君の名前は━━━
「ソドム様、此方にどうぞ」
「すまぬのぅ、なんぞ商談の最中じゃったかのぅ?」
扉を開けてソドム様を部屋に通すと、回りを見渡しにこやかな顔をしていたが、彼女を見た途端一変した。
「この娘は、犯罪奴隷かのぅ? んーーフム。この髪……良く似ておる。お嬢ちゃん名前は?」
「アタシに名前は無い。アンタ誰だ?」
「!? コラッ、駄目でショ? この方は」
「ヨイヨイ……お嬢ちゃん、これくらいの薄汚れた箱を持ってはいないかね?」
やりとりを見ていると、どうやら彼女の事を知っている様だが、関係がわからない。
そんな中で、ソドム様は近くにあった宝石箱を手に取り、確かめるように尋ねる。
「この娘の持ち物は、全てここに在りますワ。持って来ます大公様」
「アタシの持ち物に箱はある。けどこれより小さい」
「ホッホッホ、そうか、そうか。 サンバリューよもう良いぞ、その箱はどこにあるかね?」
「……今も持ってる」
荷物を取りに動こうとしたサンバリューさんを制止して、何かを取り出し彼女が見せている様だが、ここからでは良く見えない。
「やはりそうか、お嬢ちゃんは貴族に成りたいと思うた事はあるかね?」
「アタシが貴族? あり得ない、もう貴族の奴に付き合わされるのはゴメンだね。アタシの顔を治療してくれた彼も、貴族みたいだがアタシの首輪を取れるかも知れないから契約するだけだ」
首輪なら今すぐにでも外せるが、今動く事は余り好ましくない事は分かる。
もう少し様子を見ることにしたが、思いもよらない言葉で意識が持っていかれそうになった。
「この箱は、ある一族の魔力を流すことで、開く事が出来るんじゃがお嬢ちゃん開けたことはあるかのぅ?」
「無い、そんな事する暇も余裕もなかった」
「では、試しにこの窪みに少し血と魔力を流してくれんかのぅ?」
彼女はそう言われ、やたらと黒い箱に渋々人差し指を噛み、血を出してから窪みに乗せ魔力を流し込み始める。
「フム、もう十分じゃよ」
開くこともなく、そのままの状態を保つ箱を机に置くと、ギチギチと音がしながら何かが動く音が鳴り始める。
次第に大きさが、人差し指と親指で掴める大きさから、両手の上に乗る位の小箱に変化していく。
「これは……紋章付きのナイフ?」
音が止み変化の止まった箱を開くと、中には封筒と何かの紋章が刻まれているナイフが納められていた。
「面倒なことになってしもうたわい、歳からして10歳かそこいらじゃろうなぁ、この娘はダムシアンの〝元〟宰相をしておった一族の数少ない生き残りじゃのぅ」
「それは?」
「公国は武勇と知略、どちらを欠けても治める事は出来ぬ故に、儂のように武力の長けた者を剛の者、知略に長けた者を静の者としておったのじゃ。この娘の家もそうした静の者の家じゃったが、違うのは影の者でもあったという所かのぅ」
元とは言え宰相の家系なら、それなりの貴族だ。それが何故犯罪奴隷になったのか?
疑問は尽きないが、ソドム様はその経緯を語り始めた。
「影とは表ならざる者、大公の目であり耳でもある者の総称じゃ。しかし、この娘の父ヴェルサスは野心家でのぅ、権謀術数が得意な上に暗殺者としての腕も一流じゃったわい。とは言え儂も謀は得意での、奴とは互角とまではいかなんだが、それなりに食らい付いておった」
話を聞けば、ライバルの様なものだと感じたが、そこから話が変わった。
「しかし、奴は儂に負け、宰相の地位と成ったが、そこで満足しておらなんだ。二年後に奴は何処からか一振りの魔剣を手に入れ、一族を皆殺しに追いやった。行方不明の者も居たが、後に山林で無惨な姿で見つかったのだが、ついぞ奴の嫁レファーリアとヴェルサスの弟カルロだけが見つからなかった。妊婦を連れて逃げ切れるとは思えないが、当時は無事を祈ったよ」
一旦話を止め、お茶を飲みながら聞いていたが、彼女も目を見開き、食い入るように聞いている。
「それから、どうなったのですか?」
「ヴェルサスを儂の手で始末した。魔剣に魅入られた末路は儚いもんじゃよ。奴本来の動きもなく生きた屍を相手にする様なものじゃった。今の宰相は、レファーリアの弟がしておるがね。風の噂でレファーリアが亡くなった事と娘が産まれた事。カルロが失踪した事を聞いて娘の捜索をしたが、預けられた孤児院も荒らされて足取りも途絶えた所で諦めたが、まさかのぅ」
ソドム様は、多少呆れられた様な目で俺を見ているが、俺だって予想外過ぎて驚いてますよ?
それはともかく、俺は気になった物として、小箱の事を聞くことにした。
「所で、この箱どうして一族しか開けられないのですか?」
「正確にはレファーリアが作った物だから、彼女の子供か本人にしか開けられないが正解じゃ」
「異様に黒いのはもしかして?」
「左様、彼女の魔術、それを箱に血文字で刻み込んだ物じゃ」
俗に言う秘伝魔術の一つだとは思ったが、血文字の魔術とは、興味深い物は未だあるのものだ。
そんな中で、名無しの彼女は手紙を見ている。
「この手紙……アタシは読めない」
彼女はそう言うと手紙を俺に渡してくる。
「母さんの手紙読んだら、アタシがアタシじゃ無くなる気がする。アタシの暗殺術は間違い無くカルロって人が教えた物だと思う。全部覚えて暗殺術を身に付けた。でも気付いたら孤児院に居て、後は孤児院で暮らしてたから。箱も前日に渡されて、肌身離さず持っておけって言われたから持ってただけだし、名前もオマエかオイと呼ばれるか、名無しって呼ばれてたから」
彼女は涙を流しては居たが、泣き叫ぶ様な事はしなかった。
……若しくは出来なかったのかもしれない。
「手紙を俺に渡したのは、俺が読めって事で良いのか?」
「任せる。中身は教えないで」
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『拝啓、私の子供へ』
これを読んでいるということは、私はこの世には、もう居ないのでしょう。
こんな形でしか、あなたに会えない事を許して欲しい。
あなたが男の子なら、希望の意味を込めてアルズ。
女の子なら、幸せに過ごせる様に、光に照らされる様な娘が良いから、ルーチェ。
それがあなたの名前よ大事にしてね。
私の発症した魔力機能不全があなたに、悪い影響を与えなければ良いのだけれど、そこだけが心配です。
あなたは色んな事を知ることになると思いますが、決して恨んでは駄目ですよ。
本当は色々教えたり、伝えたい事があるけれど、私の気持ちは変わらない。
あなたを愛しているわ、可愛い私の子供へ母より。━━レファーリア・ノル・アスキーム
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手紙の内容は、子を思う親の気持ちだった。
名前を伝え、彼女が読める様になってから、手紙を再び渡せば良い。
「君の名前は━━━」




