国賊
【ノリス家 屋敷 数時間前】
「うっ!!」
「……数だけは居るようじゃが、所詮は其だけの者よな」
屋敷の中を悠然と歩き、隙を縫い近づいては獲物を刈り取る。
「シャァァァ!! ━━ガッ」
「殺気が漏れて丸分かりじゃ、阿呆」
最早、不意打ちですら今の彼には、緩い攻撃でしかない。
攻撃をした者は、真後ろから喉元を貫かれ、絶命していた。
「いやはや、……どうやってこの男爵領を嗅ぎ付けたのかは知りませんが、まさか大公閣下が自ら出てくるとは思いませんでしたよ」
突如屋敷の中に響き渡る声は、異質……男とも女とも判断しにくい割れた音。
「主が贋作者か?」
「いえ、私は教授と呼ばれています。奴なら、この先に居ますが、貴方は辿り着く事も逃げる事も出来ないのですよ」
「ムッ! いかんな」
教授と名乗った男は、足下に魔力を流し始める。
ソドムは止める為、獣人の身体能力を生かす様に飛び掛かり、鋭い一撃が喉元を捉えた……筈だった。
「やはり獣は単純で助かる」
「なっ……しまった」
教授に触れるかと思われた瞬間、ソドムの身体は、どこからともなく何かに捕らえられ拘束される。
「獣は魔力や気配を詠むのに長ける者が多いですからね。それ相応の対策をしなければ捕らえる事も難しい。貴方の様な大物なら尚更でしょう? この魔法生物は、魔力を持たないので直ぐ死んでしまうのが短所なのだがね、こうして獣の察知から逃れる事も出来るという物なのだよ素晴らしいだろう?」
「儂を捕らえてどうするつもりじゃ?」
「何、とても簡単な事ですよ。あの猫の男より巧く馴染みそうですからね……貴方の身体は魔に取り込まれるかどうか見物です」
下卑た笑みを浮かべる教授は、そのまま魔術を消すとソドムの首に細長い針を刺し離れて行った。
「(しくじったのぅ……儂としたことが冷静さを欠いていた様じゃ)」
針に仕込まれた毒なのか、ソドムの意識はそこで途切れた━━。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【ノリス男爵家 屋敷前】
「ゼルゴ・フォン・ノリス!! 国賊として捕らえる。速やかに屋敷から出てこい!! 出て来ない場合、討伐対象として武力行使を執行する」
王国の近衛騎士隊に帝国の黒鎧兵団、神龍皇国の飛竜騎士が、屋敷を方位するように囲う。
後方には、バルバドス伯爵やセレーナ伯爵を含めた武闘派の伯爵家や魔術の得意な者達が王達の護衛を勤めている。
本来なら、王達がこの場に出ることは無いのだが、獣公国の大公であるソドム様が乗り込んでしまったのが切っ掛けで、王達も己の国の蛆を摘む為に出てきた次第だ。
正直な所、これは俺の想定していた内容ではなく、イレギュラーな所であり俺自身父様とこの場に居合わせる事は無い筈だった。
「時間だな━━各自、王国に仇なす国賊を捕らえる事、貴族としての責務を果たせ!!」
「黒鎧騎士達よ、汝等の剣は民の為、国の為の守護剣である。鎧の傷は誇りである。汝等の護るべき者の為、帝国の敵を討て!!」
「神龍皇国の敵を討ち倒せとは言わねぇが、皇国の騎士としての威信を欠く様な真似はするなよ?」
王達の号令と共に、兵が動き出す。
屋敷内部に人の気配が無いのは、最初から分かってる為、俺はカルロさんの情報を基に組み立てた見取り図で移動を開始した。
目的地は屋敷の地下にある転移門。
その先に有るのは、犯罪組織ノートリアスのアジトだ。
ノートリアスに関係している伯爵家以下の貴族は、セレーナ伯爵とバルバドス伯爵で既に捕らえている。
敵のアジトに居るのは伯爵位の貴族だと言うことに成るのだろう。
「報告します。転移門を確保しました」
「よし、転移陣を開いてくれ」
ジークリッド陛下の返答に合わせて、転移陣を開く。
セレーナ伯爵やバルバドス伯爵等、王命を承った伯爵達が先に現れ、王達が後から現れる。
「既にソドムはこの門の先に居るようだな?」
「違いねぇ、一番冷静に見えて、一番キレると手が付けれねぇからな。 ジーク、こっから先はどうするつもりだ?」
「捕らえられてはいないと思うが、万が一も有る。バルバドス伯爵達には、ここの守り就いて貰う。 セレーナ伯爵とラーゼリア伯爵、それとアマルガム子爵は我々の護衛と索敵に当たって貰うつもりだ」
「陛下、この先にまだ子供のアマルガム子爵を連れて行くのですか?」
「バーゼルシュタインか? 珍しいな……お前が子供の心配をするなど、どういう変化だ?」
俺を見ながら、陛下に異議を申し出たのは、バーゼルシュタイン宮廷魔術師だった。
俺の転生先に選ばれた場所の1つで、ここを選んでいたら、2年程早く生まれていたらしいがそれは結果論だろう。
「息子を見て私は思い出したのですよ。子供に厳しく躾をするのは、自分がされて嫌だったことを、子供達に同じ事をしているだけだと……子爵と言えども、今年学院に入学する年齢の彼に、この先を見せても良いものかと……」
「確かに、お前の言うことも分からなくはない。だがな、彼も既に子爵としての責務を果たす義務がある。……それに、ラーゼリア伯爵も此度の件に関しては、親としての感情を抑えているのだ。お前の変化は喜ばしい事だがな……持ち場に戻れ」
バーゼルシュタインさんは、頭を下げ離れて行った。
「奴も随分と柔らかく成ったものだ」
「闇魔術のスペシャリストがまさかなぁ」
「闇魔術のスペシャリストって何の魔術が主体なのですか?」
俺がふと気になったのは、彼の操る魔術だ。
「死霊術師バーゼルシュタインが、昔の通り名だったな。どちらかと言えばお前寄りの魔術に近いが、スケルトンやゴーストを従えての不死者の軍団を率いて戦うのが彼の十八番だ」
「とは言え、長女は闇魔術が不得手で折角の長男も闇と雷を扱うことが出来ても、錬金術それも錬成と再編成に特化した使い方しかしないと言うからな、恐らく宮廷魔術師としては、奴の代で終わりだろう」
近くにいた父様とジークリッド陛下が教えてくれたが、死霊術師とは驚いた。
魔術としては死霊の使役は魔物使役と変わらない。
大半は転生の輪に乗らなかった者や死体に魔力が蓄積されて変貌した者がゴーストやゾンビ、スケルトンと言った魔物に当てはまるからだ。
デュラハン等は、スケルトン等の不死者と思われがちだが、この世界では魔族になるらしい。
それでも意識が無くなれば魔物として討伐対象とされる為、わざわざ成る者はそうそう無い事らしいが。
「それでは後は任せた。この先に待つのは恐らく贋作者と呼ばれる者と、その護衛達に成るだろう。皆、油断せぬ様にな」
ジークリッド陛下の言葉を皮切りに、転移門を潜り抜ける。
その先に待っていたのは、予想だにしない人物であると俺達はこの時、思っていなかった。




