オーレルカの受難3
「この記載されている男と、彼に一体何の関わりがあると言うんですか? 見たところ300年程前の犯罪者ですが?……それに、罪状の【神に至ろうとした者】とは?」
「その男は、王の遺物を使用したホムンクルスを創り出そうとした者ヨ」
「王の遺物……まさか!?」
「そう、その男は、転生者としてこの世界に導かれ、王となったとされるリヒト王の墓を暴いた盗掘者であり、その遺骨の一部を持ち出した最初で最後の錬成術師。表舞台からは永遠に追放された者ですワ。そして、噂では輪廻転生の魔術を発見、解読したとされる邪教【墜神崇拝】の創設者でもありますネ」
墜神崇拝……各国を巻き込んだ大規模の犯罪者集団とも呼べる邪教徒達の総称であり、別名が【オルター教】
始まりの物語として記された創世記に登場する神ベルフォートを崇拝する者達であり、世界をあるべき姿に導くなどと云う荒唐無稽な思想を持つ者達。
理想の為ならば、己の子供すら生贄に捧げる程の外道。
もし彼が、そんな魂の持ち主であれば、子供の様な振舞いも一喜一憂している悪意の無い今の状態やその狙いが解らない。
しかし、短いながら生徒と担任教師と言う関係で接しているが、彼女の言う様な事は無いと考えられる。……魔力量や技能には納得出来る要因を見ているからというのもあるかも知れないが。
(それは兎も角、グリムガルト様は我関せずといった顔をしているけれども、エルザ様の婚約者でしょうに!!)
他の先生方も、思う所が多いのだろう。顔色が優れない。
「もし輪廻転生の解読をしている噂が本当なのだとしたらどうかしラ? 彼が、転生体とすれば異様な魔力量や、それを操る技量に納得がいきますワ。現に、家伝ではあるものの、転生の魔術や、魔導具の存在は確認されていますからネ」
転生の術が存在する事は事実上確認されている。だが、殆どが魔力量の関係や血族関係の者にしか使えない固有の物としての記録と、いつ蘇るかも解らない魔導具。他には魔獣の卵の型をした魔獣のみ使える転生卵と呼ばれる物しか記録に無い。
「確かに年相応の子供では有るまいよ。それは認めざるを得ないが、某の見立てではその線は無いでしょう。之は某だけでは無く、この場に呼ばれては居ないシスイも同じ考えをしています。彼の事を視てもらいましたからね」
「視たとは? シスイ先生は魂の色を視れるですか?」
「えぇ、オーレルカ先生。シスイ曰く、彼は眩しい程の無垢な魂であり穢が無い。心根1つで如何様にも変化する水の様だったそうです」
シスイ先生が魂の色を視る事が出来るとは知らなかったが、それならば安心出来る。
魂の色は魔術師にとっては普遍的な事であるが、視る事が出来る者が少ない。だが、彼の魂の色が無垢な魂と言われ、この場に居合わせた者の顔色は元に戻っていった。
魂の色は変化していくが、条件に当て嵌まらなければ良い。
子供の魂は無垢な魂であり、穢が無い。それ故に、徐々に思想や行動により穢を取り込んで行き、人格形成や元々の性格から変色して行くのだと言う。
そして、転生した魂は殆どが無垢な魂とは反対に様々な色を発しているとされる。
特に多い物は、怨恨や怒り等の暗い感情を持って死んだ者が放つ黒色。希望や明るい望みを持って転生した者の月白色等、死ぬ間際の感情で魂が変色する為、転生者かどうかは判断が可能である。と云うのが我々魔術師の常識だ。
「もし、それが本当なのだとしたら、それはそれで異常なのだけれど。他のセンセ方は、何かありませんノ?」
「ならば、儂から一つ言わせてもらうとしようかのぉ。良いかな?」
カーマイン先生の声に、遂にグリムガルト様が口を開いた。
そして、次の一言に私が理解する時間が掛かったのは、頭を整理する時間が必要だったからだと思いたい。
「いっそ彼を危険視する者は、彼の授業を見てみれば良い。オーレルカ先生の授業ならば然程難しくはなかろうてな。
