新たな回路
繰り返される痛みと、一度意識を失う痛みの何方か一方を選ばなくてはいけない場合、何方のほうがマシなのだろうか?
痛みの種類にもよるだろうが、流石に今回ばかりは後者を選ぶ。
「━━━ッ!!」
カミナに主導権を渡し、組み上げた術式が頭部に展開される。さながらCT検査の様な見た目だが、リングが眉間をすぎる前に、俺は痛みで意識を失った所までは憶えている。
「……此処は何処だ?」
目が醒めた時に見えたのは、見覚えのない天井だった。
決して高価な物ではないが、かと言って質素過ぎる事も無い装飾品に彩られた調度品に目を遣る。
「おぉ! お目覚めになられましたか」
「ルーカス? ここは何処だ?」
「此方は、霊域の集落の宿で御座います。回路の調子は如何でございましょうか? 先ずはお水をどうぞ」
ルーカスは、ピッチャーから水を注ぐと渡してきた。
流石に喉が渇いていたのもあるが、冷えた水は中々美味しく直ぐに空となった。
飲み終わったところで思い出すが、確かあの場で気絶した筈だ。それが霊域の集落に運ばれているとは一体どういうことなのだろうか?
「ふむ、ようやく起きたか? 流石に身体が、回路形成に馴染むのにだいぶ時間が掛かったが……良く馴染んでいるようだ」
白木の扉が開くと、そこにはカミナが食事を持ってやって来た所だった。
「カミナ? 俺、何日位寝てた? 後、どうして此処に居るんだ?」
「そうだな……寝ていたのは1日半程度位だな。山ン本とやらの故郷に行く予定だったろうが、まだ瘴気の影響が残るフラクタルで休ませるのは、回路の形成に悪い影響が出かねん。そこで余り影響の少ない場所で休ませる事にした」
「ルーク様が気を失われている際に取り込み始めた神力があの空間では、神力の質が高い為に身体への負荷が有るそうでして、どちらにせよルーク様の身体が襤褸襤褸な回路のままでは崩壊しかねないとの事でした」
1日半も気を失うのは少し勿体ないし、招待されたあの空間で休め無い理由も、カミナとルーカスに説明された内容で納得がいく物だった。
実際に、軽く神力を纏ってみても、今までの扱ってきた神力に比べて、かなり質が良くなっている。
確かめる序に結晶化させてみたが、今まで込めていた力の半分位で掌サイズの大きさが出来上がった。
魔力の出力も回路が強化された分、同じように大きくなっている筈だが、一体どれ程の出力が出るのだろうか?
「まぁ、何だ……。シャガールに関しては、特に何も無い。レヴィアスとユグドラシルに関しては、力の継承をしたいと言っていたが、指定場所が遠い。流石にお前の用事を行いながら継承するには、神界経由を使わないと難しい距離だった」
「そっか……なら仕方無いね」
珍しく、カミナが距離に関して難しいと言ったのには驚いたが、あくまでも神界経由をしない場合らしい。
「超遠距離という程でもないが、大陸の端から端まで行くのは流石に時間がかかり過ぎる。後、途中に海が挟まっていては、移動が制限されてどうしょうもないからな。何時でも良いと言っていたから、気が向いた時にでも行けば良いだろう」
話が終わったのだが、カミナは食事をベッドの備え付けテーブルに置くと、そのまま外ヘ出て行った。
見た感じは、ライ麦パンと芋のポタージュ。それとサラダと果物といった朝食メニューだ。
日の高さを見れば大方の目星はつくが、この霊域に関しては、少し薄暗い環境に有るためか、太陽の光は届いているのだが晴れていても若干薄暗い。
そして、このメニューが出たという事は、朝の時間帯なのだろう。なんせ、霊域の集落に存在する宿泊施設は今の所2つしか無く、それも元々は流てきた人達が一時的に住む物としての役割でしかなかった。
恐らくこの宿はその内の1つなのだろう。細かな装飾は俺の知っている物と酷似しているが、よく見てみればもう片方の宿に比べて目新しい物ばかりな印象を受けた。
「本日の朝食でございます。とは言え、此処の宿は無人で御座います故、拙いながら私が用意したもので御座いますがね。恐らくカミナさんはルーク様が目を覚ますのを分かって取りに行かれたのでしょう。既に食べられた後で御座いますし」
「そうか……って無人の宿ってどういう事!?」
カミナに感謝しようと思った所で、無人の宿という耳を疑う様な言葉が含まれていた。
流石に無断使用は拙いし、そもそも2つ有る施設は何方も人が居た筈だが?
「こちらの宿は、新しく建築された物で御座いますよ。ティア殿から案内された物です故、自由に使って良いと言われておりましたよ」
集落の長が許可を出したのなら問題はないんだろうけど、何時の間に出来た物なのだろうか?
ちょくちょく集落と館を行来していたから、その間に建築していたのだろうか?
(まぁ、いま気にする事じゃないな……)
疑問は尽きないが、今は朝飯を食べて身体を調べるべきだろう。
そう結論付ける事にして食事をした。
━━以外だったのは、ライ麦パンに見えたパンが冷めているのに、もの凄く柔らかく美味だった事だ。
ルーカス曰く、「当時、聖獣様を保護していた際に少しでも美味しい物を皆へ食べさせるのに試行錯誤した」らしい。
食事を終え、着替えるとそのまま外へ出た。
全力の神力と魔力を操作して身体の体内に循環させるのに、室内で行うよりも何かあった時に被害が少ない方が良いのと、空間歪曲と身体強化の強度実験も兼ねてといった所だ。
「ん、それじゃ……やりますか!!」
神力を形成した回路に循環させる。直ぐに心臓から波が押し寄せる様な感覚、頭そして指先にまで力が漲る。
神力の質は宿で出した物よりも更に濃く洗練された物に成っているのを感じる。
だが、今回の目的はそのまま維持をするのでは無く、循環させる事だ。
出した神力を指先から地面に向けて放出していき、足元から再び吸収し、放出と吸収を繰り返し行いながら、全身に今扱える最高濃度の神力を馴染ませる。
「……ふぅ」
一息つくと、今度は魔力を同じ要領で循環させる。
魔力に関しては、余り代わり映えしないと思っていたのだが、回路が強化されて放出量や吸入量が多くなった分、無詠唱の術式展開速度がより素早くなっていた。
そしてそんな最後の作業に取り掛かる。
━━左手を丸め鞘に見立て、そこに右手の手刀をおさめ集中させる。そのまま引抜き人差し指と中指の二本を刀に見立て格子を描く様に素早く印を結ぶ。
「━━青龍・白虎・朱雀・玄武・勾陳・帝台・文王・三台・玉女」
━━それは、早九字護身法。別名【破邪の法】
陰陽師として仇名す物を防ぐ為の退魔の法。
結び終えると「オン キリキャラ ハラハラ フタラン バソツ ソワカ」と3回唱えて九字の印を解呪した。
異世界で扱えるか分からない物だったが、カミナに聞いたら、どうやら特性として現れた霊力は、他の視える人とは違い魂に直接干渉する程に強い物らしい。
問題は、死霊といった死後の者にしか効果が無いことだったが、今回の件で、霊力を戦闘に活かせる様にする回路を術式内に作り入れていたのもあってか、スムーズに作業は終了出来た。
━━コレで山本さんの願いも果たせそうだ。




