合流の街ベルグラース
ルーク達が、エステングラートに出発する数時間前。
エステングラートの道中に在る街ベルグラースで、商人がよく着る少し高価な外套を着た二人組が、雨の降る裏路地の酒場へと消えて行った。
「さて、面倒事は早く解決してご褒美をしっかり貰わんと割に合わないぜ━━そう思わないかい、アギロ?」
「いやいや、隊長はまだ良い方でしょう? 俺なんて結婚してねぇのに子持ちっすよ? まぁ、リルもフッドもお利口さんだから良いですけどねぇ」
そんな消えていった二人組を監視する様に高台から見つめているのは、ドーラン帝国最凶の黒騎士ハーガン・クロム・ブラッドレイと、指揮する部隊【ヴァールハイト】の部下アギロと呼ばれる男。
「あの二人組が、最近ガヴェルテス家に雇われた者で間違い無い様だ」
「問題はどっちが術者かですねぇ?」
「術者を特定する判断材料が無いのは仕方無いが、一応は本体に近い蜥蜴の尻尾。切られる前ならば少なくとも埃の1つ位は出てくるだろう」
「……各員準備完了の様です。行きますか?」
アギロの確認に、ハーガンの言葉は無く頷く。
━━其れだけで、作戦は開始されるのだ。
雨の降る裏路地へ、黒い騎士が空を翔け抜ける。
その手には二振りのショートソードが握られていたのは言うまでも無い事だ。
何故ならば、彼が第三黒騎士であり、その双剣は牙に見立てた異名の象徴故に。
この日も、本来ならば対象を捕縛し尋問を行うだけで、現ガヴェルテス家に繋がる証拠の全てが片付ける事が出来る━━筈だった。
「━━してやられたか……」
黒騎士達は酒場へ突入した。
然し、そこにあったのは、無惨な状態で転がる物言わぬ骸となった人だったモノ。
「全体に報告、魔力感知の高い者に追跡をさせろ! 恐らく無駄だろうが、これと同じ転移の巻物を使って逃げている筈だ。欠片一つでも良い、見つけ次第場所の記載と魔力照合、測定を行え。アギロはこの遺体を調べろ以上!!」
「「「ハッ!!」」」
アギロはハーガンの指示に従い、遺体を調べ始めたのだが、「ん〜? コイツは妙な死に方をしてますねぇ」と呟いたと思いきや、ナイフを腹部に突き立て切開いていく。
「チッ! 厄介な事をしてくれたもんだ……隊長、コレを見てください」
「何だ? 小さな……骨?」
「コイツはただの骨じゃありません。呪具、それもどうやら、ソドム大公を救出した時に相手した奴らが、関与してる可能性が高い様です。あの時の回収物にこれと同じ物が幾つか保存されたましたからねぇ……」
「その呪具は何だ? まだ使えるのか?」
一見すれば、ただの骨。だが、よく見れば所々に人の顔の様な物が浮かび上がり、蠢いていた。
「一応、解析はしてましたが、どうにも原理が掴めない代物で、どうやら素体に成った者の姿や記憶をそのまま別の者に移す効果がある様で……使い捨てみたいでした」
「……そうか」
ハーガンは「胸糞悪い」と小さく呟いたが、そのまま遺体を放置する事は、騎士としても道義に反する行いだと考えている為、直ぐに聖水を遺体に振掛けるとそのまま遺体へ魔術を施していく。
「━━安らかに眠れ」
その言葉と共に、遺体は厳重に封禁された。
遺族に返還されるその時まで腐敗を防ぐために。
「商人証はありました! コッチは身分証か……デズモンド・フォン・ヴィルムート……あぁ、ウルムンド王国の貴族ですねぇ……分家の方の。家族は無し、廃嫡されているわけでは無いみたいなんで、恐らく勉強の一環としてって所でしょう。確認は部下に任せます」
「頼む。せめて遺品と遺体は帰れる場所に送らねばな」
ハーガンはそう言い残し外に出る。
雨の降った道は水溜りを作り、泥濘には騎士達の足跡位しか残っていなかった。
だが、ハーガンは一部の配下と共に周りに証拠が無いか確認を行い、捜索範囲が拡がるにつれ、黒騎士達は酒場から消える。━━そして誰も居なくなった所で、影がグニャリと形を変え、人の形へ浮かび上がる。
「ふむ、流石は諜報と暗殺の騎士隊と云うべきか……然し、ここの地下に気付く者が居ないというのはどうなのだろうな?」
猫人族の男はそう呟きながら、手に入れた書類を確認しながら仕分けていた。
(商才は無かったみたいだが、貧する事も無ければ、余分に儲ける事も無い。どうやらそこを付け入られたという所か?)
己の主人に有用性の有る書類と補足程度の書類を仕分け、その他の書類を細分化、他に必要な情報、暗号が無いかを調べる作業は、元々得意分野である為、殆ど時間がかからなかった。
「……これ以上必要な物は無いな」
「そうかい? それじゃ、渡してもらおうかぃ? 猫人族の暗殺者殿?」
全ての整理が終わりその場を離れようとしたその時、背後から人の気配がした為、直ぐに姿を隠したが、それでも入ってきた人物には正体がバレている事に、興味を持った。
「……感知はしていたが見逃したと?」
「まぁ、余計な作業が無くなるならそれに越したことはないですからねぇ? まぁ、主は違えど協力者同士なら情報共有位どうかと思いましてね?」
「情報共有とは? 黒騎士ハーガン配下の、暗殺諜報部隊ヴァールハイトのアギロ殿」
「いえいえ、今回の件について敬愛する皇帝閣下の命令で、私とハーガン様がルーク殿の協力者となりましてねカルロ殿?」
互いに正体がわかるのなら、姿を隠す必要はない。
問題は、この取引でどちらが得をするのかだ。
カルロは、ルークから帝国側の協力者の情報を貰っていたが、接触する必要は無いと考えていた。
自身が調べるのは、例のダンジョンや周辺地域、海域に仕掛けられたと考えられる魔術や呪具の捜索であり、その過程で辿り着いた先がデズモンドだった。
一方、アギロ達がデズモンドに辿り着いたのは、ガヴェルテス家の調査で、出入りをしている商人の中に帝国領外の者で水棲魔獣に関係する品を扱わない者を探した結果だったからだ。
帝国領内に面する海の近くの街や、村の交易品をする商人は取引すると、大半の者は衣服や鉄製品を卸し、水棲魔獣の餌等は買わず海産物買い付ける為、食品関係は帝国領の商人簿に記載する。結果、取引した際に不正があったりトラブル外の起きた際に、保護や足取りが掴める様に成っている。
その逆で、帝国領外の商人は、海産物を仕入れるのと同じく水棲魔獣等の餌として購入する者が多い為、交易の際に陸地の物を卸す事が多く、その商人の足取り次第で品が変わる為、大体のルートの特定は可能だが、その商人は帝国領の者ではない為、強制では無い。
デズモンドは、帝国領の商人簿に記載されていたが、水棲魔獣の関連する品を扱う事は無く、海産物のみを大量仕入れしては、ガヴェルテス家に納品している者の1人だった。問題は、その海産物がとある魔獣の餌と同じ物だったという。
「つまり、その書類にはガヴェルテス家が知られたくない情報の塊でもあるんだ。だから、その書類は此方に渡して欲しい。変わりに、そちらの求めるものを差し出そう」
「なら、魔物氾濫させる呪具や、周辺地域の貴族の状況を纏めた物が必要だ」
カルロとアギロの取引は、結局話し合いの平行線をたどる事にしかならないのだが、この時の彼らは知る由もなかった。