但し、教室に何人も入っては他の子達が集中出来んじゃろうし、そこは抽選くじでも引いてもらうかのぉ。何、分校の方から来たのじゃから問題は無かろうて。DSクラスでの授業ならば、国語と歴史以外に後期の授業からもう一つあるからのぉ」
「はい? 後期の授業から何が増えると言われましたか?」
「いや、今年は特に王家や皇族が新入生として入って来たから、儂の方から追加の科目を増やすと言っていたじゃろう? 伝えていた筈じゃが……伝え忘れておらんよな?」
「いえ、何も私は言われていませんでしたが、他の先生に任せる予定なのではありませんか」
「んー、……済まぬがオーレルカ先生やって貰えぬか? この問題について解決すべきは、ルーク君の事を実際に見てもらう事じゃ。知っている者が白と言っても知らぬ者が違うと思えばそれまでじゃからな。それに、新たに設けるのは結界術の授業。結界術はオーレルカ先生の十八番じゃろう?」
あぁ、頭が痛い。
確かに結界術は私の得意な魔術の一つですが、見た目が地味で生徒に人気が無い。その上、良い意味で既存の魔術との相性が悪いと言える初歩の魔術結界も、一部を覆う小さい物ならば問題無いが、自身を覆うほどの大きさになると、魔力の維持制御が難しい。生徒達に覚えさせるにしても早すぎやしないだろうか?
「結界術を新入生に教えるのですか? 選択科目でも2年生の後期からしか選べない物を?」
「カーマイン先生、じゃからこそのオーレルカ先生なのじゃよ。彼はこの学院の魔術師の中で、特に結界術を得意としている魔術師になるでな。なんとかしてくれるじゃろう」
「結界術は、複合的な魔術回路を幾重にも重ねて魔術を防ぐか弾く、若しくは流す物です。生徒の安全性を考慮しても時期尚早かと某は思うのですが……」
雲水先生の言う通り、幾人かは制御出来るレベルには既にあるけれども、全体からして時期尚早と云うのはその通りだろう。
まして、王族・皇族組に関しては、魔力制御に難の有るアーサー君が居る。細かな作業が必要な結界術を扱うには、やはり2年生の後期位まで魔術訓練になる授業を受けるべきだと、判断出来るのですけど……。
一体、グリムガルト様は私にどうしろと言うのでしょうか?
「魔力制御に必要なのは、術式の理解や魔力回路の把握だけでは無い。イメージが大事なのじゃ!」
「イメージですか?」
「イメージと言っても様々じゃが、要は出来る自分を想像出来るかじゃよ。特に、結界術はその術の形をどうイメージするかで如何様にも如何様が出来るからのぅ。その辺はオーレルカ先生に任せる! ルーク君のスキップは結界術のテストで最終判断を行う事にしよう。何、普通にスキップの決断を行うにしても、それなりの時間が必要なのは違い無い。入学したてで、今迄こういった事例が無かった為、判断を行う物が、魔剣一つでは難しかったと云うことにしておく。ヴェストリよ頼むぞ?」
「……チッ、嫌な役を押し付けやがる。竜の息吹、5年物だ。それ以外は手を打たんぞ?」
いや、学院の会議が終わったからと言って、雑用の対価にお酒を頼むのはどうなんでしょうか?
グリムガルト様も拒否する気が無いのか、ヴェストリ先生を見て呆れた様に何処かへと紙を飛ばしていた様ですが……。
「相変わらず酒には五月蝿いのぉ。仕方無い……。これにてスキップに関する話を終わる。カーマイン先生には、結界術の補佐役として、ルーク君の観察をして貰う。それで良いかな?」
「えぇ、仮に何か問題が起きたとしても、その時点で彼の行動が正しいのか判断が出来ますからネッ 性格や思想が歪んで居ると思ったら、センセ方の考え方を直して頂きますワ」
こうして、すんなりと行くと思われたルーク君のスキップに関する会議は幕を閉じ、私の後期に関しての授業が増え、監視にカーマイン先生が付くという結末になってしまった。
━━はぁ、胃薬と頭痛薬に予備はあったでしょうか……。




