巨大烏賊の痕跡
不気味な程の静けさの中で、今から対するクラーケンの出現位置を予測する為、俺は周囲を【偵察】で探る。
その結果、かなり深い海溝の側である事や、他にも海洋資源として使えそうな物も発見出来たが、残念な事に想定されていた巨大烏賊の姿や痕跡は、この周辺では見られなかった。
「かなり深い海溝はあるけど、クラーケンが隠れてるって事も無いみたいだ。ただ、襲われた痕跡すら無いってのはかなり気掛かりだけどな」
「ふむ、となるとやはり面倒な事に成っていそうだな」
「どうして面倒なのかそろそろ説明をしてくれないか?」
カミナはまたしても面倒な事と言っているが、一体何なのだろうか?
「そうだな……以前大公を洗脳した組織を憶えているか?」
「あぁ、ノートリアスだろう? って、まさか!?」
「どうにも可能性は高いが、確定するには些かな……」
以前にニセドラゴンゾンビの核となっていた翡翠の勾玉とドラゴンの卵を回収したが、もし今回の件に関わって居るのならば、確かに面倒な事になるのは間違いないだろう。
何せ、あの偽物は人や魔獣の死体を使って、スライム状況の魔法生物の身体に纏わせて居た位だからな。
「仕方無い。此処で待っていても現れるとも限らんからな、一度向こうの工業港に寄ってから戻るとしよう。何かしらの条件や情報があるのかもしれん」
証拠となる残骸や他の痕跡が見当たらなかった為、カミナの意見に従い、一度対岸側の工業港へ進む事になった。
カルロの調べた資料から、工業港側からの船が襲われる事が向かう船よりも若干多いくらいだ。
何か理由があるのは間違いない筈だから、序に調べるのも有りだろう。
そのまま船は、何事も無く工業港の船着き場に停船した。
停船後に、近くの倉庫から何人か人が出てきて、俺が投げた船のロープを係船柱に結び、俺は更にタラップを降ろして降りる準備を行う。
「おぉ、コイツぁ立派な船だが、今日はこんな船が来るとは聞いてねぇぞ? 持ち主はそちらの姐さんかい?」
「いや、違う。未だ所有者はドーランの皇帝だ。使わなくなった船をクラーケン討伐に貰い受けただけだがな」
船から降りると、一人の男性が此方に話しかけてきた。
見た目は長い顎髭とバンダナを巻いているので、良く分からないが、渋い声からしてそこそこ歳を重ねた感じがする。
「へぇ〜、流石は皇帝陛下だ。ウチの領主じゃ話にならねぇから助かるぜ! 全く、税金払っても何にもならないってんだ!! おっと、名を名乗って無かったな、オレはオットマンってんだ。この工業港区の総括をやってる。まぁ、総括っても船の往来を記録したり、向こうの加工地区に運ぶ部品やら高級品の帳簿をやってる」
「私はカミナだ。影狼というチームで冒険者をしている。今回はクラーケンの討伐をする為に、この領に入ったので今は調査をしている。どうにもクラーケンの動きが人為的すぎる気がしてな、此方から出た際に襲われた物の積荷記録や状況を聞きたくて寄らせてもらった」
こういった際の交渉は、カミナに任せるほうが上手くいく。
俺が言っても、見た目は子供だから貴族としての証明をしたり、冒険者ライセンスを見せ、確認されたりと手間がかかる事もあるから。
オットマンさんも例に漏れずといった感じで、俺やカミナを見比べて頷くと、手を上げて周囲の人達ヘ指示を出していた。
ハンドサインだけで話をしているというのに、少しばかり違和感を覚えたが、そのままオットマンさんの話を待った。
「いま、記録を持って来るから汚ぇ場所で悪いが、倉庫に来てもらって良いか?」
「あぁ、構わない」
カミナも頷き、倉庫の方へ向かう事になった。
倉庫は汚いと言っていた割に目立った汚れはなく、寧ろ使われなくなった様な印象を受けるほどだ。
倉庫内の一室に案内され、暫くすると分厚い帳簿がニ冊
俺の前に置かれた。
━━同時に、オットマンさんの雰囲気が変わるのを感じた。
「さて、今から話す内容は、オレ達も本来なら口外できねぇ。意味は分かるな?」
「要は、子供に聞かせれない話をするという事か?」
「いんや、違う。隣国の子爵様が聞いた所で、どうにかなる様な人でもねぇ筈だからな。影狼のリーダーやってる人間が、同一人物とは思わなかったが」
「まぁ、ルークって名前だけで登録してますから、最近昇格しましたけど、あくまで冒険者のルークですから、この場に居るのはね」
「そうだな、話を進める」
オットマンさんはそう言うと、2冊の帳簿を捲り、其々に印が入った頁を此方に見える形で並べた。
「此処に印が入っているのが見えると思うが、これは、クラーケンに沈められた船の積荷記録だ。んで、もう1つの方は、積荷の顧客リストになる」
並べられた積荷記録を見ると、確かに荷物の種類や量が事細かに記載された物で、品質まで書いてあった。
顧客リストも同様に、貴族宛と領民宛で其々管理された物だ。
だが、印が入っているのが予想通りという事なのが何とも言えない。
「積荷が襲われたのは、どれも同じ荷物の配送が入った船だ。積荷は別の物が一緒の事が多いが、特に多いのが、この荷を乗せた船が狙われて沈められたのが分かると思う」
オットマンさんがそう指差す場所には、【海底魔水晶】と記載された文字と対になる様に、配送先には“ガヴェルテス“の名が記されていた。
「このスブメルススって、余り聞き慣れないんですけど、一体何ですか?」
「ん? あぁ、簡単に言えば、海獣の骨だ。海の魔素を溜め込んだ骨が水晶化した物で、見た目が綺麗な物が多いから、装飾品として加工したのを卸してるんだ。此方の市場なら、指輪やらネックレスの加工品に、原石も取り扱いしている。向こうの鍛冶ギルドに鉱石の配送もしてるから、自分で手に入れる奴は陸路からでも此方に来て買ってるのが居るくれぇだ」
「それだけでは無いがな。海の魔獣に魔物等の餌としても扱われる物だ。当然、クラーケンもこれを囓る事がある。魔素を取り込む方法としてだがな。最も一番重要なのはその量だ。見てみろ」
カミナの指差す場所に書いてあった数量だが、明らかに一般の貴族が頼むにはおかしい量だ。
俺の様に錬金術や錬成術の物作りをしている人間でなければ頼まない量がそこにあった。
「最初は装飾品を手作りするからと、道具やらと一緒に頼んでいたんだがな、クラーケンが出没する前から少しづつ量が増えて最終的にはスブメルススだけが多くなって、今じゃこの量を毎度頼んでる」
「だろうな、他の材料も見ているが……明らかに装飾品に使用する物以外の用途だろうな」
「どれも装飾品に使うものだけど、確かにこれは無いかな。魔獣や魔物の骨って……」
確かに細工に使うものだけど、明らかに量がおかしい。
それこそ魔獣の素材を使った合法な方の合成魔獣の作成に使える量だ。
「痕跡が無いのもそうだが、クラーケンはキメラだと思っても良いかもしれん」
唐突なカミナの言葉に、俺も頷く他無かった。




