元妖怪の魔王との話し合い
「さて、早速だが、小僧には話して置かなければならん事がある」
「何でしょうか?」
「お前さんの開拓している土地には、無名の集落があるんじゃが、知っておるか?」
「はい、周辺の集落から聞いた事があります。話が通じず攻撃されたので、様子見をしている土地だと」
「そうか、なら話が早いか」
いきなりの事で驚いたが、山本さんの話しからして、無名の村と繋がっているのは何となく理解できたが、何故知っているのだろうか。そして、何を話そうと言うのだろうか?
疑問が尽きないが、黙って聞いておく事にした。
「あの地に住まうのは、ワシが落ちた時に共に居た連れや、その子孫達だ。要は妖共という訳なんじゃが、何せ辺鄙な場所な故な、日本語しか使わなかったのが原因であろう。この世界に、馴染めなかった者しか居らぬ。……ワシは、一処に留まるよりも、知る事こそが有意義に成るとは思うて、其処から出て行った者でな、もしそこの者と敵対する事になった時には、ワシを呼んでほしいんじゃ」
語る言葉は、哀愁を帯びた悲しい声だった。
其処には、俺が知る由もない理由が在るのだろう。
俺としては、てっきり日本語関連の話があるのでは無いかと思っていたのだが、どうやら根本的に違う様だ。
「山本さんが、名も無き村の出である事は理解るのですが、どうやって呼べと? 小槌でも渡してくれるのですか?」
「やはりと言うべきか、ワシの成り立ちを知っておるか。そうじゃ、小槌を渡す。だが、一度限りの物であるがな」
「一度限りですか?」
「ワシの力も衰えてきているのでな。この身を見て貰えば理解るじゃろう? 本来ならば、妖に寿命なんぞ、無きに等しい。だが、この身体は人の身に近いが故に、時間が無い」
「孫に会いたいのなら、会いに行けばよろしいのでは無いですか?」
山本さんの力ならば、いくら衰えていると言われても、問題無く感じられるし、行こうと思えば、余裕だと思うのだが?
「それは出来ぬのだ。既に時間は然程、残されては居らぬ。魔力の殆どは生命力に変質をしておる故に ━━ワシの命が尽きる前に、今一度、今一度彼の地に、子や孫に会いたいのだ。勝手な頼みだとは思うが、頼みたい!」
ここで構わないと言うのは簡単だ。
霊域の集落から迎えば、そこまで時間も掛からない。
問題は、メリットとデメリットにある。
問題の集落……村は、纏めるにしても、話し合える壇上に相手が来なければ意味は無い。
もし、山本さんが代表となれば、その辺は問題ないだろう。だが、もし、俺の思惑通りに成らなかった場合、どう動くか分からないのが問題だった。
下手に拗れると、纏める際にそれが亀裂となって崩れる事にもなりかねない。
「村の事なら心配せずとも良い。ワシの命が尽きる前に辿り着いたら全ては小僧の思う事より、遥かに楽に片づく筈だ」
「!?」
「ワシの名は、あの村では絶対的な効力を持つ。それに加えて小僧の力を示せば良いだけの話じゃ。式を操るなら理解るじゃろう? 妖とはそういうものじゃ」
「━━悪行罰示ですか」
正式には、悪行罰示式神。
過去に悪行をおこなった霊的な存在を陰陽師が打ち負かし、自分の使役神としたものであり、強力な式神である反面、術者の実力によっては逆に喰われる事もある諸刃の剣にもなりかねない物だ。
因みに、他にも式神には種類があるが、ツクヨミ様から貰ったスキルは、そのどれにも当て嵌まらないこの世界に合わせた仕様に成っている。
内容としては名前と血を用いた契約と、死霊術師のスキルにある魂と魔石を用いた契約を合わせた特殊な物ではあるが、魂と契約者の魔力の強さが直接的な能力になる為、仮に俺の能力よりも上であったとしても、契約さえしてしまえば問題無く式神として扱えるという物だった。
「無理にとは言わぬ、だが、ワシの寿命もそう長くは無い。2、3年でどうにか成る物でもないが、身体も維持するのが最近は難しい状況だという事は知ってくれ」
「分かりました。どういう結末を迎えるのか分かりませんが、早々に動きましょう」
「ありがとう。ルーク子爵」
今日初めて会った人ではあるが、(というか元妖怪?)今の所、悪い気配はしない。
それどころか、故郷に戻りたいと願う姿は人と何ら変わりない様に感じられた。
名も無き村の事はどうなるか分からないが、たまには人助けも悪くはないだろう。
「構いませんけど、コチラからの質問も良いですか?」
「ワシに答えられる範囲でならな」
「この世界に、日本語を含めた向こう側の言葉が理解できる人は、どれほど居ますか?」
「村の者達を除いてか? 日本語だけならば正確な意味で理解している者は、3名は存在しておる。一人はあの森に住まう天使じゃったか、もう一人はゼルガノン様じゃ。最後の一人はエルフと呼ばれておる種族の変り者じゃが、今は行方知れずとなっておる。名前は……確か、レクターと言っておったか。異国の言葉を知るのは残念ながら、ワシには分からぬ。アマツクニの方は、殆ど此方の言語になっているが、国主の家系なら居るやもしれぬと言った所だ。京の都に似た雰囲気であるが、妙な気分になったのぉ」
「それは見てみたいですね……」
アマツクニの方はまだ行った事は無いけれど、いつか行ってみたいものだと思ってしまった。
「もう1つ、古代語と成った理由は分かりますか?」
「元々この世界に存在する言語が一般的な物だったからじゃろう。転移者や転生者には言語能力に補正があり、その結果、当人等が日本語を話しているつもりでも、実際には此方の言葉を話していたと言うのも要因の1つじゃな。小僧にワシの名を伝えた時に、周りの者は聞き取れなかったのがその証拠じゃ、知る者同士ならば言葉が理解できる。それが別の種族の言語であれば、補正が勝手に働いて知らぬ内にその種族の言葉を話していると言う訳じゃ。文章なぞも同じ力が働く様じゃからなぁ」
「やっぱり、そうでしたか……」
予測していた通り、原初の魔導書の文字がスラスラ読めるのも、魔術の構成文字が解読出来るのもそういう事らしい。
記された文字がゼノさんも読めないと言っていたが、全て読んだ内、読めない部分が一つとして無かったので、おかしいとは思っていたのだが。
「他に聞いておきたい事はあるかの? 無いなら話は終いとする。まぁ、何時でも構わぬが、村に着いたらこの小槌を振り下ろしてくれ、それでワシが呼び出せるからの」
山本さんは、そう言うと懐から小槌を取り出した。
「最後に一つだけ、落ちて来たとはどう言った意味ですか?」
「言葉通り、亀裂に落ちたのよ。空間の亀裂にのぉ」
その顔には、何やら忌々しい出来事を思い出す様な険しい表情を浮かべていた。




