薬品の素材
ヴリトラール君の勝負宣言から、数日経ち俺は調薬作業を進めていた。
用紙の最後に書いてあった素材を取り出すと、丁度カミナがやって来たのだが、その素材を見て怪訝な表情を浮かべる。
「何やら薬品臭いと思えば……コカトリスの肝を使った解毒薬か? ギルドに依頼が出ていたが依頼を受けたのか?」
「まさか、そんな事はしないさ。ちょっとした余興でね」
「……あまり妙な事に巻き込まれるなよ?」
「分かってるって」
それだけ告げると、彼女は再び寝床に戻っていった。
受け取った用紙の最後の素材、それはコカトリスの肝臓である。
何故、こんなモノを持っているのか? それは、学園の外で魔物討伐の依頼を受けた時の報酬だ。
最初は、冒険者ギルドにでも行ってノルマ用の近場の依頼を探すつもりだったが、近場に良い依頼の話もなく、依頼を流し読みしながら見ている所で漸く1つ見つけた。
(……あったけど、随分と報酬が安いな)
王都から片道一週間離れた所にある集落に、コカトリスが現れて困っていると。
コカトリスは、本来ならばAランクの魔獣なのだが、群れを成さない単独行動の場合、Cランクとして見られている。
まぁ、単体でも中々厄介ではあるが、それはそれとして、問題なのは、その場所が離れた場所であり、依頼料も通常よりかなり少ない事だ。
普通ならば、有り得ない内容なのだが、距離の関係をある程度無視が出来るからこそ、俺はその依頼を受ける事にした。
そして、その日の内に近くの街道へ転移し集落に向かい、到着して事情を聞けば、既にコカトリスの数は増えており、村人達も手がつけられない状態、そして農作業が出来ない状況で、金になる物が無い状態だった。
最初の内は、俺を見て落胆する村人もいたが、コカトリスの群れに攻撃を仕掛けると、彼等は俺の力に驚いていた。
それから、先は何時もの討伐と同じで、戦闘スキルへと昇華した転移を駆使すれば、俺一人で充分事足りたので、コカトリスの数が少なくなると、俺は群れの長を探した。
群れの長は、案外あっさりと見つかり、何やら威厳がある雰囲気だったが、年を経たコカトリスは、かなり美味いそうなので、取り敢えず殺してから解体すると、これがまた大当たり。
希少部位である肝臓を手に入れられたので、後はもう用はない。
こうして、俺は依頼された仕事を完遂させ、数体のコカトリスの肝臓と肉を持ち帰ったという訳だ。
……肉はクックバードの物と違い若干硬めだったが、バードを鶏とするなら、コカトリスは軍鶏と言った具合でとても美味かった。
そんなこんなで、コカトリスの素材は肉以外は沢山あるので問題は無かった。
しかし、この世界の常識では、貴族であるものの普通の学生が簡単に入手出来る素材ではない。
まぁ、確かにこの素材はそこそこ貴重な品だが、それくらいは俺も知っている。
だから、この素材を見て解毒薬と書いてあった時点で”石化の解毒薬“を高品質で作れるのは、俺ぐらいだろう。
だからこそ、この素材を見た時に思わず笑みを浮かべてしまった。
「一応、報告だけはしておかないと、彼の家が大変だろうな」
手紙を綴りゼファーに届けさせてから、持っている解毒薬の素材をある程度残し、俺は作り終えた物を魔法鞄に入れていく。
刻限には些か早いがバーゼルシュタイン家に向かう事にしたのだった。
「それでは、当主がお待ちです。こちらにどうぞ」
門番の兵士に案内され、敷地内を進む。
敷地の中はかなり広く、所々に噴水や木々が見える。
「着きました。ここで少々お待ち下さい」
屋敷の入口の前で立ち止まると、兵士は屋敷の中に入り執事らしき人と戻って来た。そのまま兵士は門まで戻って行く。
「それでは此方へ、バーゼルシュタイン家現当主、ベルナルド様がお待ちです」
執り成す彼に促されるまま、扉の奥に通されると、そこには、壮年の男性が立っていた。
「よくぞ参られたルーク卿、何やら私の息子と勝負をしていると聞いたが……迷惑を掛けて申し訳ないな、ヴリトラールには少々、甘く育て過ぎた。……さて、早速だが、本題に入ろう。今回の勝負、息子を叩きのめして構わん。貴殿の薬の方が上だと証明してくれれば良い。
もし、それで負けたとしてもヴリトラールに文句は言わせんよ。……まぁ、それは、あの子自身が負けを認めている事が前提だがな……」
彼の言葉を聞き、やはり親子だなと思う。
小さな仕草、話し方が何処と無くヴリトラール君と似ている。
「……分かりました。所でバーゼルシュタイン卿はこの勝負の薬品名をご存知ですか?」
「いや、勝負をする事は聞いたがその内容までは聞いていない」
「コカトリス肝を使った解毒薬……石化用の解毒薬でした」
「なっ!?」
俺の言葉に彼は驚き、目を見開く。
「石化の解毒薬はコカトリスの肝自体が貴重だ。……まさか!?」
「はい、俺は冒険者としても活動してますから、使用する素材は全て用意出来ました。勿論、薬もです」
「卿ならば確かに準備が出来よう。問題は息子の方だ」
「……えぇ、俺もそこが心配でしたが、素材を用意したとして、品質や本物かどうかまで考えたら、流石に伝えた方が良いと判断したのです。……ですから、この勝負は俺が勝ちます。例え相手がバーゼルシュタイン卿の子息でも容赦はしません。俺にとっての最善の結果は、誰も傷付かない事でしょうから……まぁ、彼のプライドはどうなるか分かりませんけど」
俺の答えを聞いて、少しの間思案すると彼は微笑む。
「その判断は正解だ。恐らく息子が用意出来るとしても、乾燥させた物か偽物がと言った所だろう。昔から物を見る目が無い以上、仕方がない。それと、息子の事を気に掛けてくれて感謝する。貴殿のような優しい者が相手で良かった……。これは私からのせめてもの気持ちだ。受け取って欲しい」
そう言うと、魔法鞄から取り出した袋を渡そうとする。
しかし、俺はそれを手で制した。
「それを受け取る事は出来ません。あくまで、勝負自体は俺とヴリトラール君が行うもの、その結末がどうなるかは彼のプライド次第だろうから手紙を綴っただけです」
俺の返事を聞くと、少し困った表情をするが、その表情も直ぐに崩れる事に成った。
何やら屋敷の外が騒がしい。
すると、突然扉が開かれ一人の青年が入って来る。
よく見れば、先程の門番の人だった。




