敵討ち
「いやぁ、久しぶりに楽しませてもらったぜ? 糞トカゲ野郎」
「ほぅ、そりゃ良かったな? 遠慮無く潰れてろ……ゴフッ!!」
「そんな!?」
勝利が見えたと思った瞬間、ゼルガノンさんの口から、大量の鮮血が吐き出され膝から崩れ落ちた。一体何が起きたというのか?
「別に俺自体は、それなりに戦えてもアンタ等みたいに出鱈目な強さがあるわけでもねぇ。贋作しか無いから考えて戦うしか無ぇんだが上手く行ったぜ」
「面白いな……何をした? テメェにくれてやったダメージがそのまま返ってきたみてぇだが、このナイフが原因か? どちらにせよテメェも十二分に出鱈目なヤツだぜ?」
「そいつは切っ掛けにすぎねぇよ。もう分かってるとは思うが、【贋作】ってのは俺の特性さ。ある程度、俺が知り得た事象をそっくりそのまま使う事が出来る。とは言え、ある程度だから威力が落ちたり、範囲の制限がついたりと不便な所も多いがな……今のは貰ったダメージをナイフに集めて返しただけさ」
話の内容は理解出来たが、要は【カウンター】それも、自身に蓄積した効果とダメージを返す諸刃の剣だ。
知り得た事象を、制限付きとは言え使う敵は厄介であると同時に、捕縛が難しい事も事実として突き立てていた。
此方もソドムさんを相手に、牽制しているだけだが、流石に制限しながら戦うのもそろそろ限界だ。
先程から、攻撃速度は変わらないのだが、妙な感覚がある。
僅かながらだが、威力が落ちたり、急所へのが逸れている事が増えた。
もしかしたら、ソドムさんの意識が有るのではないかと思えるほどに。
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(不甲斐ないのぉ、意識がハッキリしてきたとはいえ、満足に己の身体を動かせんとはなぁ)
ゼルガノンの鉄山靠を受け、内部に与えられたダメージは、ソドムの身体に施された魔力回路を乱した。
結果、意識を徐々に取り戻してはいたが、身体の制御は未だ取り戻せずにいた。
(せめて、ルークを殺さぬ様に制限をかけるので手一杯とはな……ヴェルサスよ、主もこの様な思いだったのか?)
『……情けないぞソドム!!』
不意に懐かしい声が聞こえた気がした。
共に競い、この騒動の黒幕が企てた策謀の果てに手に掛けた好敵手の声が。
『よもや、この様な形で再び相見えるとはな……』
『何故、主の声が!?』
『お前が持ち出した額当に遺された残留物の様なものだ。直に消える……泡沫の夢の様なものだろうがな』
『そうか……同じ状態なったからこそ、なのかも知れぬな』
『とは言え、時間もない。 あの対峙している小僧はお前の動きを良く知っているようだな?』
『あぁ、娘の婚約者じゃ。主の娘も従者として一緒に過ごしておるよ』
『そうか、妻は逃げ延びる事が出来たか。ならば、残りの魔力……ソドム、お前にくれてやる。操られたとはいえ、国の者には迷惑を掛けた。しっかりと罪人として裁いてくれたのだろうな?』
『要らぬ調べの入らぬ用に、秘密裏に動いてきたが、ここまで至るに随分と時間を喰った。すまぬのぉ』
『構わぬ、あの時に商人を助けなければ、この様な事にはならなかったと思うが、最早過ぎた事。己のした事が無くなる事もない……娘を頼む』
『主の力、確かに託された。心配するでない、この先はきっと最良の廻りとなるじゃろうからな』
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「……」
「━━ハッ! フッ!!」
俺とソドムさんとの戦いは既に佳境を迎えていた。
一瞬だけ硬直したかと思えば、動きが変わり、多少速度は上がっているが、打撃が当たる寸前に数秒遅くなっている。
その流れは、何時もの組手をしている時に酷似していた。
俺はわざとらしい打突を繰り出し、誘いを掛けた。それを弾き手を巻き込まれ投げられる。
間違いない、ソドムさんは意識が戻っている!!
「ソドムさん、行きます!!」
「……」
ソドムさんに対して声を掛けるが、狙いは違う。
攻撃に見せかけ、俺はとある魔術を繰り出す。
魔術が発動したと同時に、辺りは黒い霧に包まれる。
━━【闇と呪いの複合魔術 『盲目の濃霧』】
効果としては、視界を奪う盲目効果の濃霧を発生させる低級複合魔術の一つだが、狙いはそれではない。
「何だこの霧は!! おい! 獣大公、何とかしやがれ!!」
贋作者とゼルガノンさんの間に拡がる闇の濃霧は、両名を隔てる壁になる。
出した所で消える事がない濃霧。例え盲目にならなくても、姿を一時的に隠す事で、その一瞬は戦況を変える。
「……」
「何だ、そこにいるんじゃねぇ……か? ……!? 身体が」
『ゴアプの魔眼』ソドムの持つ相手の意識を操る魔眼が、贋作者を捕らえた。
「今です!!」
「……敵討ち等、似つかわしくは無いが、義姉と兄の手向けとして、その命もらい受ける」
俺の掛け声と共に、上半分の狐面を被ったカルロさんが現れ、贋作者の心臓を黒の刃で貫く。
「クカカッ! ここまでか、せいぜい束の間の安息を楽しむと良い……」
贋作者は、そう言い残し息絶える。
しかし、その顔に浮かぶ表情は、何故か穏やかなものだった。
「さて、ソドム平気か?」
「ソドム様……」
「心配するでない、と言いたい所じゃが随分と主の打撃が効いとるわい。基本的な技を教えたとは言え、ここまでものにしとるとは思わんかったが……」
心配する二人を見ながら、ソドムさんの事を任せ、俺はジークリッドさん達の手当てに向かう。
状態からして、一撃で気絶させたのだろうか?
見える範囲に、怪我や痣の様なものが見られなかった。
「そやつ等は魔眼で気絶させたにすぎん。暫くは起きんじゃろうて。この屋敷に捕らわれた者は儂一人じゃった故な」
「これで、この件は片付いたと思って良いのでしょうか?」
「カルロよ、主の敵は他にも居る。この件はまだ一時的になものに過ぎんと考えてくれ」
カルロさんと話をしていたその目は、魔眼の力を止めているにも関わらず━━黒く染まったままだった。
「ソドムさんのその目は?」
「奴らに捕らわれた時に、投薬やら色々されたからのぅ、どうにも魔力が増大されているようじゃが、友に救われたよ」
黒い涙を流し、天を仰ぎながら呟いた言葉。
流れる涙が止まると、瞳の色が元の色に戻っていた。
「さぁ、帰るとするかのぉ。明日は入学式じゃろう?」
その一言で、俺達の長い1日が終わりを迎えたのだった。




