ドーランでの仕事の終わり
翌朝、ハーガンさんと朝の訓練を行う為、二人でコテージの裏庭に出た。
昨夜の内に拾って来た少女の事を話したが、「商品って事は、未だ何かありそうだな……取り敢えずは俺が調べておくよ。新しい領主とも話す事があったからね」と疲れた顔で笑みを浮かべていた。
軽く身体をほぐし、木人の置いてあるスペースに向かうと、そこには俺が拾って来たエルミア(命名したのはルーチェ)とルーチェがいた。彼女達は短い木刀を持ち素振りを行っていた。
俺達がやってきたことに気付くとお辞儀をして挨拶をしようとしていたが、俺は手でしなくて良いとサインを出した。そして、エルミアに向かって質問をしたのだ。
「どうして此処に?」
すると彼女は少し悲しげに答えた。
「私、昨日は無理な事を言ったってルーチェお姉ちゃんに言われたから……ルーク様に無礼な態度だったのもいけなくて……」
「なるほど」
「エルミアは真面目、アタシが育てるから、ルーク様に迷惑かけない。だから此処に置いてほしい」
「いやいや、ルーチェが良いなら俺は構わないんだけどさ。取り敢えず渚はルーチェに任せるって返事が来てたから、そこら辺はノータッチでいくよ?」
俺の問いかけに二人はお互い見つめ合い、やがてコクりと肯きあった。
それから改めて俺の方を向くと、今度は二人が同時に頭を下げてきた。
「「ありがとうございます!!」」
そのままハーガンさんと共に、身体をほぐしながら準備が終わった。
「じゃあ、訓練を始めるか」
「そうだね、取り敢えずはルーク君は転移のスキル化を終えたみたいだから、後で連続使用で回数を計測しようか。んで、先にエルミアと言ったか、短剣が何処まで扱えるのか見てみよう。アギロ、頼む」
まずはエルミアがどこまで戦えるかを確かめる。俺の方も実力を把握しておきたい。
何時の間にか現れたアギロさんとエルミアは互いに距離を取ると構えを取り始めた。
そして……。
「行くぞ」
そう告げると彼は地面を蹴って一気に間合いを詰めてきた。
そして繰り出された一撃。それを避けた彼女は、そのまま流れに身を任すように彼の足を払ったのだが……。
「ん〜、やっぱ甘いな。戦闘経験は殆ど無い、寧ろ自衛するので手一杯っと」
空中で体勢を変えた彼がその攻撃をあっさり回避して着地するなりそう口にした。
確かにその通りだと俺は思った。攻撃が単調過ぎているからだ。それに動き自体も遅いのでフェイントにも掛かっていないのだろう。
俺の目から見ても、彼女の戦闘の才能は低いと思う。だが、年齢を考えれば十分だ。ここから鍛えればある程度は強くなる。
俺自身も同じ事を前世でもしていたので理解している。
「んじゃあ、次は俺達の動きを見てろ。ルークの旦那の攻撃は受け止めたりはしないからな」
そういうと彼は腰を落として構え、俺に向かって突っ込んできた。それを受け流し、逆に蹴り飛ばすと、今度はこちらから仕掛けた。
「……っ!」
しかし……俺の拳は虚しく空を切り、気が付けば宙へと舞っていた。投げ飛ばされていたのだ。
「うわっ!……とっとっ!」
地面にぶつかる前に、何とか受身を取って衝撃を和らげる。しかし、目の前には既に追撃のモーションに入った彼がいた。
即座に後ろに飛んで距離を離そうとするが既に追いつかれ、回し蹴りをモロに食らいかけたが、寸前で身体の向きを変え転移で後方に廻り込む。
そして、すかさず反撃の一打を繰り出した。
「シッ!!」
だが、その攻撃は彼の残像を打ち抜いただけだった。
背後から声をかけられ、俺は振り返った。
「今のは中々良かったぜ」
どうやら背後に転移したのが読まれてしまっていたようだ。アギロさんは身体の軸を半分逸して横に立っていた。
「俺の後ろを取ったのは隊長を除いたら初めてだぜ」
そういうと彼はニッと笑みを浮かべた。
「やっぱりルーク君との訓練が一番の経験値になるね」
「私も、強くなれますか?」
エルミアは少し自信なさげにハーガンさんに尋ねた。
「ああ、この調子なら問題ないだろう。まぁ、ここに居る者は何かしら異質な者が多いから、自分を見失うなよ」
「はいっ」
そう答える彼女の表情には先程までの暗さは無かった。
…………それからしばらく、アギロさんがエルミアの訓練を引き受けて、ルーチェが動きの指導を行っていた。
(俺に教えてくれた時より全然上手くなっているような?)
