アルツナイとグリムガルト
「ホッホッ! やはり間違いないか」
ルークとティルマンが去り、暗闇が辺りを包み込む程に時間が過ぎた薬師学の教室で、アルツナイは僅かな明りのみ灯したまま目を輝かせながら、薬品瓶を眺めていた。
それは、先程の二人が提出した中級回復薬と解毒薬。
「ルーク君の知識と手際は申し分無い。ティルマン君のあの手袋といい他の機材は、恐らくルベルトの遺品じゃろうなぁ……。孫が居ったのか」
「何を、懐かしんでおるのじゃ? アルよ」
物思いに耽るアルツナイに、何時の間にか近づき声を掛けた人物は、対面の椅子に腰掛けると近くの薬品瓶を同じく眺め始めていた。
「グリムか、いや、懐かしい記憶を想起させる物を見つけてのぉ。ティルマン君を知っているかね?」
「あぁ、勿論だとも。今は亡き友、ルベルトの孫じゃな。とは言え、ワシも知ったのもつい最近だがね」
「アヤツは孫が出来た事すら記さんかったようじゃ。知っておれば養子に迎える事も出来たと云うに。見てみよ、襤褸で今にも壊れそうな魔導具と機材で出来た最高品質の解毒薬じゃ」
アルツナイは、グリムガルトにティルマンの作り出した解毒薬を渡す。
グリムガルトはその瓶を見ながら、何か言葉を出そうとしていたが、その口から出たのは、深いため息一つだけだった。
「流石はアレの孫と言うべきか? 才能とは恐ろしいのぉ。して、ルーク君のは?」
「これがそうじゃ。品質をわざと落とそうとしているフシがあったから、先に釘を刺しておいたが……文句の言い様も無い」
「確かにこれならば、あの錬金術と薬師の長が認める理由が理解出来る。……で、それだけでは無いのじゃろう?」
「あぁ、実はティルマン君をスカウトしておったでな、先程ルーク君からの手紙で、フューネラルデ・サンバリュー商会でのポーション販売の許可と、商会からは学院への依頼書と手紙がセットで届いたわい。こっちがグリム宛じゃ」
グリムガルトは封筒を受け取り確認を始めるが、間違い無く本物の依頼書だけだった。
手紙の内容も、普通品質のポーションを学院からの買い取りの形で一定期間行いたい旨を記した物で、容器入りの箱と素材を契約後に持ってくるという物だ。
「この時期は何処も結婚が多いからのぉ。こういった事もあるんじゃろうて」
「薬品学の中で貴族以外の子らには、丁度良い稼ぎになるじゃろう」
「直ぐに返事を送る。こういったのは早い段階から動かねばならんからのぉ」
グリムガルトはそう話しながら、既に契約書にサインを書いて印を捺していた。
「それと、ルーク君じゃが、薬品学をスキップさせるぞ。霊薬師の授業に参加させることにしたからの」
「ふむ、又カーマイン先生が絡むと厄介かのぉ?」
「いや、今回はどのみち教える事がもう無いのでな。中級回復薬の最高品質をコレだけ作り出したとなれば、恐らく薬品のレベルは6に成っていると考えてえぇ」
「既に優秀な薬師レベルか……」
「あくまで“最低”でもの話だがの。もしかしたら、昔のワシよりも早い段階で、宮廷薬師レベルに成るかも知れん」
「成長促進のスキルと本人の適性が絡むと、かなりのレベルに至れる様じゃしのぉ」
「ワシの場合、今の様に環境が整っておらんかったからな。お前さんが学院の講師を頼んで来た時は驚いたが、後進の育成をする場を作り上げる話が、心地良く聞こえた」
「本当ならば、ルベルトも誘う筈じゃったが、まさか俺等より早く逝くとは思わなんだ……」
「……さて、コレで全員分の採点は終了じゃ。やはり品質も総合点もルーク君が一番高いけれども、単純な技術はティルマン君にと言う所じゃ」
アルツナイは棚から帳面を取り、点数を記載し終えた事を確認すると、棚に戻した。
「他の生徒で気になる子は居ったかの?」
「ラディウス家などの宮廷薬師や錬金、錬成師の家の子は概ね。といった所じゃな、数名だが霊薬師の授業に声を掛けたが、リーティン家の娘以外は皆受けぬようじゃ」
「あぁ、ベロニカ・フォン・リーティン嬢じゃな? 確かお主の血縁者じゃろう?」
「元放蕩息子のじゃがな。全く、ワシの死後に渡す財産を他の子達と分けてやったが、渡した翌日に消えて何年も音沙汰無しかと思えば、いきなり帰ってきたバカ者じゃ! ……まぁ、戻って来た時には既にリーティン家の娘御が身籠って居ったが、もう昔の事じゃ。向こう家としては、此方の爵位が上な事と放蕩息子とはいえ、勝手に結婚したような物じゃからな、馬鹿息子の正体が判った途端に謝罪に来たのは驚いた。まぁ謝罪に来たのは来た時には、縁を切った後じゃったし、既に家督を任せておったから、学院の教員として隠居する所じゃったがな」
一つ溜息を吐き、アルツナイは首を振り、目を閉じた。
「それでも孫娘に変わり無いじゃろ?」
「ワシの孫が他に3人居っても、誰一人としてワシの所に来る者は居らん。来た所で薬品を作っているだけの爺様よ。関わろうとはせんじゃろうて。あの娘は薬品以外に精霊術も扱える様に成りたい様じゃしのぉ。……そういう意味では稀有な娘じゃ」
「なら、祖父として可愛がってやれば良かろうに」
「一度縁を切ったのじゃ、今更……祖父として接すること何ぞ出来んわい」
「本当に頑固者じゃのぉ」
「グリムには言われとう無いわい!! さて、手紙も渡したし、後でティルマン君に渡す用意をして置くか」
「確かに手紙と契約書は預かった。生徒達にとって良い経験にとってなるじゃろうて」
互いに作業を終えた所で、どちらともなく席を離れると
ほぼ同じタイミングで手を上げた。「また、明日、学院で」とでも言う様に、それぞれ別れて行った。
後日、薬品学の授業で大量の瓶入りの箱が届くが、ルークのテスト結果を見て、今の実力を上げたい生徒が多く居た為、普通科も貴族科も無い様な状態になったのは、アルツナイとグリムガルトの想定外の出来事となるのだが、この時の二人は知る由もなく帰路に着いたのだった。




