遭遇
捻れた空間から抜け出した先は、黒い蛇の装飾品が施された扉の前だった。
中の反応を窺う様に、『探索』と『索敵』を行うものの、やはり妨害されている事に変わり無い様で、式符を潜り込ませて漸く部屋の大きさと人が中に三人いる事は分かった位だ。
ソドムさんの気配も薄く在るので、恐らくこの部屋に捕らえられているのを、誰かが見つけたのだろう。
ゼルガノンさんと扉を開けると、そこそこ広いメインホールの様な場所に大公と陛下に皇帝の三名が揃っていた。
「ルーク、待て! 様子がおかしい」
中に入ろうとした瞬間ゼルガノンさんに止められる。
何事かと思い振り返ろうとしたその時、俺の身体が宙を舞った。
「えっ!?」
何が起きたか分からないが、空脚で受け身を取り数歩後ろに下がる。
俺が居た場所にはソドムさんが立っており、ジークリッドさんとレイさんは、気を失っているのかその場に倒れ込んだ。
「…………」
「ソドム……さん? 何で?」
「ルーク、あぶねぇ!!」
流れる様な打突の連撃が、組手の時よりも熾烈な流れで打ち込まれてくる。
気配は弱いが、間違いなくこの技はソドムさんの物だった。
咄嗟の判断で、手甲を使い受け流してはいるものの、完全に躱す事は難しいだろう。
今のところ、組手の時でさえ半々でしか躱せていないからだ。
上を気にすれば足元、胴を蹴られるか、突かれる。その逆もまた然り。
ウェポンマスターのお陰で何とか凌いでいるが、重たい打撃の連撃で腕が痺れだしていた。
(これは洗脳か? 魅了? 弾かれて視れねぇな)
隙を見つけては解析してみるが、流石に余裕がない。
「いい加減目ェ覚ませ!」
怒号と共に、ソドムさんの身体とゼルガノンさんの身体が入れ替わる。
まるで鉄山靠の様な体当たりは、壁際までソドムさんを弾き飛ばしているが、ソドムさんも自ら飛びダメージを殺して、飛ばされた壁を使い跳躍して戻ってきていた。
「……ペッ」
「ヘッ……流石に外側のダメージを殺しても、内側迄は殺せねぇだろう?」
血を吐き出したソドムさんに対して、ゼルガノンさんは余裕がある様に振る舞っているが、先程の脱出の影響なのか、少し息があがっている様にも見える。
端の方に倒れたジークリッドさん達も心配だが、この状態で気にかけるのはソドムさんの方だろう。
気を抜いたら、確実に殺られる。それだけは本能的な直感で理解出来る。
「フゥ━━どうした? 獣みてぇな戦い方しやがって……そんなんじゃ武人の名が泣くぜ、ソドム?」
「……ガァ゛ァァァ」
乱打の応酬が繰り広げられる中、漸く解析が終わった。
しかし、解析結果は芳しく無い。
何故なら、異常がないのだ。
呪いや魅了ならば、解除はいくらでも出来る。
明らかに正常な状態ではないのに、不自然に異常がないと判断された。
魔神の力を借りて戻す事は出来るが、この場で使うのは得策ではない。
「おやおや、まだ残っていたか? 襤褸襤褸な国王陛下に皇帝、手負いの龍帝と子供……」
「━━!? 誰だ!!」
「アンタ等が探ってた組織の人間だよ。この状況で敵かどうかわかんだろ? 一応名乗っておくと通り名は『贋作者』隷属の首輪を作った者さ、ついでに言えば、その大公をそんな獣同然にしたのも、俺の作品のお陰だがな」
贋作者と名乗った男は、顔こそ見えないが、薄い灰色のフード付きローブを纏ってそこにいた。
「ほぉ、だったらテメェを倒しちまえば、ソドムも元に戻るんだな?」
「さてな、原因は俺だが、治るかどうかなんぞ知るわけも無いだろう? それよりも俺としては、此所でアンタ等を始末することが優先なんだわ……つー訳で二対一で殺らせてもらおうか?」
贋作者はナイフを二本構えて、ソドムさんと並び立つ。
流石に、ダメージと疲労が蓄積したゼルガノンさんも此方を見ている。
「誰がテメェみたいなド屑に殺られるかよ、ルーク! ソドムは任せた。俺はこのいけすかねぇ野郎をブチのめすからよ」
「了解、なら回復させますよ」
話ながらも構築した術式は、ゼルガノンさんの傷や体力を元に戻していく。
それを見ながら、贋作者はニヤッと薄気味悪い笑みを浮かべているのに気づいた。
「何がおかしい? これで仕切り直しだ。むしろそっちの方が体力的にはテメェ一人と変わらねぇ筈だろうが?」
「俺が贋作きるのが、物理的な物だけだと思ったのか? 魔術は得意じゃねェけどな」
驚くべき事に、贋作者の発動した術は同じ完全回復の魔術。
ただし、俺の魔術と比べ範囲が狭いのか、ソドムさんの肩に触れて魔術を流していた。
「そちらの子供子爵を潰せば、アンタ等に勝ち目はねぇわな?」
「そうだな、この場で治療魔術が使えるのはテメェの言うとおり、そこで伸びてるジークリッドかルークの二人しか居ねぇよ? だからどうした」
「何?」
「さっさとテメェを倒せば、それで終いだろうが」
「!?」
贋作者の懐に、一瞬で踏み込み深紅の拳が左の胴を抉る。
ソドムさんもゼルガノンさんの攻撃に合わせて動こうとしているが、その前に俺が入り防いでいるので、実質タイマン勝負の状態に辛うじて出来ていた。
「一撃で沈めるつもりだったが……以外としぶてぇな?」
「流石に今のは死んだかと思ったが……何だその腕は?」
贋作者は壁に叩き付けられ、地に伏せた。
その身体は、左肩から先が焼け落ち嫌な臭いを放つ。
そんな状態にあるというのに、完全回復を発動しながら傷の処置をしている贋作者は、まだ戦う意思があるようだ。
一方、いつの間にか、ゼルガノンさんの両腕が肩まで鱗に覆われていた。その形状は、見方を変えれば、手甲の様にも見えなくない。
「テメェがモノマネ得意だろうがコイツを真似出来るならしてみろや!!」
ゼルガノンさんの身体が一瞬にして、蒼白い焔に包まれる。
驚くべき事に魔力を用いた物ではない。
「クカカッ!! 流石にそれは無理だな。真似出来たら死ぬな、流石だトカゲ野郎」
「ハンッ、特性を真似出来んのなら、風穴増やされる前に、とっとと降参しちまえや……猿真似野郎」
ゼルガノンさんの左拳が頬に触れ、殴り飛ばすが贋作者は、火傷を物ともせず既の所を避けながら手のナイフでダメージを与えに来ていた。
そして、放たれた一撃は、ゼルガノンさんの肩に刺さるが、肉を断つことは出来なかったようだ。
━━この時、贋作者の口許が微かに上がっている事に気づく物は、誰もいなかった。




