血晶と霊薬
ヴォーパルの持ってきた品物は、一体何なのだろうか?
ティアさんの呆れ方からして、其なりの品物であることを予期し、『鑑定』『解析』の魔術を発動させようとしたのだが、その瞬間ティアさんは魔力と神力を纏いながら、俺の前に立ち塞がった。
「ルーク君は、神力が扱えるまでこれに触れる事、解析する事を禁止します。取り敢えず異空間に収納して下さい。それからヴォーパルでしたね? 貴方には聞きたいことが有ります」
「……ぬぅ、わかった」
「貴方、古竜を狩りましたね?」
「知らんな、吾の前に立ち塞がった双角の地竜ならば、狩り喰らったが?」
「その中に、浅黒い個体が居ませんでしたか?」
ティアさんの普段の表情からは、とても想像できない程鋭い、相手を射ぬかんとする様な眼光がヴォーパルに向けられる。
「浅黒い老い耄れた個体は確かに居たが、既に死にかけて息も絶え絶えだったが?」
「……そうですか、貴方に何か託すことは有りませんでしたか?」
「其奴の核と、この真紅の鉱石塊はもらい、群れの長に推されたくらいだ。喰らったのは、歯向かってきた愚か者のみだぞ?」
「それでは貴方は、族長と成ったのですね?」
「否、眷属として支配下に置いた。それと同時に人化も身に付いた様だがな」
ヴォーパルはそう告げると、周囲の魔力を練り上げ、そのまま身に纏う。
あらゆるモノを寄せ付けぬ魔力の壁がヴォーパルを包むと、一気に中心に収縮していく。
やがて、薄くなりつつある壁が切り裂かれたと思えば、そこには全身を黒の鎧で覆われた大柄長身の男が、双振りのバスターソードを背負って居た。
灰色の髪に竜の時と同じ色の瞳、風貌はかなりのモノで、前世の時なら、まず顔を会わせたくはない部類の強面だ。
「吾の人型は、こんな感じだ」
「それは別にどうでも良いです。問題なのは、本来なら存在するべきでない【古竜血晶】を持ってきた事と、【古竜】の代替わりした事よ」
「どういう事ですか?」
「ルーク君の錬金術スキルが、Lv9まで上がっているのは知っています。賢者の石の製造素材の理解もしていますね?」
確かに、素材は知っているが、製造法に関しては、理解出来ていない物もまだある。
特に、素材を扱う際に使う道具の特殊加工等は創造のスキルでも再現出来ていない。
これに関しては、どうやら【特殊加工職人】のスキルが必須条件らしく、魔術や魔導具を作ったり建物を造る時のように創造スキルを用いても無駄だった。
因みに、創造を用いて俺の体にスキルを増やす事は基本的に出来ないらしい。
あくまで『魔術』『道具』『装飾品』といった物や、『魔法生物』等の創造生物に関しては発動する様だが、俺が理解していない戦闘系や生産職スキルは作る事が出来なかった。
「古竜血晶は、賢者の石を作成する素材の1つを作る為の素材なのよ。性質上封印する事にした品物で、もうこの世界で残っている筈の無い物なの」
「それじゃあ、本来なら賢者の石は作る事が出来ないんですか?」
「紛い物は作る事が出来るけど、本物は無理。この古竜血晶は文字通り古竜の血を結晶化した物だけど、人にとって古竜の血は高い薬効と猛毒性を併せ持つの、賢者の石を作る際にこの結晶を別の薬品と合わせて作る霊薬が、中毒性が高く危険だから結晶化した物は消していたのだけれど……南の方か別大陸の古竜かしら?」
さて、いくら賢者の石が錬金術の夢とは言え、危険な薬を媒介にしてまで作成するのは理に反する。
「人以外の竜や魔獣が摂取したらどうなりますか?」
「基本的に人族や獣人族、龍人族は人の身体が毒性に耐えられない。魔獣でも無理ね、竜種の力を持つのなら話は別だけど。この竜も古竜に変じてる代わりに、この古竜血晶は使えないわね。種族が違いすぎるもの」
「そうですか……黒曜?」
「御意」
黒曜に命令する必要も無く、俺の意図を組む様に古竜血晶の塊を体内に取り込み始めた。
「黒曜どうだ?」
「凄く不味いですが、恐らくこの不味さが薬効成分の方なのでしょう。舌が酷い苦味を感じています。他の味は甘味が少しと爽やかな香りが感じられますが、こちらの方が猛毒ですね」
「毒性を中和するか消して、薬効成分のみを抽出とか出来そうかな?」
「問題有りません。今から抽出致しますか?」
「そうだね、指輪のサイズで出して貰えるかい?」
黒曜の能力を用いて変質させられれば、ラッキー位の感覚でいたが、其よりも良い結果が得られればなお良しかな?
指輪程度の大きさに成った結晶が、黒曜の棘先から出現し、俺はそれをもぎ取りティアさんに渡した。
「貴方は本当に常識はずれな事をしますね? どれどれ……ええと……別物ですね。霊薬の元にはなりませんよ。これ自体が既に霊薬の効果を上回ってますから」
「……へっ!?」
「【竜血の宝珠】となってますね? これ創世期の頃に、利人さんが大怪我をした古竜を助ける為に作った回復薬です。人にも使えますけど、時間の経った損失部位を再生させるレベルの劇薬ですから。それと加工するのに神力を用いなければ、本来なら毒素が溢れて大変なことに成るんですよ!! だから扱うなと言ったんです!!」
「……ごめんなさい」
「毒素は自分が既に吸収しつくしている。気にするほどでも無いと思うが?」
黒曜の言葉に、ティアさんの魔力と神力が高まると同時に、周囲が歪み始めたように感じる。
「今回は大丈夫だったから良かっただけです! 貴方の耐性が猛毒に負けてしまったら、この一帯に瘴気が発生してもおかしく無いんですよ? つまり、ルーク君も含め、この国全体が死んでいた可能性があったという事を自覚なさい!!」
確かにその通りだ。
屋敷周辺には、侵入者対策として結界を発動してある。
とは言え、溜めてある魔力が尽きれば結界も消え去る。つまり、死んだ後に強力な毒素が街に流れ込む可能性も考慮しなければ、この一帯が死者で溢れる可能性があった。
配慮に欠ける行動であったが、何にも無くて本当に良かったと、安心するのだった。




