薬品学のテスト開始1
「良し、コレで揃ったかな?」
エリーゼの話を聞いて数日後、暗器の作成図を頭の中で考えながら、俺は薬品学のテストに向けた準備を整えていた。
狙うのは中級回復薬の普通品質。
薬品学のスキルが成長しているおかげで、解毒薬は安定して最高品質の作成が出来る。
とはいえ、一年も経たないうちにランクが低いとはいえ解毒薬の最高品質を量産すれば、騒ぎに成りかねない。余り騒ぎにしたくないから、薬品学のスキルのみで質を落としているのは内緒だ。
手持ちのライセンスから問題にはならないとは思うが、一応、薬師スキルの選択授業で使う物の中で、錬成師のスキルを使って作る物は、錬金精製水のみに制限している。
流石に、そのままの最高品質で製品化すると完成品の品質が高品質に成り、素材の物としての評価と薬師としての評価がどうなるか分からない為、多少の品質低下をさせているが……。
「何とかなるでしょ、多分。さて、明日も早いし、早く寝よ」
「そうだな、それが良い。それと、影狼でのクラーケンの討伐依頼がやっと取れたぞ」
「ありがと、カミナ。内容と期限は?」
「討伐対象の魔石か魔核の確認。期限はイフリートの月、3月の末が期限だな」
「夏休みの終る日が丁度期限になる訳か……」
「現状は、帝国領エステングラートの海域内にのみ出現しているらしいが、どうにもキナ臭い。対人戦も視野に入れておく方が良いだろう」
「その心は?」
「詳しくは現地で確かめねば、と言ったところだが、現れているサイズが少なくとも、平均よりも大き過ぎるらしい」
「もしかして、上位種?」
平均サイズが大きくても25mの巨大烏賊。
それよりも大き過ぎるとなると、上位化したか個体差なのか見てみなければ、判断は出来ない。
「さてな、討伐は決まったのだから、夏休みになったら行くぞ。クラーケンの肉は美味いらしいからな、愉しみだ」
「あはは…」
カミナはクラーケンを食べるつもりらしいケド、烏賊類は大物になると大味に成りやすいと思うのだが……。
俺の思い違いかもしれないし、その時はその時で考える事にしよう。
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翌日、薬品学のテスト当日となったが、他の授業も当然ながらテストが有り、特に戦闘技術関係のテストを受けた生徒はグッタリしていた。
「ホッホッ、幾人かはお疲れのようじゃのぉ? テストを行う前に、魔力回復をしておくかね?」
アル爺様は、そう尋ねながら紫色の液入り薬品瓶の口を開く。
アル爺様お手製の魔力回復薬だが、色のから想像が付かない程、無臭で苦い。
その苦さから、一時的に苦味以外の味が感じられない生徒も居たそうだが、その分効き目は間違い無いらしい。
そんな噂話がある回復薬を、自ら飲みに行く者は居ない様だ。
各自魔力回復薬を持参していたのだろう。首を振り各々飲んでは、テストの準備を始めていた。
アル爺様といえば、そんな様子を眺めながら開けた瓶の薬品を自分で飲んでいた。
「さて、テストは解毒薬か中級回復薬のどちらか1つ。十本分の瓶に注ぎ入れ終えてから提出する様に! 素材の方は足りない物が有ればこの箱から取り出して作るのじゃ……始め!!」
俺は、ムクロナを貰いにアル爺様の所に行くつもりだったが、既に長い列が出来上がっていた。
どうやら、ムクロナを貰いに行くのは、俺だけじゃ無い様で、教室の内の上位成績組はこぞって中級回復薬を作るつもりの様だ。
俺はムクロナを貰いに行かず、出来る範囲までの作業を優先する事にした。
そもそもムクロナ自体は、最後の最後に入れる為、そこまで慌てる必要は無い。
精製水とヘプの実を合わせた溶液に、白天花を入れて色が変わるのを待ち粗熱を取ってからアル爺様の所へ向かった。
「随分と遅く来たのぉ? 品質に拘りが無いのかね?」
「いえ、欲を言えば、品質が高い物に越したことはないですけど、それで成功しなければ、意味は無いですよね? 安定した品質さえ出せるのなら余り物でも問題無いです」
「うむ、その通りじゃ。求められる条件が常に最良の形であるとは一概に言えないもの。しかし、ムクロナの粉はもう少ししかない。実は有るがどうするね?」
「ん? 皆は実を取らなかったんですか? なら実をもらいます」
「粉が有れば、面倒な作業を抜いて作成が出来るからのぉ。それを選んでいるのはお主ぐらいじゃよ」
アル爺様と話しながら、ムクロナの実を選別しているが、どれも品質が良い意味でバラバラな為、丁度良い品質を探すのに苦労する。
「粉にするなら、薬研があるが……時間が掛かるかのぉ?」
「いえ、大丈夫です。魔導具を使って砕きますから」
「そうかい? なら、量には気を付けるんじゃよ」
アル爺様からムクロナの注意を受けて、席に戻ろうとした瞬間。
━━ガチャン
教室内に響いた容器の割れる音。
振り向いた先には倒れた機材。
そして、近くの机にもたれ掛かる一人の生徒の姿。
服装からして貴族科の生徒では無く、一般科とも呼ばれる普通科の生徒の様だが、周りの生徒は一部が我関せずといった様子で、他の生徒に関しては、心配している者も居るが、倒れた場所が悪かった。
平民と貴族の溝と言うべきか、言葉には出さないが暗黙のルールが、この教室の座席には存在していた。
見通しの良い場所や、ドアの側の席は貴族科の生徒が座り、窓側の座席には普通科の生徒が座る。
恐らく、安全な場所であっても、有事の際に逃れる為に教わった事を、教室でも無意識の内に行っているといった所だろう。
彼が倒れた場所は、貴族科の生徒が座る座席の一番下のラインと普通科の丁度中間で、彼は倒れていた。
━━その場所は、俺が座っていた座席だった……。




