霊薬学のパートナー
「さて、残っておるのは……ベロニカ君だけかのぉ? 他の生徒は、流石にこの匂いの中での作業がキツかったようじゃな?」
そう言って、アル爺様が笑っている。
ベロニカ君と言われ振り返ると、そこにはベロニカ嬢がゆっくりと、丁寧過ぎる程に慎重な面持ちで作業をしていた。
そして、その匂いは、ゆっくりと作業している為か、他の場所よりも血生臭くなっていた。
確かに、鼻の良い獣人やエルフ族の人は、辛いだろうなぁ。
「す、すみません!! 遅くなりまして!!」
「よい、慌てずとも大丈夫じゃ。さてと、それではこの薬瓶を預かるとしようかのぉ」
「は、はい! よろしくお願いします!」
そうして、最後の一人も無事に合格し、今日の実習は終了となった。
「ふむ、お主らは明日以降の授業はどうするね? 一応時間はこの時間じゃから、他の科目を受けていなければ参加出来るが」「僕は、この時間にしたいと思います」
「わ、私も!!」
「ふむ、そうかそうか。では、明日からも頑張ってくれ。それと、この後の授業じゃが、一応だが二人一組で行う物でな。大半の者がパートナーを作っておる。ルーク君とティルマン君はそのままで良かろうが、ベロニカ君は誰と組むのか決まったかのぉ?」
アル爺様は、まだ決まっていないのであれば、こちらで決めておくと言った感じで聞いて来た。
ベロニカ嬢は俺とティルマン君を見ながら、少し悩んだ素振りを見せていた。
だが、何方かといえば、ティルマン君を見る方が少しばかり多く、そして頬が赤くなる様な気もする。
恐らくだが、アル爺様は気を使ってくれたのかもしれない。
その証拠に、アル爺様が俺達三人を見てニヤリとした表情を浮かべているからだ。
「私は、ティルマンさんと組みたいと思っております」
「お? それはどうしてじゃ?」
「はい、実は以前パートナーを組んでいた方が居たのですが、その方と色々とありまして……。だから、同じ様な思いをしない様に、ティルマンさんの様に優しい人と組みたいと」
「成程のぉ、ティルマン君も良いかねぇ?」
「は、はいっ!?」
「ティルマン君は根は優しく真面目だからね。きっと力になってくれると思うよ?」
「ちょっ、ルークさんっ!!」
「そうですか、それなら安心ですね」
「そ、そんなっ!!」
慌てふためくティルマン君に、笑顔のベロニカ嬢。
俺はそれを微笑ましく思いながら見ていたが、若干アル爺様の様子が少し怖いと感じていた。
「それでは、わしは仕事があるのでね、また何かあれば相談に来るといい。ではな?」
「はい、今日はありがとうございました」
「あ、あの、ありがとうございます?」
「いえ、その、コチラこそティルマンさんに、これ以上ご無理を言ったりしないように頑張りますね」
「……あの、僕はルークさんと違って、貴族の家では無いので、ベロニカさんが楽にして頂けるとありがたいというか……名前で呼ぶのも畏れ多いと言いますか……」
「えっと……はい、そうですよね。でも、今は私の事など気にせずにベロニカと……」
「いや、そう言う訳には……」
アル爺様の去った後、残された俺を余所に、ティルマン君とベロニカ嬢の二人は、お互いの呼び方について話し合っていた。
貴族との違いなのか分から無いが、将来的な話をすれば、ティルマン君の役職はかなり高いものになる筈なので、もっと自信を持って欲しいものなのだが。
「まぁ、二人の呼びやすいので良いんじゃないかな? それより、早く帰るとしよう。だいぶ明るいとは言え、良い時間だよ」
「は、はい……」
「そうですわよね……」
ティルマン君はまだ緊張しているようだ。
そして、そのまま其々の帰る場所へ向かうのだった。
後日、ベロニカ嬢からの御礼として、ティルマン君と俺は其々違う物を貰うのだが、その贈り物でティルマン君が頭を悩ますのは別の話である。
そして、ティルマン君とベロニカ嬢がパートナーを組んだ翌日。
アル爺様から呼び出された俺は、学園内にある工房の一つに来ていた。
そこで待っていたアル爺様の話を聞くと、どうやら昨日の実習パートナーの件で、俺は溢れた生徒と成ったらしい。
まぁ、元々ティルマン君とパートナーを組む予定だったが、あの様子では仕方無いと言った所だろう。
「さて、ルーク君や、ティルマン君の件はすまなかったのぅ」
「いえ、アル爺様が謝る事でも無いと思いますし、僕としては構いませんよ。ただ、今後、どうなるかは彼等次第ですので分かりませんけど」
「ほっほ、そう言ってもらえると助かるわい。さて、本題じゃが、君に頼みたい事があるんじゃよ。と言っても、先ずはコレを見てくれ」
そう言って渡されたのは、一冊の分厚いノートであった。
表紙には魔法陣と術式が刻まれており、どう見ても魔導具か魔導書の類いに見える。
「これは一体何でしょうか?」
「これはの、本来であれば、卒業時に一人につき一つ与えられる魔導具じゃ。但し、この霊薬学だけは三年しか無い為、在学中に霊薬や他の薬品の作成する事が可能な者にのみ与えられ、そして卒業後に一人前とされる物でもある」
「そうなんですか? それにしては随分と古い様な気がしますが」
「確かにのぉ……実はの、この魔導具には原本が有る。『緑柱石の魔導書』と呼ばれる物がな。その写本がこの魔導具と言うわけじゃ、まぁ、これを更に写本したものを卒業生に渡すんじゃがな」
「成程、その魔導具の効果は何なのですか?」
「この魔導具の効果は、霊薬師が自動作成と精霊の力をより効果的に借りる事ができるようになる物でな。要するに、霊薬師なら素材さえ揃えばレシピ通りに作成可能な物ならば、魔力次第で勝手に作れるという物じゃ」
そう言われて見てみれば、ページの隙間に書かれている文字が光っているのが見える。
アル爺様も、俺の目の動きを見たのか、髭を触りながら何やら納得している様に頷いていた。
「恐らくじゃが、他の先生と話した内容と今の状況から察するに、既にルーク君には霊薬師のスキルが新しく増えている筈じゃ、ティルマン君も元々の素質を考えれば、渡した範囲を終えた段階で、他の生徒より頭一つ抜けたと判断できる」
「そうですね、その事については同感です」
実際に俺とティルマン君には、霊薬師のスキルは確かにある。
ティルマン君は薬品系統の生産職として、将来を期待しているからこそ、俺の庇護下に置こうとしたのだ。
それが結果的には、今回のベロニカ嬢とのパートナーを作る事になってしまったが……。
だが、今回の話は俺にとってもありがたい話だ。
何せ、ティルマン君とベロニカ嬢の二人が居る事で、様々なメリットが出来る事になったのだから。




