語られる悲劇の裏
それは、ある一面から見れば、魔剣に魅入られた愚者の末路。
別の見方からすれば、悲劇の中で起きた奇跡。
カルロさんの話は、ソドム様の話と食い違いは無かったが、違う箇所が1つだけ有った。
それは、魔剣に意識を乗っ取られながらも、愛した女性と弟を逃がす為に最後の抵抗をした男の話。
「兄はソドム様に負け、長に成ることは叶わなかったが、それでも悔いは無かった。知略と武を併せ持つソドム様の支えに成りたいと願っていたのだ……そして、その思いを利用された」
悔しさからか、噛み締めた唇から血が零れているが、カルロさんは続きを話始める。
「魔剣を手にする数日前、怪我をした商人を助けた。それがノリス家の罠だったのはつい最近知ったがな。奴ら、隷属の首輪を着けた途端に話してくれたよ……忌々しい」
「強さを求めた結果、魔剣に意識を乗っ取られ、一族に手を掛けたとソドム様から聞いてますが……逃がしたとは?」
「兄は、自身が影の者である事に誇りを持っていたが、同時にソドム様に尊敬と劣等感を抱いたのも事実。故に魔剣に意識を乗っ取られながらも、魔剣が義姉さんに届く瞬間に『逃げろ』と言って己の腱を斬り、ソドム様の所に向かって行ったのだ……死して止めて貰うためにな」
ヴェルサスさんが何を思ったのか、俺は本人じゃ無いから分からない。
だが、信頼出来る者の手で死に逝く事を望むのは分からなくはない。
しかし、問題となるのはノリス家だ。
人の意識を乗っ取り暴れまわる様な魔剣を所持するらしいが、何処までの繋がりがあるのかが不明な上、ウルムンド王国の貴族として登録されているが、確か小さな男爵領だった筈だ。
「ノリス家はウルムンド王国の貴族だが、実情は様々な国の腐った貴族の集まりの隠れ蓑だ。組織名として使われている名は【ノートリアス】……名の由来は知らんが、個人を指すものでないのは確かだ。……とは言え、俺が話せる事はここまでだがな。他に知っていることと言えば、横の繋がりは余り無い様だ。それと元締めの男も贋作者と呼ばれていたくらいか?」
カルロさんの話を聞いて思ったのだが、録でもない貴族の集まりなら、お偉方に任せてしまうのも有りなのだろうか?
「この情報も、直に無駄に成るだろう。とは言え、これは一人で片付く物でもない。伯爵位の者と繋がりがあるのなら、そちらと国に任せる方が安全だろう。俺は任務に失敗した……恐らく戻った所で、捨て石にされるか始末されるかのどちらかだな」
「……あのさ」
カルロさんの話が終わり、どう対応するかと思案しようとした所で、ルーチェが口を開いた。
「師匠の事、どうにかならないかな?」
「どうにかって?」
「アタシが頼める立場じゃ無いのは、理解してる。だけど、アタシの師匠で叔父さんだから、無理な事を言ってるのは分かってる。でも、それでも助けて欲しい……ううん、助けて下さい」
「……ふぅ。俺が聞きたいのは、どうしたいかの具体的な内容であって、漠然と助けて欲しいと言われても困る」
「……えっ!?」
ルーチェは驚いているみたいだが、俺は構わず話を続ける。
「……匿うにしろ、逃がすにしろ必要な物と資金がいる。まぁソドム様の所に行けば何とか成るか? ターゲットが俺単体なら話が早いし、贋作者が何者か知らないけど、どうして狙ったのか興味はあるからな」
「それは短絡的な事だが、セレーナ伯爵家に対する報復と見せしめが大きい。あの女伯爵は情報網もそうだが、単独の武力も馬鹿に出来ぬと言われていたからな。最近、お前がお気に入りだと話が広まって、確認を終えたからこそ、実行に移したとも言える」
「あぁ~。成る程、深い意味は無かったと」
やっぱりと言うか、気に入られているのは何となく分かっていたが、何とも言えない。
「取り敢えず、カルロさんはソドム様に任せて、王国と神龍皇国、帝国に報せるのが先だな」
俺は報告の為に部屋に戻り筆を執る。
綴る内容は、カルロさんの事を含めたノリス家の情報。
この後の出来事についてのお願いを記した。
「さぁて、煩わしい膿を出すお手伝いと行きますか? カルロさんも手伝ってもらいますよ?」
「……また小娘達を泣かせる様なことを」
カミナが呟いていたが、これも俺の未来の安寧の為。彼女達には、一応連絡はするつもりだが、恐らく怒られるのは間違いないだろうなぁ。
「そうだねぇ、前回の件を反省して無いと思うけど、ルーク君も色々大変だからねぇ? どうしようか」
「まだ起きてたの? それとも騒ぎで起こした?」
「さっきまで魔導具を作ってたの、今から寝るよ。それよりも、私はともかく、ソフィアちゃんとエルザちゃんは今回の事、怒るだけじゃ済まないかもよ?」
寝巻き姿のエリーゼが、メアと共に部屋にやって来た。
「他の国を巻き込んだ組織なら、早めに片付けないといけないのは解るけどさ……私達の仕事じゃ無いでしょ?」
「まぁ、それはね。でもターゲットにされたのが俺だから良かったけど、メアとかエリーゼが含まれてたなら、話は別だよ」
メアもエリーゼも婚約者なのだから、流石に狙われる事になっては、俺としても落ち着いて生活も出来ない。
本音を言えば、俺自身が取り締まりに行きたいけれど、入学式が控えていることも有り、明日は父様達を迎えに行く事や準備で忙しい為、全てお偉方に丸投げしてしまおうと言った所で落ち着いた。
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【獣公国ダムシアン 城内】
「ホッホッホ……久方ぶりの戰かカルロも難儀な奴よ。ヴェルサス、主が儂を頼った事、間違いではなかったと……今一度、主の墓前に誓おうぞ」
手紙を読み終えたソドムの表情は、普段の穏やかさもなければ、優しい眼差しも存在しない。
哀悼の念があるばかりだった。
「主の額当、使わせてもらうぞ。返すのは、幽世で逢うた時にでも主の娘の話と共にするか……」
東の空は明け始め、ソドムは戰装束に化粧を施していた。
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【帝国ドーラン 城内】
「チッ!! 緊急回線を開け!! 帝国に仇なす者共に裁きを与える時が来た!!」
レイはルークの手紙を読み、皇国と王国を繋ぐ緊急回線を使う指示を出す。
「レイか!? ソドムが!!」
「おぅ、皇国の側に蛆共の塒が有るとは思わなんだ……転移門は開いた。何時でも来い!!」
ウルムンド王ジークリッド、龍帝ゼルガノン両名の声が、目の前の箱から聞こえる。
「国の蛆を吐き出す時が来たのだ!! ジーク、手は抜かぬぞ?」
「当たり前だ!! 一人残さず殲滅してくれる」
「てめぇ等ばかり盛り上がんなや、俺も龍化して暴れまわるぞ?」
「「それは止めて頂きたい」」
「……冗談だ。 早くしねぇと、ソドムがくたばっちまう。ノリス家の土地はどうするかジークリッド王に任せるからな?」
三人の王達は、兵を引き連れ出立する。
己の国の蛆を排除せんと、仲間であるソドムを助ける為に。




