静寂の冒険者ギルド
冒険者ギルドの扉を開き、中に入ると何時もの賑わいが無く、他の冒険者達は皆、ただ一点を見つめていた。
「皆さんどうしたんですか?」
「「シーッ!!」」
「???」
大の漢達が、普段なら酒を飲み報酬を数えたり、新人冒険者達が情報交換をする場とは思えない静寂さ。
恐らくその原因は依頼書を貼るスペースの隣。
そこに小さな揺りかごが置かれていた。
「どうするんよ、この状況?」
「ドレアムさん早く戻ってくれよ……マジで」
「ルーク君、こちらにどうぞ」
「あっ、はい」
受付に居たルルナさんに呼ばれ、そちらに移動すると、ニアさんも一緒だった。
「よぉ、久しぶりだねぇ」
「ニアさんもお久しぶりです。今日の静けさってあの揺りかご……ですか?」
「あれな、呪い魔導具つって、名前の通り呪われた魔導具なんだけどさ、あたしが触っても発動しなかったから、規約通りに回収したんだ。でも発動条件と効果がワカンネーから、ドレアムのオッサンに任せたら、調べ始めた途端に発動しちまった。大体2時間位だな、今解呪の神父を呼んでる所だ」
呪い魔導具ねぇ、前にセレーナ伯爵の所で見たのもそうだったっけ。
遠目で『解析』と『鑑定』をしてみたら条件に当てはまる人多そうだなぁと思えてしまった。
【祝福の揺りかご《呪》】
子供に安らかな眠りを与え、病気を防ぐ祝福が与えられた人形付きの揺りかご。呪われた為に、精神的に疲れた大人が触れると、身体が赤子に成り揺りかごで眠り続ける。
解呪可能だが、どう影響するか分からない以上どうしたものかと思った矢先、眼鏡を掛けた一人の神父が入ってきた。
「解呪に来ました。教会の者ですが、ギルドマスターはどちらでしょうか?」
「スミマセン、エルゴ神父。ギルドマスターが解呪対象なんです」
「えっ!? ドレアムさんがですか?……うぇ、本当だ。取り敢えず解呪が先だな……『解呪』」
高速詠唱で『解呪』が揺りかごと中にいる赤子に唱えられた。
これで安心出来ると思った矢先。
「皆さん、逃げて!!」
神父の叫びが響き渡る。
そのまま神父の姿が消え、代わりに神父そっくりな人形が赤子の側に増えていた。
「エルゴ神父が人形に!?」
「エルゴ神父って、ここの最高位の神父でしょ? マジか……ッ!」
話している冒険者達も近くに居たものからどんどん人形になっているではないか!?
それを皮切りに、皆が逃げて行く。
「ここから先が、呪いの範囲外の様だ」
「わりとヤバい魔導具みてぇだな?」
「神父で駄目なら後は大司教様か教皇様?」
「今この場に居ねぇだろうが、どうするかが先だろうが」
流石は冒険者、素早く状況を纏めている。
しかし、場所が狭い。
カウンターの裏側まで人が流れ込み、圧迫していた。
二階の階段を上がっていた人達も人形になっている様だ。
「皆さん、今から外に出る緊急用の魔術紙を開きます。慌てず避難を!!」
ルルナさんの声で、冒険者達は安堵したようだ。
壁に魔術紙が魔術陣を浮かび上がらせ、術が発動すると、新人冒険者達を逃がしながら、魔術が得意な者が、魔術を維持するための魔力を流していた。
俺の前に居た一人が出た瞬間、魔術紙が破れ魔術陣も消え失せる。
この場に残されたのは、俺とルルナさん、ニアさんだけになってしまった様だ。
「(ねぇ、ノルン)」
「(何じゃ? マスター)」
「時間を限定して、この場の人達の時間を戻すとしたら、何日分の代償になる?」
「(ひぃ、ふぅ、みぃ……1日と半日程度か)」
時の魔導書内のノルンと念話で話してみると、矢張1日は削れる様だ。
「(『神降ろし』で受肉状態になったとしたら?)」
「(まさか、お前の身体に降ろすのか?)」
「(駄目かな?)」
「(こっち側での完全な支配下ならば、自分の能力を使うだけだ。代償は無いが、お前の身体にどの様な事が起こるか分からぬ。代わりにお前の魔力をギリギリまで使えば最低限の1日で済みそうだがな、どうする?)」
「(なら俺の魔力使ってくれ)」
「(任された)」
手元に時の魔導書を喚び寄せ、ノルンが姿を現す。
ルルナさんとニアさんは、時が停止したのか反応がない。
「おおぅ、結構ヤバイな?」
魔力がごっそり持っていかれているが、気絶まで行かない。
「あぁ、相も変わらず中々の質が良い魔力よな、ちと量が増えたのは知っておるが、まだまだ完全な姿に戻るは……程遠いか━━あっ!!」
幼女の姿ではあるが、カミナと同じ魔神。
持つ力は本物であり、完全な姿をいつか見てみたいものだ。
そんな考えが過った瞬間、ノルンに突き飛ばされて意識が薄れていった。
━━次に目が覚めたのは、ベッドの上だったのだが、左の視界に違和感がある。
「済まぬ、マスター。あの呪い普通の物では無かったようだ」
「どう言うこと? もしかしてこの視界の違和感の事と関係ある?」
「然り、他の者達の時間を戻し終えた時に、揺りかごの中身が空となった。その時に、呪いの本体が抜け出てな、動けぬマスターに飛び付いたのだ。咄嗟に突き飛ばしたが、欠片が左目に入り込んでしもうた」
「……」
念のため、手鏡で確認するとが、見た目に変化は無い。
どうやら身体に潜り込む事が出来ずに、角膜に靄の様な形で張り付いているみたいだ。
解呪してみるとあっさり靄は消えた。
同時に、左目から小さな白い欠片が落ちたので拾い上げると、少しだけ魔力が感じられたが魔石では無いようだ。
「ルーク、俺だ、ドレアムだ……入るぞ?」
「ドレアムさん? どうぞ」
欠片をベッドテーブルに置くと、ドレアムさんが頭を掻きながらやって来た?
「済まねぇ、今回は助かった」
「あの……本当に、ドレアムさんですか?」
そこにいたのは、やや長めのストレートヘアの若い男性だった。
「やっぱりね。だから言ったじゃないですかギルドマスター?」
「俺だって目が覚めたらこうなって、驚いてんだ。一体何があったのか説明もねぇし」
「ドレアムさんは、若返りました。呪いの揺りかごの影響で一度赤子の姿なりましたけど」
確かドレアムさんの年齢って30代後半から40前半位だった筈だけど、今の見た目は20前半まで若返っているみたいだ。
「かなりメンドクサイ事になりそうなんだがな、あの呪いの揺りかごで俺の肉体年齢が見ての通りに成った。その間の記憶がないが現状証拠から推測して、お前のお陰で大きな騒動にならなかったと考えてる……どうだ?」
尋ねられてはいるが、その瞳は確信していると語っていた。




