調伏
交わる鋒は火花を散らし、鋭く踏み込む脚は、次の一手を繰り出すための起り。
「ハアァァッ!!」
「ぐぬっ!! 悔しいのぉ……」
互いに身を翻し、されど離れ過ぎれば何かしらの一手が迫る事が分かるが故に、互いの攻撃が振るえない位置にその身を運ぶ。
━━然し、ついぞその攻防は終わりを告げる。
山本さんの身体、そして、太刀に限界が訪れたのだ。
「凶事の神……禍津日神の力を天叢雲剣に宿すとはのぉ。……二柱、いや、三柱か? それだけの神の力を受けては流石に力負けするわ」
「正直な所を言って、余り使いたくない手でしたけどね。スサノオ様の荒魂の面を文言に入れるってのは……失敗したら此方が被害受けますし。と言うより、何時気づいたんです?」
「そうじゃねぇかなとは思ったのが、最初に会った時だ。歳の割りに合わない質量の魔力を発していたが、それに伴って幾分か濃い神力の気配も有ったからな。何処かの神か、六龍の使徒程度の力は有るんだろうと踏んでたさ」
本来、禍津日神は祝詞などの呪に関係する神であり、神祭りの際に神に対して誤った言葉を奉じると災厄をもたらす、一種の言霊的な神といわれることもあるが、その実スサノオ様の荒魂としての側面の1つであり、善神の1柱として大神家では扱われていた。
これに関しては、他の宗派によっては悪神に成ったりで別れるのだが、側面とはいえ元の世界に居た神の力を、別の世界であるが出自が同じ者の力を器の中に留めるのは中々難しい。だが、別のやりようは有るのだ。
全ての力を留めるのは難しいが、一部だけであれば、短時間ではあるが借り受ける事は出来る。
勿論それには条件や制限が有り、全てが揃わなければ無駄に終わるのだが、今回は偶然の一致が重なっていた。
1つ、スサノオ様から貰った天叢雲剣の力。
触媒として今回は用いたが、建速須佐之男命としての神話を代表する関係上、今回の触媒としてこれ以上ない物だ。
2つ、スサノオ様たちの加護を貰っていた事。
これに関しては、縁を結べた事とスサノオ様が荒神としての特性を持っていた事が大きい。
前世の時は、縁もゆかりも無い者が力を借りるには、大掛かりな儀式や準備が必要に成るのだが、呪物、特にその神の持ち物や血縁者という繋がりがあれば、対象にもよるが、力の一部を借りる程度であれば、それらの準備をしなくても力を貸す事を良しとしていた節がある。
今回の場合、禍津日神の一部を借りる為に、スサノオ様の力で昇華した天叢雲剣を触媒として、加護を持っていた俺が神力と霊力を同時に扱い、禍津日神の凶事の力を山本さんに対して一点集中しダメージに変換したわけだ。
一応死なない程度に山本さんを攻撃出来たが、1つ問題があった。
「さて、コレでお前さんは儂を調伏する事が、出来た訳だが……式神にする余裕は有るのか?」
「霊力も神力も問題はないですよ。ただ、ギルドのトップを式神にするというのは如何なものかと……」
そう、問題はそこだ。
冒険者ギルドのグランドマスターを勤める山本さんを式神とした場合、恐らくだが今の俺の力で行えば今の姿のまま傍から見れば若返りをした事になる。
以前、呪われた魔導具のせいで、ドレアムさんが赤児に成った事があるが、解呪後に元に戻らず若干の若返りをしてしまった事があるが、どうやら裏でかなりの騒動が有ったらしい。(主に貴婦人達が若返りの為に依頼を出していたとか……)
それが漸く落ち着いたのに、今度はグランドマスターが若返りをしたとなっては、流石に周囲の女性が黙っていられないだろう。
「それなら心配は要らん。既に引き継ぎは終えておる故、今は唯の山本爺さんと言っても良い。そもそも寿命が近いのを知っていて何もせん訳無かろう? さぁ、式神にしてくれ。そろそろ維持が厳しくなって来たでな」
「では、御髪と血を貰っても?」
山本さんは頷くと懐刀を取り出し、髪を切り取り指先に刃を当てた。
俺は髪の束を受け取り、懐刀に着いた血を霊力と魔力を持って包み込み分離させると、懐刀を山本さんに返し作業に入る。
「何か縁の有るものはお持ちでしょうか?」
「縁のあるもの……黒木槌で構わぬか?」
「構いません。形が変わりますが構いませんか?」
「形が変わろうが儂の力で出来た物じゃ、お主の好きにするがえぇ」
山本さんはそう言うと、手に力を込める。やがて一振りの黒木槌が目の前に現れた。
「魔王、山本五郎左衛門。約束を果たす……良いな?」
「最早……力も出ぬ…輪廻の輪に……乗る前に頼む……」
「分かった━━【錬成】」
先ずは目の前の黒木槌と血を束ねた髪と共に、新たな形へ作り変える所から始まる。
一度木槌の形を細く長めの棒状に変形させ、両端を捻れさせてから折畳む様に形成し、長さを揃え束ね、その工程を幾重にも重ね圧縮する。
十二分に圧縮を行った後、中央に印を付け、そこを中心として一気にリング状に形成、圧縮していくと、至ってシンプルな黒色の指輪が完成した。
「我、ルークの名において。汝、山本五郎左衛門を調伏した。汝、この時をもって悪業罰示式神とす」
「おぉう、式神と成りて力を貸すは異論なし。されど主と認めれぬ時はその御霊、山本の腹の中と心得よ!!」
調伏終了の宣言と式神契約が終わり、山本さんの身体が見る見る間に骨と皮だけの身体へ変貌を遂げていく。
全てが灰のように細かな粒子と成り崩れたが、最早必要のない物だ。
「……自分の亡骸を見る羽目になるとは思っちゃ居なかったが、随分と若い身体になったもんよなぁ……」
「一応、その肉体年齢で固定はしましたが、姿を変えれる力はそのままですから、後は好きな姿で構いませんよ?」
俺の隣には新たな肉体を手に入れた山本さんが、腕を組みながら何食わぬ顔で手を合わせて居た。
「いや、この姿で構わぬよ。それより今は仕事をする方が先決だからのぉ……後で姿は変えるとするわい」
「そうですか?」
見た目は先程よりも少し若い30代前半位を意識したのだが、今の外見はどう見ても20代後半のそれだ。日本人特有とも言えるこの世界では余り見慣れぬ黒髪は、ただ後で結ってあるだけの物だし、無駄が無い筋肉質な偉丈夫といった風貌もあるが、どことなく若いのに出来る漢という印象を受ける。
「良し、見つけた。結界を破るぞ……ホッ」
結界を凝視しながら何かを調べていた山本さんだが、目当ての物を見つけたと思えば、なんとも気の抜ける掛け声と共に、結界へと鋭く穿つ様な一閃を放つ。
表面上は何も変わりが無い要だが、果たして大丈夫なのだろうか?
「━━!! ━━━!!」
「おぉう! どうやら、やっとこさ気が付いたようじゃのぉ?」
「……はい? 向こう側から何か叫んでる声が聞こえますけど、もしかして……関係してます?」
「おぉ、結界の中に残ってた儂の力を取り出したからのぉ。気づかんやつは居らんじゃろう」
くつりと笑いながら答える山本さんは、何処か懐かしいと漏らしながら結界の中に入って行く。
俺は、その後を離れないように追いかけていくのだった。




