破壊神の権能
━━膨大な神力を、純粋な属性に変換する。
それは、魔力と術式を用いて起す魔術とは似て非なる権能、又は神威と呼ばれる術。
本来ならば、相反する魔術属性を無理矢理に纏め、相殺し合わせ対象を消し去る物が俺の扱う技【崩牙】であるが、この【破壊の咆哮】は全く違う力だと本能的に感じられる。
「(さっきから、神力制御してると酷く割れそうな程に頭が痛くなってるけど……本来の威力を考えりゃあ未だマシな部類なんだろうな)」
マルミアドワーズに神力を集中させているからこそ、龍の血とカミナの力で制御が可能に成っている。
ここまでして漸く操れる低級位の反動が頭痛で済むのはある意味異常だろう。
レヴィアス様の呑まれるという意味が、ようやく分かった気がする。
「俺の神力を基に変換した物なら、もう少し大人しくしてろっての!!」
辛うじて制御は出来ているが、本来ならば一人では完全に扱いきれない力で有るのは間違い無い。
そして、半神であるとは言え今の自分では、長く維持は無理だ。
自然を操る事なんて、一介の人間に毛が生えた程度の者では出来ない事なのだから……。
“破壊の咆哮”その本質は、自然そのものの力にある。
魔術として再現された属性では無く、自然に溢れる源そのものを利用した権能。
扱ってみて初めて理解出来る。魔術ではなく、自然の脅威とも呼べる力を神力を通して呼び寄せる災厄、若しくは災禍の力。━━それが、今発現している破壊の咆哮の正体だった。
「(落ち着け、落ち着け……意識を集中させて、一点を狙う……本当なら目に、神力を集中させて位置を確認出来れば良かったけど。流石に、此処まで制御するのに他に割く余裕が無いってのは予想外だったな……本来の権能だとどれだけの物か想像出来ないね)」
カミナの方も、俺が扱えるギリギリのラインを維持してくれてはいるが、慣れない作業だからか薄っすらと眉間に皺が寄っているのが覗える。
━━狙うのは、先程見つけた骨。
剣を持った右腕を肉塊に向け鋒を突き刺す様に構える。
「━━行っけぇぇぇ!!」
剣から溢れ出す様に流れる神力は、自然界に存在する様々な属性に変化をし、俺の声に合わせる様に仄暗い黒色の風を、まるで竜の咆哮の様な音と共に刃から放たれた。
見えない何かを破壊の咆哮は呑み込んでいく様に、最初から存在しない物とするかの様に、掻き消していく。
敵性反応の一部すら感知出来ない状態にまで膨張した自然の結界は霧散し、高濃度かつ高密度の神力を放った跡は、異様な状態へ地形を変化させていた。
無数の氷筍と割れた地表から伸びた根が犇めきながら、互いに複雑に絡み合う様大きく肥大化をした跡が見られ、所々に瘴気が結晶化した紫水晶が散らばる。
肉塊の有った場所には、草木が絡みつきながら生え広がり、その中心に大きな骨刀にも見える骨が深々と地面に突き刺さる状態で残されただけだったが、その傍らには、恐らく咆哮が刻んだ証だと思われる物が残されていた。
「……」
「流石に、これは酷いな」
「地が熔けるとは……流石は破壊神と至る御方で御座いますな!!」
━━消し飛ばした肉塊の傍らには、深く融解した地面と結晶化した跡、一体どれ程の熱量を持った結果なのか想像もつかないが、これ程の威力を低級位の状態で扱えると言う事は、破壊神の使徒と成ったら何処までの力を扱えると言うのか……。
一つ分かった事と言えば、傍若無人な性格のカミナも酷いと言うくらいには、不味い威力なのだと理解は出来た。……ルーカスは何故か玩具を見つけた子供のように盛り上がって居るのが気になるけれど。
「取り敢えず穴は塞いだほうが良さそうだけど、低級位の状態でこの威力って……」
「当然の結果だから諦めろ。権能は神としての姿の様な物だ。私の権能とて大層な名が付いているが、その実、突き詰めれば相手の能力を喰らい吸収、同じ物の無効化が正体だ。神を相手にすれば、それこそ神喰らいと言える力だろう? お前の場合、力の本流は創造の対に当たる破壊なのだから、寧ろこの程度で済んで良かったのだと考えるべきだろう? それに、まだ終わりじゃない」
「えっ?」
カミナはそう告げると、骨を引抜き上に放り投げた。
引き抜かれた骨は、カミナの手を離れた途端に霧散し、周囲へと消え去ったようにも見えた。
「……来るぞ」
「おぉ……なんと禍々しい気配でしょうか!!」
ルーカスの驚いた瞳は、ただ一点のみを見つめていた。
カミナも、臨戦態勢のまま俺の隣に構えると同じ方向を睨みつける。
何時の間にか、破壊の咆哮が残した根や草木が枯れているが、それと同時に感じた嫌な気配。
先の半神と成った際に対峙したあの狂った者と同じ間違い無く上位者の存在を感じた。
「……貴方は、我々の母を取り込んだのですか?」
不意に聞こえた声は男性の様だが、何処か哀しげに聞こえた。
だが、掛けられた圧は俺が言うのも何だが非常識極まりない。
声が聞こえた頃から風音すら聴こえない状態の無風となり、息の音すら聞こえて来そうな程に━━。
「我々の母を取り込んだってかって言われても困る質問だな? それと、紳士たるもの、先ずは名乗るのが先ではないか?」
「紳士? 笑わせる事を言うのですね? 我々に名等ありません敢えて言うのであれば、母の子ですよ」
声の主は、そう告げると何も無い空間から徐々に輪郭を現した。
一見すれば、痩せ型の気の弱そうな男だが、気配がとても希薄だ。
目の前に居るのに、気配が感じ取り難い。
「母の力を持つ貴方、その力を取り戻したく……その命を貰いましょう」
男は、そのまま真っすぐにコチラヘとその速度を上げてやって来る。
カミナも散椿を構え振るうが、何故か透過していた。
「━━不味い!! ルーク、逃げろ!!」
「貴方は、とても早い者を従えて居るようですが、私相手には、些か速度が足りない様で……」
始めは左右の掌打が2つ放たれた。
喉と鳩尾、人の急所と成る2箇所、そこに躊躇いは見られなかった。
次いで、流れる様に腹部への打撃を腹に抉りに右から飛んで来る。
明らかに人を殺す為の打撃方法と位置だが、場所さえ分かれば対象出来る━━筈だった。
「━━グァ……な!?」
「おやおや、仕留め損ないましたか? 意外とやりますねぇ? ……これはこれは!! フヒャヒャヒャヒャ!!」
涼しい顔で、男は右手に付いた血を舐めると、突然笑い始めたが、俺には何が起こったのか理解が出来なかった。
確かに2打目の掌打は躱した。
腹を抉る様に飛んできた右手も受け止めた筈だ。
だが、受けた傷は、左の脇腹に有った。
「【回復】……あれ?」
「無駄ですよォ!! 貴方の力を奪わせて貰いましたからねぇ!! 貴方の血は実に良いですよォ!!」
回復をしようにも、一向に力が集まらない上、恍惚な表情で奇声を上げる男を見ながら、俺の身体はどんどんと血を流していた。
「これはいけませんねぇ……【守護結界】」
「ルー……カス?」
「此処で貴方様を死なせては、エウリシア様やアグニシュカ様へ顔向け出来ません。良いですか、少しだけお待ち下さい。傷口を塞ぎますゆえ」
━━ルーカスの結界に包まれ、俺は意識を失った。




