古書店の若い人
「ねぇ……あの二人何をしているの?」
「さあ……」
俺とユーディットお祖母様は、何を話しているのか聞こえない位置に居たが、不思議に思いながらも二人の様子を覗う。
すると、二人は突然俺達の方へ振り返り、こう言った。
「ルーク、ユーディットよ。お前達は欲しいものはないか?」
「えっ!? いきなり何よぉ……急に言われても困るわ。アナタ!」
「欲しい物……」
「まあまて、そう慌てるでない。今日の思い出に、何でも好きな物を買おうではないかと思ってな」
「そうですね。私からも是非お願い致します。ルーク、ユーディット様」
「いや、でも……」
「う~ん……」
お祖父様とギルバートの言葉に対して、お祖母様は、悩む素振りを見せつつ、内心では迷っている様に感じられた。
お祖母様の視線が、先程よりも店棚の奥に向いているのだが、そこからは、恐らく高価な品が置かれているのであろう。
「さあ、遠慮せずに言ってみろ!!」
「ルーク、遠慮しないで言ってごらんなさい!!」
「えぇっと……」
「そぉ……じゃあ、これかしらねぇ」
「これ!!」
結局、俺は最初に目に付いた商品を指差すと、何とお祖母様も同じものを指差し、二人で同時に声をだしてしまった。
「これか……ふむ……よし分かった!! これをくれ」
「かしこまりました」
お祖父様が即決で購入を決めると、店員さんは奥の部屋へ消えていき、少しして戻ってきた。
「お待たせしました。こちらになります」
「おお、これは素晴らしい」
「綺麗な指輪ですが、魔導具の様ですね?」
俺とお祖母様が購入したのは、透き通った水色の宝石が付いた指輪だった。
「ユーディット、その石は何の石なん何だ? 石自体が魔力を帯びているのは分かるが……」
「これはねぇ、氷晶石と言って、魔力を込める事で冷気を発する事が出来るのよ」
「成る程、つまり暑い作業で倒れるのを予防する物か?」
「そういう事ね。ただ……この大きさだと、それ位の威力しか無いけどねぇ」
「フム……それでも、夏場には重宝するんじゃないか?」
確かに重宝するだろう。しかし、俺はそれよりも別の事が気になった。
「お祖母様、この指輪の魔導具は、作って売ったらだいたいお幾ら位ですか?」
「そうねぇ……石は小さいけど、希少品だから少くても、銀貨1枚といった所だねぇ」
「その大きさで、そんなにするんですね」
「そうね。だけど、それだけの価値はあるのよ。特殊な加工が必要な物だと、同じ大きさの物でも大金貨3枚は最低する物だからねぇ……ただし、用途次第ではこの位のでも大金に化けるのよぉ」
お祖母様の説明によると、魔導具の素材に使われる鉱石の中には、希少性が高く、魔力伝導率の高い鉱石も存在するらしい。
そういった鉱石を使った魔導具は、当然値段も跳ね上がる。
そして、魔導具の中でも、特に貴重な鉱石を使う物は、大きさを規定し国によって管理されている物も多くは無いが存在はしているそうだ。
氷晶石はそういった部類の魔鉱石らしく、この位の小さな物は規定管理外のサイズらしい。
だが、数を集めれば、大きな物を作れるので、お祖母様の様に欲しがる人は多いのだろう。
「ルークよ。お前も欲しいものがあれば言うのだぞ」
お祖父様の言葉を聞いたお祖母様が、俺の耳元で囁いた。
「ルークちゃん……貴方も遠慮しなくて良いのよぉ、ルシアンちゃんの時は会いに行けたけど、今回はゼルガノン様の件やら国賊討伐なんかも重なって、領地防衛の任で動けなかったから、会いに行けなかったを悔しがってたから……もちろん、わたしもだけどねぇ」
「そうなのですね……分かりました。ありがとう御座います」
どうしようかな……正直、今の手持ちでも買えない訳じゃないんだけど……正直な所、魔導具や古書が売ってある場所が幾つかあった。
「あの……お祖父様。実は、本を幾つか買いたいのですが……」
「ほう……なら次は本を売っている場所だな……仕方無い、あまり気は進まんがヤツの所へ行くか……ギルバート君や他に必要な物は無いか?」
「いえ……大丈夫です。それにしても、ルークは本当に本が好きなのですね?」
「あぁ! 物語を読む事も好きだが、自分で新しい魔術を創り出す為にも、様々な知識が必要だからな、特に複雑な術式を解読するのは心が躍るよ」
「そうなのか? ワシは書物より剣を振る方が楽しいのだが」
「アナタの場合は、そうでしょうねぇ……」
その後、俺達は市場の店を回り終えると、お祖父様の案内で、一軒の本屋に向かった。
「……ここだ」
お祖父様に連れられやってきたのは、大通りに面した場所にある、かなり年季の入った店構えをした店だった。
「随分と古い建物ですね」
「あぁ、ここはワシが子供の時からずっと同じ場所で営業を続けているんだ。店主はもうかなりの歳の筈だが、扱う物は確かだ。……ワシは此処で待ってるから、ユーディットと行ってこい。金は預けるから、必要な物を買うが良い」
「はい」
ザリウスお祖父様は何故か行きたくないと言う表情をしており、ユーディットお祖母様はクスクスと笑みを浮かべながら、お金を受け取っていた。
そして、俺はお祖母様と一緒に店の中へ入る。
店内には、所狭しと沢山の古びた背表紙が並ぶ。
「うわ~凄い量だね。ユーディットお祖母様」
「そうねぇ。これだけの量があると圧倒されちゃうわねぇ」
俺とお祖母様は、店の中を見て回る。すると奥の方で、一人の女性が椅子に腰掛けて、静かに読書をしていた。
随分と若い女性だが、お祖父様は店主が歳上だと言っていたから、恐らく娘かお孫さんだろう。
遠目から見てもかなりのプロポーションで、綺麗な青髪の人だった。
俺達が入って来た事に気づいたのか、ゆっくりと顔を上げこちらを見る。
「あら、ユーディットじゃない! 久しぶりね、あの莫迦は未だにあの馬鹿デカい剣を振り回してるの?」
「えぇ、相変わらずよ。元気過ぎて困っちゃうくらいねぇ」
「ふふふっ、それじゃあ、まだまだ長生きするんじゃない?」
「どうかしらねぇ……あの人は、ご自分の命を顧みず、無茶をする方だからねぇ」
二人の会話を聞いていて思ったが、お祖母様はザリウスお祖父様の事を『あの人』と呼んでいる。
お祖母様が、お祖父様の呼び方を変えるのはどういう事だろうか。
この人とはどういう関係なのかも良くわからない。
「それで、今日は何の用かしら? まさか、そっちの子が関係してるの?」
「そうよぉ。この子はねぇ、わたしの孫なのよぉ」
「へー、孫ねぇ。…………は?」
女性は俺の顔を見ると、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに元の落ち着いた雰囲気に戻り、再び視線を本へと落とした。
「……成程ね、あたしも歳を取るワケだわ。こんなに大きい男の子なんて……まぁいいか。ところで、何を買いに来たの?」
明らかに話の内容は、昔からの知り合いという感じなのだが、年齢が合わない。
方や二十代の年齢で、5、60代の見た目なのだから、そう思うのも無理はないだろう。
二人は俺を余所に昔話に花を咲かせていた。




