富嶽の調整と龍帝祭の開始
富嶽が放った一撃は、前回の速度よりも早く、そして重かった。
「ッ!?」
俺は辛うじて反応し、防御を取ったが、富嶽の大太刀は、同じ木刀だというのに、俺の木刀を砕きながら迫ってきた。
「ちっ! 仕方ない!!」
俺は即座に姿勢を低くしながら、濁流の様な富嶽の攻撃をかろうじて避けながら懐に入り込むと、そのまま腹部に一閃を放つ。
「同じ手は二度も喰わぬよ」
富嶽はその攻撃を難なく避けたのだが、つい俺は笑みを浮かべてしまった。
「何が可笑しい?」
「いや、まさかこんなにも簡単に間合いに入る事が出来ると思っていなかっただけだ」
「……どういう意味だ?」
「こういうことだ!!」
「なっ、消えた!?」
俺の身体は、一瞬の内に富嶽の背後に姿を現した。
ハーガンさんのお陰で身に着けた戦闘スキルとしての『転移』そして、暗殺者のスキル『隠形』の合せ技。
これにより富嶽の攻撃を避け、背後へと移動する事に成功したのだ。
「終わりだ」
俺はそのまま首元目掛けて木刀を振り抜き、ギリギリの所で止めた。
「くっ! なんという速さだ……」
「流石に主が配下に負けるってのは、格好つかないからね」
こうして、富嶽との訓練は終了した。
訓練後に再度確認を行ったが、富嶽の調整は今の所、特に問題はないだろうと思う。
本人からも、何か違和感があったりすれば報告すると言われているが、「今のところは問題ない」との事だった。
「それじゃ、今後は富嶽の技を会得する為の鍛錬をしていくとして、今日はそろそろお開きにするかな」
「あぁ、良い運動になった」
「御意」
「承知!」
「分かったぜ」
「分かりました」
「うん、皆ありがとう。さて、これからベリト達は屋敷に送り返すけど、報告はある?無ければ解散だけど?」
俺が尋ねると、ベリトが一歩前に出て口を開いた。
「では、我が君に相談があります」
「相談?」
「はい、実は屋敷の警護をしている際に聞いた話なのですが、どうも西側の街外れの森の方で不穏な動きがある様です」
「……詳しく聞かせてくれるかい?」
王都の西側の森といえば、薬草採取や駆け出しの冒険者が、請け負うクエストの魔物が多く居るエリアだ。
一体何があるというのだろうか?
「はい、何でも街の外れにある森に廃墟となった教会跡に怪しい人影を見たという噂です」
「なるほど……それで、その噂が本当だとしたら、どんな奴らが潜んでいるか分かる?」
「申し訳ありません。そこまでは掴めておりません」
「そうか、まぁでも情報ありがとね。一応警戒しておくよ。それで相談ってのは、その事に関係あるんだろ?」
「はい、もしよろしければ我々をそちらに派遣していただけないかと思いまして」
「それは構わないよ。むしろ、こちらとしても助かるくらいだし」
「感謝致します」
あの辺りは、駆け出しの冒険者や子供が採取クエストをする森だから、もし危険な人物が潜んで居るのであれば解決しなければならない。
俺はベリト達に定期連絡を義務付けてから屋敷に送還した後、そのまま部屋に戻った。
その後は、アーサーの逃走劇やエルザ達の課題を手伝う事になり、そんな日々を過ごしながら神龍皇国レスティオの祭り、『龍帝祭』の日がやって来た。
「皆の者、今年は様々な厄介事があったと思うが、無事にこの日を迎えられた事を嬉しく思う。此度の件でその身を挺した多くの英霊を讃えよ! 我らの平和を齎した事を忘れるでないぞ!! だがしかし! 今は宴を楽しめ! そして英気を養うが良い! ただし、羽目を外し過ぎないようにな! さあ、存分に楽しんでくれ!!」
龍帝ゼルガノンとして城のバルコニーから姿を現したゼノさんがそう言うと、会場内は一気に盛り上がりを見せた。
そして、俺の隣にはアーサーが居たのだが、先程まで一緒にいたはずのエルザ達は何処に行ったのかと探していると、少し離れた場所で見つけることが出来た。
「よし、それじゃあ会場に向かうとするか!!」
「アンタはまた勝手に行動して……えぇ加減にせーへんと、ウチも怒るで!?」
「大丈夫だって、それに今回はちゃんとした理由もあるし」
「はぁ~もう、しゃあらへんわ。ほら行くなら早う行こ」
オリビアは呆れたようにアーサーを見ながら、エルザ達の方へ戻って行った。
俺達は、目的地である城に特設された会場へ歩みを進めて居るのだが、理由はとても簡単な事だった。
“龍帝祭 武闘大会会場” 特設ステージの入り口には、大きく紅い龍の像が飾られており、その像が持つ横断幕にはそう記されていた。
この大会は、毎年恒例のお祭りらしく、大人の部と子どもの部があり、それぞれの優勝者は、豪華景品が貰えるらしい。
そして、今回俺が出場するのは、大人限定の部の参加だ。
何故、参加する事になったかというと、本来は子どもの部にも参加せずに、祭りの出見世を廻る予定だったのだが、その打ち合わせの際にゼノさんがやって来て、何処か重い表情で「ルーク、悪りぃんだが、ちょいと折り入って頼みがある……」と話しかけて来たのがことの発端だ。
そして、ゼノさんが語った内容はこうだった。
まず、今回の大会で本来ならばアーサーを子どもの部に出場する予定だったのだが、その際に対抗馬として俺の名前が出たそうだ。
そして、紅龍勲章を本当に与える程の実力があるのならば、大人の部の優勝者とエキシビションマッチを行って欲しいという話が出たらしい。
正直、面倒臭いし、子どもの部とエキシビションマッチの話が出た段階で、俺は断ろうと思った。
そもそも、出るとすれば俺は子どもの部だが、最初から出場するつもりなど微塵も無かったからだ。
「流石に俺が出場するのは無理ですよ」
「いや、そこを何とか頼む! このままだと、近隣の国からホラ吹き呼ばわりされかねねぇし、ルークも色々と面倒な事に巻き込まれそうなんだよ」
「……どういう事です?」
ゼノさんがホラ吹き呼ばわりされるのは、別に関係ないのでどうでも良いが、俺にも被害が出て面倒な事になるのは勘弁願いたい。
なのでを詳しく話を聞いて判断する事にした。




