスとか、ラードーン辺境伯に繋がる物があれば良いなって思ったけど、流石にそうは上手くいかないか……さて、帰ろうかな。あっ、良いのがあった。これ貰っておくね」
俺はそういうと、男達に魔術で気絶させてその場を後にした。
結局の所、暗殺者が何処の誰かを気にするよりも、もっと良い遊び道具を見つけてしまったから、そちらの方が気になって仕方無かった。




