エリーゼの発明と結界術
「皆様、初めまして、エリーゼ・ル・ステンノと申します。早速ですが、この靴は特殊な溶液を使って靴底に加工を施した物です。これにより、地面が足の裏に吸い付くような感覚になり、疲労や不快感を感じずに長時間歩くことが可能となりました。また、履いたまま魔力を込める事により、身体強化を行うことが出来る為、ダンジョン等の探索に向いており、今まで以上に活動の幅が広がる事を期待できます」
淡々と説明する彼女からは、俺が想定した物よりずっと優れた物である事が伺える。
しかし、何故だろうか? あまり良い予感がしないのは……
そして……彼女が続きを話し始めてすぐに感じ取った嫌な気配の正体を理解できた頃には……すでに手遅れだと気が付いてしまった。
「なお、本日この場を持って販売を開始し、フューネラルデ商会と、ロズウェル商会で取り扱うことになり、お二人の代表の方からご祝辞を頂きたいと思います」
(……おい……マジで洒落になってないぞ)
紹介された二人は、壇上に上がって来るなり膝まづいて一礼をする。
「ワタシがフューネラルデ代表のフューネラルデ・ラマンよ。これからも、より良い物をお客様へと提供し続けることを約束致しますワ。特に美男な坊や、ヨロシクネ♪」
妖艶な笑みを浮かべ、見つめるだけで嗚咽してしまいそうな程に濃い化粧で整えられた顔の筋肉質な彼女が手を振ると、男子生徒を中心に寒気と悲鳴が上がった。
続いて、もう一人の人物の紹介へと移る。
「ロズウェル商会会長のベイズ・ロズウェルじゃ。隣に居るのは副会長のグレイル・ロズウェルだ。我々の店に買い付けに来る者は多いが、貴族の方や上位の冒険者にも愛用されているからこそ、言える。この品は彼等にも安心して売れる物だと宣言しよう」
「我々職人が責任を持って、オーダーメイドから、今履いている物の加工までさせてもらう。決して悪い事にはならないと宣言しよう」
瘦せている長身のお爺さんと、少し小太り気味の中背のお爺さんが、それぞれの思いを語り、最後に深々を頭を下げた。
二人が下がると、入れ替わるようにしてエリーゼが舞台へと上がり、演説を始めた。
「皆さん。この様な貴重な機会を設けてくださった学院長のグリムガルト様に心から感謝申し上げ、今後の私の更なる飛躍を応援して欲しいと願う次第です」
先程の挨拶とは違い、堂々たる態度で語った。
「それでは、私が作った新しい魔導具の説明を始めさせていただきます」
そう言うと同時に、魔導具へ手を添え説明が行われたのだが、要約するとリトスの糸を加工して作った増粘剤に、独自配合の溶液を混ぜ合わせた物を靴底に塗り、彫金の要領で凹凸面を合わせて加工する為、靴底が無くても作り替える事が可能だという。
その技術力には驚くばかりなのだが……問題はそこでは無い。
最後に提示された金額を見て俺は目を覆う事になった。
『この靴の加工のみドラムシアス学院の在校生に限り格安にて承っております』と書かれており、その値段は店頭販売が金貨5枚と大銀貨7枚に比べると半値以下だったのだが、それでも大銀貨5枚だという。
しかも、注文してからの納期は2週間と書いてあった。
この世界で一般家庭の靴の値段が、大銅貨5枚であり、貴族の靴でも野外活動の物が大銀貨1~3枚の間と言われている為、その価値の高さが伺える。
結局その日の内に注文をしたのは、貴族の者が大半の割合で、一般科の生徒は極わずかの者に留まったらしい。
そんなこんなで夏季休暇明けの学院生活が始まり、暫くするといつも通りの日常が過ぎていった。
夏季休暇が終わり、後期の授業が始まって数日経ったある日の昼下り。
新しい授業科目が組み込まれていた。
『結界術』その名のとおり、防御に関する結界魔術を学ぶ授業なのだろうが、その担当がオーレルカ先生主導で行われるらしい。
「皆さん、今学期より結界術の科目が加わりましたが、それに伴いもう一人副担任として紹介する先生がいます」
教室に入って来た彼は、開口一番にそう告げると、教室の外へと声を掛ける。
「入って来てください」
「失礼します」
扉が開かれて現れたのは、どう見ても10歳児程度の身長で有り、薄紫のストレートヘアの生徒に見える人だった。
「ヴィラ・フォン・カーマインです。見た目はこの様な成りですが、貴方達よりは二周り歳を重ねていますので、子供扱いはしないでくださいね」
淡々と自己紹介を済ませると、そのまま教壇へと向かう。
「今日は初回という事で、簡単な講義を行いたいと思います」
そう言って取り出したのは、一冊の本であった。
「この結界術の科目では、様々な結界の扱い方や応用等を中心に護る事を意識した内容となっています。先ずはお馴染みな球状結界」
言いながら指先に魔力を集めて形作って見せたそれは、バスケットボール程度の大きさをした透明な球体で、中には小さな人形の様なものが入っており、周囲にはバチバチと音を立てている。
「これは、中に入った者を護る最も初歩となり、基本的なものになります。全身を保護するドーム型の結界ですが、主に外部からの攻撃を防ぐ事が出来ます。ただし、欠点もあります。まず一つ目が、術者の魔法に比べて対する威力が高い事。そして二つ目に、一点集中の攻撃に弱い事です」
そこまで話すと、今度は机の上に手を置き、オーレルカ先生は実演を始める。
「このように、一点を突く攻撃に対しては脆い為、注意が必要です」
「はい。質問よろしいでしょうか?」
「えぇ、構いませんよ。何でしょう? セルヴァ君」
「ありがとうございます。先程仰っていた一点集中とは、どのような攻撃になるのですか? それと、この様に手で触れると簡単に貫かれてしまうのですが、何か対策はあるのでしょうか?」
「良い着眼点です。例えば、ストーンバレットを同じ所に連続して当てる。ただ、この弱点を補う方法が無い訳ではありません。例えば、この様に球状に回転を加える事で、ストーンバレットの軌道を変える事が可能になりますし、他にも幾つか方法が考えられます。しかし、それをするには相応の知識が必要になってくる為、皆さんにはこれから知識を身に付けてもらいます。では、早速始めましょうか」
こうして始まった結界の講義なのだが……知識としての内容は、これがまた存外難しい物らしい。




