フラクタルへの出発準備
「世話に成った。まさか、各国の料理が並ぶとは思わなんだ。久方ぶりに、飲み過ぎてしまったよ」
「そうね、あんな美味しい料理とお酒はそうそう無いわ。また何かあれば手紙を頂戴ね、雷獣達で駆けつけるから」
翌日、雲1つ無い快晴の中で、別れの言葉を交わし、伯爵達の馬車が遠ざかって行く。
「ルーク坊、土産物ありがとうな。次は俺の所に遊びに来いや」
「あら、ゴードの所も良いかもだけど、私の学園都市も面白いものが多くあるんだから」
ゴードさん達も、渡したお土産が入った魔法鞄を持ち、それぞれの領内に戻る為に馬車へと乗り込み出発した。
「もう行くのか?」
「はい、お兄様達にも久しぶりに会えましたし、ゴード子爵とアイネ子爵にも、お礼の品物も渡せましたので」
「そうか、まぁゴード達ならお前の事も自分の子供の様に見ているからな、喜んでいるだろうさ」
馬車を見送り、頭をくしゃくしゃと撫でながら尋ねる父様に、俺はされるがままの姿勢をとりながら答えた。
親の愛情を、転生してから知るとは思わなかったが、くすぐったいながらも心地好い。
「どうせなら、もっと王都に行く回数を増やしても良いぞ?」
「それは駄目ですよ。 今の父様は、ラーゼリア伯爵なのですから」
「……そうだな、伯爵なんだよな」
父様の目が、伯爵と呟いた辺りで死んだ魚の様な目に変わる。
責任が重くなり、納める税も多くなるからと先手を打って開拓を行い、その経過や改善案を仕上げる書類仕事を行いと悲鳴を上げている状態とはダリウスから聞いていた。
俺の開拓は、今のところ道の整地と各集落の試練を乗り越える事なので、する事はそう多くない。
近く行動するとすれば、次にフラクタルにメアと向かう位か。
「ルーク、心配は要らないぞ? 今日来てくださったバルバドス伯爵とセレーナ伯爵が、この領内の改善に役立つ作物の苗木と種を贈り物として渡してくれたのでな、無事に育てば収入面では問題無くなる。持って見てみると良い」
ラーゼリアの地質は、極端な開拓された場所が少なく、その結果、土壌に魔力が多く含まれている為、作物が育ち易い。
しかし、他の場所で育つ作物と比較すると、土地の魔力量や魔力の質のばらつき酷く、歪な形や規格外の品物となり、結果として地産地消の形になってしまうのだ。
どうやら、その現状を改善する品物を両伯爵から父様は贈り物として渡されたらしい。
しかし、俺はその贈り物に驚いた。
苗木は、品質のばらつきを少なくする物らしいと言われ渡されたが、鑑定すると【天秤樹】と言う樹木で、周辺の魔力を吸収して土地を安定化させる霊樹の1つだった。これはたいして珍しい物ではない。
俺が驚いたのは、もう1つの種だ。【霊薬花】と呼ばれる花の種で、稀に天秤樹に寄生している花であり、錬金術の素材としてもかなり高価な品物だった。
確かにこれなら、安定してアムブロシアが入手出来るなら、収入面では問題ないと言える。
問題があるとすれば、この花を錬金術の『錬成』を行い【賢者の石】と調合する事で、今は失われたとされる【万能薬エリクシール】や【神薬ネクタル】が作製出来ることくらいだ。
とはいえ、恐らくだが残りの素材を集めることが出来る人は居ない筈だから、大丈夫だろう。
━━エリーゼが暴走しなければの話だが。
彼女は前世の知識と技術を駆使した上に、現在の錬金術の技術を使い、昇華させることに長けているので、俺の知らない霊薬の作り方を知っている可能性が無いとも言えない。
現在の錬金術で、完全なエリクシールやネクタルを作製出来るとすれば、俺かエリーゼのどちらかだろう。
それも賢者の石を作製出来たならば、という前提条件でだが。
既に作成方法と素材の名前が途絶えている様だが、俺は原初の魔導書の知識で材料の把握が出来ている。
しかし、材料しか分からないとも言えるのだ。
面倒なことに、必要な頁は白紙や掠れた様な文字しか無く、どうやら錬金術のレベルを極めないと閲覧出来ないシステムらしい。
話が逸れたが、霊薬花については霊薬以外にも錬金術で使うレシピがあるので、普通に取引してもかなりの価格だ。
霊樹もこの種も、魔力量が多ければその分だけ成長する性質を持つ。恐らくだが、一月しないくらいで効果を発揮するだろう。
俺は、受け取った種を二粒だけ失敬して返す。
「育て方というよりは、環境で育つ物らしいから、森の方で植える事にしたよ」
「父様、無理はしないでくださいね?」
「お前が俺にそれを言うのか?」
「そうですよ、無茶はしますけど無理はしませんから」
親子の会話も程ほどにして、王都に帰る準備をしている婚約者達を待つ。
そうこうしていると、皆の準備が終わり広間に集まった。
「それじゃ父様、行ってきます」
「あぁ、また温泉に行きたくなったら連絡するぞ?」
「ええ、その時は、お酒も用意しておきます」
「ルークちゃんも、怪我をしないようにね?」
「はい、お母様も何かあれば直ぐに帰りますから」
手を振りながら、転移の魔術陣に乗り王都の自分の屋敷に移動する。
「さて、次はフラクタルに行かないとな」
「……お父様の事だから、何か考えてる筈。指定した日が満月だから早めに行っても待たされるかも?」
「吸血鬼の王だもんなぁ。メアの事、報告して婚約者にしたいって話と試練の話どうしようか?」
「……婚約者としてなら、試練、クリアしたことにしてあげたいけど、……護り人として言うと無理。多分お父様が代行として行う筈」
移動しリビングで、メアと今後の事を話していたが、やはり試練は必要事項な様だ。
不安は無いが、内容次第ではそれなりの危険が伴うと考えた方が良さそうだろう。
新たな試練の準備をしながら、黒曜とヴォーパルの従魔登録を行うために、冒険者ギルドへと向かう事にした。
この後、冒険者ギルドに行かなければ良かったと思うことになるのだが、この時の俺はまだ知らない。