ルーチェの教え方が前よりも上手く成っていた。
俺が教わる側だった時は何方かというと、毒耐性や気配隠蔽のスキルを中心にした物が多く、暗殺者向けの教え方だった。
それに対して今は、相手の視線を誘導し、身体全体のバランスを保つ事を重視しており、盗賊や斥候に向いている教え方に見えた。
俺の見立てでは、戦いよりも遥かに家事に関しての才能がある様に見える。
ルーチェは俺の考えている事に気が付いたのか、嬉しげに説明してくれた。
「実は、アタシが渚お姉ちゃんに色々と教わった後にね、アタシは戦うよりサポートの方が向いてるって言われてから、もっと戦闘訓練をお願いできないかな?ってカルロ師匠に頼んだんだよ」
ルーチェも今のエルミアと同じ様に、渚とカルロを師とした事で戦闘面の強化を図っていたらしい。
彼女は俺と出会った頃と比べると大分成長してきている。このまま行けば、近い内に渚に追いつくかもしれない。そんな予感がしていた。
エルミアへの訓練を終え、俺達は朝練を終えた。
その後、朝食を取り、ハーガンさんに頼まれていたエルミアとリリアナさんに関する書類の記載を済ませていると、昼に差し掛かった所でハーガンさんは、レイさんに会いに行くというので同行する事にした。
コテージの転移門から城に入り、応接室で待っていると暫くして扉が開き、一人の男性が現れた。
「待たせたか? ん? 何だ、ルークも一緒か丁度良かったか」
「ええ、少し用がありまして」
「そっか、取り敢えず掛けてくれ」
俺とハーガンさんはソファーに腰掛けると彼も向かい合うように腰掛けた。そして、本題に入るべく、彼が話し始めた。
「早速だが、話に入ろう。ルークはリリアナの件はもう聞いているのか?」
「えぇ、彼女の件は聞いてこちらで引受ける事になりました。リリアナさんに会って、一応は了承は貰いましたが、流石に直ぐには動けないとの事で、自然治癒を待ってから館に、って所です……」
「それは仕方無い、無理を言ったのも承知している。それでな……その辺りの話も兼ねて相談なんだがな。彼女、最初は十六歳って事で報告を受けてたんで、その年齢で探してたんだが、本来の年齢が二十三歳って事が後から分かったお陰で、出身地が特定できてな、神龍皇国レスティオ領バーミストの生まれだという事が分かった。ルークの父親グランツ殿の出身地だな」
俺はその名前を聞いて、少し驚いてしまう。確かに、父様は昔はレスティオの出と言っていた。
その後冒険者に成って色々合った後で今のラーゼリア領主になった所までは聞いている。
「確か、グランツ殿はルークを連れて一度挨拶に戻るのだったな? その後はレスティオで祭りと勉強会をするらしいとソフィアが話していたが……間違いないか?」
レイさんの質問に俺は小さく首肯する。
「はい、父様とはそこでお祖父様達会う事になってると聞いてますよ」
「なら、その時ついでに連れていってくれないか?」
「分かりました、ですが何方に連れて行けば良いですか?」
俺はそう答えると彼は笑みを浮かべた。そして、話は更に続いていく……。
「最後の記録あった雇い主が、ユーディット・フォン・バーミスト婦人……まぁ、ルークのお祖母様になってるんでな、何かしらの話が聞ける可能性が高い。まぁ、残りの事は、俺が指示を出してるから、此方のゴタゴタは考えなくて良い。寧ろ、又巻き込んで悪かったな」
レイさんに謝罪をされたが、話された内容、その言葉に俺の頭の中で様々な考えが巡る。
(……俺のお祖母様の名前がここで出るのか)
どうやら、初の顔合わせは色々と複雑なものになるようだ……。
こうして、エステングラートのクラーケン騒動と緋緋色金の騒動は幕を閉じた。




