複合者
ルーク達がクラーケンと遭遇する前日、一人の男がとある屋敷から逃げ出した。
「ローブも駄目で……傷はそこそこ深いか……クソッ!!」
男は物陰に隠れながら悪態をつくが、その表情には恐怖と痛みに歪んでいた。
傷が深く入ったフードを頭から被っているが、所々に付着した既に乾いた血汚れは、追手から逃げる際に斬られた物だ。
「金払いが良いと思ったら、ヤベェ仕事だったか……海洋系の魔獣が必要って言ってたけど、真逆じゃねぇか! 護衛ならまだしも、流石に商船を襲うなんて出来るわけねぇっての」
男は、運良く海洋系の魔獣をテイム出来たテイマーだった。
とはいえ、中々他の魔獣をテイム出来ず、仕事で得た収入も、大半がテイムした相棒の腹の中に消えていく生活が続けていた。
お陰でジリ貧とまでは行かないが、生活の質は良いとは言えず危うい月もあった。
が、何とか成っている事が多かった。一度相棒との契約を破棄することも考えたが、何時他の魔獣をテイム出来るか分からない状況下で、契約を破棄するのは収入を無くす事と同じだと考えた結果、今日まで生きてこれた。
「あぁ、もうダメ……こりゃ、参った、な……」
男の意識は小さな呟きと共に薄くなり、そのまま物陰の中で途絶えた。
そこに、2つの黒い影が近づくが、既に男に気付く程の力は無く、影の1つは男の状態を確認し始めた。
「目標確認。……周辺に護衛や追跡者は……無いな」
「分隊長、コイツどうしますか? このままでも死にそうですが、連れ帰る途中を追跡されても厄介ですよ?」
「今は、目標の位置確認が出来ただけ良しだ。タイミング良く逃げ出した者の様だし、内部の情報が得られる可能性も在るだろう」
「なら、団長宛の定時連絡の内容に入れときます。しかし、クラーケン討伐をするよりも捕まえさせるて、明らかに師団レベルの戦力が必要でしょうに」
「そうだな、お前は副隊長の補佐をしていたから知らんだろうが、敵で無くて良かったと思えるよ。さて、無駄話は此処までだ。撤収するぞ」
2つの黒い影は、男を回収したと同時に、近くの影の中へと溶ける様に姿を消す。
その場には、男の着ていたローブが残された。
ただし、追跡されても良い様に少し細工をした物にしたが、恐らく使われる事は無いだろう。
仮に追手が差し向けられても、追跡した先は、この都市に張り巡らされている下水道に繋がる道に、そして、水の中に入る様に痕跡を偽造していた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「つまり、駄目な方のガヴェルテスは、名の売れてないテイマーを金の力で勧誘して、従魔を操らせていたと?」
「えぇ、どうやら護衛任務としてギルドに貼り出しを頼み、裏切ればクラーケンの餌や実験素材にされているらしいですぜ」
「アギロ、保護した者が、今どういう扱いに成っているかギルドに行って調べてこい。恐らく死亡届けが出ているだろうが、流石に死人が生きて現れでもしたら、他の尻尾も出てくるだろうさ」
「了解、そういやぁ、カルロ殿もそろそろ証拠集めが終わりそうですぜ、何かキナ臭い情報が在るらしいですがね」
部下が男を保護した明朝、ハーガンとアギロは、コテージの一室で打ち合わをしていた。
ガヴェルテス家の見張りをしていた分隊からの報告に、救助者が居ることや、治療をして情報を得た事。
地下施設が存在しているといった情報を入手する事が出来たといった内容だったが、それと同時にカルロからの報告を纏める作業を今はしている途中だった。
「組織との繫がりが、いつ頃からなのか判明すれば金の流れやら不明な点者は見えてくるか……」
「まぁ、残してある証拠がどんな物か知りませんが、カルロ殿の持ってくる情報によっては、手に余りますかねぇ?」
「そうだな、一応証拠品も持ってきたが、領主の部屋に魔術で厳重に封じられた箱が隠していたが、それは持ち帰れなかった。どうにも特殊な物の様に感じたが、恐らくルーク様ならば、解除出来るかもしれない」
二人とは別の声が壁から聞こえる。
声の聞こえた方へ顔を向けると、壁の影から頭部のみを覗かせるカルロの姿がそこにはあった。
その手には、束に成った書類が幾つも重ねられているが、どれも分別されている様で、それぞれの紐に色が付いているらしい。
「黄色は金の流れと、それに繋がる貴族の名、赤は失踪、若しくは死亡届けが出された者で、ガヴェルテス家の名が雇い主欄に記載されている物。青は都市の運営状況と収入源について、黒が地下施設の地図と手を組んだ組織のメンバーネームだ。“教授”では無い。私が顔を知らない人物だが、組織の人間だ。奴の仕事内容は話で聞いている。人と魔獣を合成するかりヤバイ奴で、その成果を自身にも応用しているらしい」
”複合者”殆どの書類に記載されていた名称だが、カルロの言うとおりの人物であるのなら、狂人とも言える人物なのだろう。
ハーガンとアギロは、資料を見ながらガヴェルテスの間抜けさに感謝しながらも、1つの結論に辿り着いた。
━━もしかしたら、今回の1件は人とクラーケンの合成魔獣なのではないか?
その結論は、ルークが持ち帰ったクラーケンを確認する事により、確定してしまうのだが、事態は想像よりも複雑化している事に成っているとは、この時海に出ていたルークを含み誰一人として想像することは出来なかった。
「━━そろそろ潮時ですかねぇ? それでは引き上げますよ、複合者?」
「……好キにシタラ良い、ワタシの作品ガ、コオラサレタのは想定外ダ。マァ、良い実験が出来たト思ウ事にするカ……プロフェッサー」
緑を基調とした貴族服を身に纏い、左眼にモノクルを掛けた白髪のプロフェッサーと呼ばれた男は、全身を黒のマントで覆い隠す様に座り込む、聞き取りにくい発語の男に、幾つかの書類を渡し、再度口を開いた。
「最後に置土産をしましたから、コレで少しは時間稼ぎ出来ると良いのですが……」
「心配ナイ、アレは簡単には殺せナイ。ドウナッテモ、コノ都市はオワリダ。荷物は纏ッタ……行こウ」
この日、この騒動の黒幕は誰にも気付かれずに、ドーランの地から姿を消した。
━━新たな禍の種を蒔く為に。




