これで、目的の剣は完成した筈だ
アグニシュカ様とレヴィアス様の言葉に従って、神力を膜の様に使い玉に加工した魔導核を含んだ液体は、そのままの状態であれば、幾重にも折返し鍛造した鋼の様に靱やか克つ強靭な鉄塊に変貌している。
その塊を均一に何度も形を整えては、微細なブレが無い様に神力の制御を集中して形を成そうとしていた。
既に幾度か形成を行っているが、剣の細部まで意識して抜き出すと、どうしても形が崩れ始め、既に再度液体に成った物が床に零れ落ちている。
神狼鍛冶師のおかげで、作成する型は定まった。
両手、片手共に使える剣━━バスタードソードの型と細工を想像する迄には至っているが、細工を仕込んでいるからなのか失敗が続く。
徐々に細工を減らして、装飾自体を削ぎ落としていきながら、繰り返し同じ工程を勧めて漸く長さが保てているが、最後まで引き抜くには至らずかなり難しい。
例えるなら、水風船を割って中の水を形の保ったまま固めて残す様な物に近い。
(そもそも、コレは鍛造製法でも無いし、どちらかと言えば、錬成や創造の部類に近い……のか? というよりもこの過程で出来るのは、完成形じゃ無い?)
はっきり言って、これで魔剣が出来るという感じが無いし、寧ろ土台というか工程の一部分な感じがする。
もしそうだとすれば、俺は、思い違いをしているのではなかろうか?
少しだけ考えを変えて、“直接的に魔剣を完成させる”事から、“魔剣の鋳型から取り出す”様に神力と液体を扱う方法を考える事にした。
再び神狼鍛冶師の効果で創造形を思い浮かべると、今までとは違い、液体に纏わる神力の流れが変化している。
「……次で最後だ!」
神力を鋳型として扱い、球体の中に形を固める。
周りの液体を神力で作った鋳型の内側に引き込む様にして形を仕上げると、一気に引き抜いた。
引く際にかなり抵抗が有ったが、一度引いた以上戻す気は更々無い。
半分程引き抜いた辺りで、抵抗は殆ど無くなり、最後の一滴までが剣としてこの手の中に収まった。
「何とかなったみたいだな? 後はこちらの仕事だ。暫く休むと良い」
「それなりの加護を与えたつもりだが、やっぱり時間がかかるか……神力の浸透率張り巡らせは悪かねぇ。確かに受け取った」
魔剣の素体が完成した所に、シャガール様とアグニシュカ様がやって来る。
出来たばかりの剣を渡すと、そのまま姿を消した為、躊躇いもなく俺は仰向けに成った。……流石に無制限に操る術を持っていても、ここ迄で使う事は無かった。その反動からか、全身にかなり疲れが来ていた。
「何とか出来たぁ……疲れたや」
一人呟くが、疲労からか徐々に瞼が重くのしかかる。
神力炉の床とは言え、何も無い空間で寝っ転がるよりは安心して身を任せられるのもあったかも知れないが、少しばかり眠らせてもらおう。
━━疲れた身体を休める為に、意識は直ぐに落ちていく。
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ルークの剣を手に、アグニシュカは周囲の龍を一瞥すると、その中心に剣を突き刺す。
「さて、封じの剣の素体は完成した。後は……ってオイ」
「煩いわねぇ? アナタもさっさとしなさいよ」
「いえ、順番からして、次はユグドラシルの番で、その次が我かアグニシュカの何方かでないと対属性の効果が薄まる」
「ん〜、でも、生き血に浸すって何か人間の邪教がしてる儀式みたいだよね〜? ほい、アグ兄」
「ん、ぶっちゃけ同じだろ? 後はハイペリオンとオルクスの血だが……」
「それなら、我とレヴィアスが所持している。寝ている者から採取するのは適任であるからな」
それぞれに剣へと手を近づけては、己の血を刃先へと染み込ませる様に掛けてゆく。
その血の量は夥しく、人であれば致死量となる程の値を優に超える。
既に剣身までが血に浸かり、茎のみが姿を表しているだけだった。
「それでは仕上げです。皆さん良いですね?」
シャガールが空間から大量の血液を流し込み、注ぐべき総ての血を出し尽くしたのか勢いが止まった。
シャガールの言葉に、他の龍達は頷き目を瞑る。
「「「「神命より生誕せし我等、理と六龍の血を楔とし、此処に新たな神器を成す」」」」
「祖は我等と神との盟約也」
「祖は荒ぶる力で有り、司るは破壊也」
「祖は堅牢成る守護者で有り、司るは創世也」
「我等は選定者で有り、司るは救世成り」
「「「「故に、新たなる神と盟約のを刻む者也」」」」
詠唱が終わると、血溜まりの中に浸かった剣に変化が訪れる。
茎から下の血溜まりが徐々にその嵩を減らし、浸かっていた剣の刀身が姿を現していく。
それは、既に鈍色のバスタードソードの姿は無く、そこに現れたのは、全てを薄い宝石で作成した様な透明感を持つ紅紫色の刀身。
「よし、安定しているな? 後は工房主に任せる。細かな細工は、奴等じゃないと無理だろう?」
「まぁ、私は繊細な作業は嫌いではないけれど、宝飾品とか破れやすい物にする細かな細工は無理ね」
「僕はそもそもしないねぇ~。シャガールはそもそも不器用だし」
「それじゃあ、後の事はアグニシュカに任せて私達は、一度戻りましょう。何時までも狭間の空間に彼らを留めておくのは良く無いから」
レヴィアスの言葉に、他の2龍は頷き姿を消す。
残されたアグニシュカは、剣を引き抜くと点検作業をする様に刀身を見ながら、その長さと形状の意図を読み柄を神力で作り出した。
「何と言うか、とんでも無ぇな……魂の質が違うとここ迄で血が馴染むのか。ジフ」
「……」
「コイツを」
「……」
まだ名もない剣だが、秘めた力は既に刀身から感じられる。
事細な細工を施し、樋を作るとそのままジフと呼んだ口が無いキュクロプスに渡す。
彼自身、渡された剣を見ると、その美しさに心を奪われる感覚が有ったが、職人としての意地も有るからか、直ぐに作業を始め出した。
「さて、どんな名を与えるか気になる所だが、一応の仕事は果たしたぞ、来てるんだろう? 古き教会の長よ」
「お気づきでしたか、アグニシュカ様」
「ん、まぁな。紅の神殿長、ルーカスだったな? テメェの魔力は1番覚えが長かったからな。まさか、そんな姿に成ってるたぁ思わなかったが……何が有った?」
「色々で御座います。移ろいゆく年月は褪せた思い出と成りましたが、今一度、懐しき魂に仕える事と成りました」
「そりゃ、そうだろうよ。リデルの想い人だったヴェイン・サンクトスの子孫だからな」
アグニシュカとルーカスは、互いに懐かしみながら何かを思い出している様な光景が、そこに有った。




