聖女リデルの足取りと、癖のある王女達
聖女リデル様が生きている。
本来なら馬鹿げた話だと一笑される物だが、それが王族の言葉であれば話は別だった。
「不思議そうな顔をしているな? 私だって信じたのは、ルーク君の書いた文書を見て確信したぐらいだからな」
ジークリッド陛下はそう言うと、一冊の本を懐から取り出し読み始めた。
『最後の第7封印の地は、聖域と呼ばれる不可侵の地であると判明した。この手記を書くのもこれで最後に成ると思う……加護のせいで贄だった私が、今や聖女とは皮肉な物ね。ティアの話からすれば、この封印が終われば私は二度と覚めない眠りに就くらしいが、最早どうでも良い事ね。龍の国の近くから向かうらしいが、叶うのならば死ねないこの身体になる前に…最期にヴェイン、貴方に一目逢いたかった』
それは聖女リデルの手記というよりは、一人の女性としての手記に思える内容。
しかし、問題はそこではない。聖域とティアの名がその手記に記されていた事だ。
「この手記はドーラン帝国から借り受けた物でな、聖女リデル様の筆跡鑑定の結果本物に違いないそうだ。このページも今から700年前の物と判明している。他の内容を纏めた物があるが、どうやら呪詛を体内に取り込み、浄化する過程で不老不死に至る呪いに蝕まれていたようだ」
陛下から渡された資料を見て、愕然とした。
リデル様の物語は、聖女リデル様の神託から始まる物語で6つの呪詛を封印する物語で、リヒト王の物語と同じくらいポピュラーな物語だが、この資料には聖女になる前の境遇や封印を施す過程での苦痛や、封印の数を重ねる度に、呪いが強くなっていると感じると言った内容が記されていた。
「人に有りて人に非ず、現世に舞い降りた神の化身と呼ばれ、六の封印を遂げて神の一柱と成った」
プレア様は皆が知る一節を読み上げたが、本来最後の封印は6つだけが知られている。
その封印を遂げ、天の使いに導かれたとして、物語が終わるのだ。
「封印が7つあって、最後の封印が無名の地ですか」
「龍帝ゼルガノン様は知らないと言っていた事から察するに、恐らく人が知ってはいけない話なのだと思う」
「そうですね、無名の地の事は以前より知っていたようですから『原初の魔導書』を管理していましたしね」
「龍帝の血族寿命は他の龍人族よりも長いからな。特にリヒト王の頃より生きているお方だ。本来ならば人族の王族等は要らないのではないかと思う事がある」
創世の時から生きている上に、今までの歴史を知る人だ。驚く事もないが他に何かを隠している事もあるのだろう。
「話が随分と逸れてしまったな。開拓の話に戻ろうか、先ず教育者だがこれは問題ない。こちらの教育機関から派遣しても良いし、学院を造るのならばアナハイムに選ばせて紹介をしよう。ルーク君は集落を纏めて馬車道を造る事と、ある程度の整えを頼むぞ?」
「承りました」
「まぁ無理をする必要はない。期間はまだあるからな」
確かに焦る必要性は今のところ無いが、集落の様子も知りたいし、リデル様の事も知りたいと思っては居るので、結果として早めに動く個人的な理由にもなる。
報告を終えて、エルザを連れて帰ることを伝えた直後に、再び霊域の集落に転移したのだが、どうやらエルザの借りている部屋の様子がおかしい。
「絶対に帰らない! パパ何て知らない!!」
「あちゃ~、家出再発っすね。でもこのままだと魔力不全になる可能性が高く成るから困ったなぁ」
どうやら帰れる事が分かった途端に、エルザの家出が再発したらしく、ファナンさんが扉の前で頭を抱えていた。
そして、聞こえてはいけない声が後ろから聞こえる。
「全く、エルザも困ったものね? そんなにルーク君の事が、信じられないのかしら?」
「えっ!?」
その声の主は、先程プレア様の横にいた長女、アデリアさんのものだった。
「貴女が信じられないのなら、仕方がないわね? ルーク君…いや子爵は私の物にしようかしら?」
少しだけ悪戯を仕掛けようとしているのか、その表情は、どこか楽しそうなものだ。
昔からこの手の人には、口や手を出さない様にしてきた。
『巻き込まれたが最後』なんて事に実際なったことが何度かあったからなぁ。
ふと昔を思い出していると、エルザの陥落は意外と早く、扉を少しだけ開き確認をしていたところを、サイネリアさんに捕まってしまった。
「よっしゃ、アホな妹を捕まえた」
「お二人は、何故、どうやってココに?」
アデリアさんとサイネリアさんは、いつの間にかティアさんの邸宅にいた。その理由を答えてもらおうとしたのだが、答えはなくニヤニヤとしているだけで話す気はないようだ。
「アデリアお姉ちゃんの魔導具だよ、ちょっとゴメンね」
部屋から出てきたエルザは、サイネリアさんに捕まって居たが、何かの魔術を俺の頭部に当てる。
そのすぐ後に、小さく何かが割れる音がした。
「お姉ちゃんの魔導具、『くっつき虫』だよ」
「くっつき虫?」
「そう、これが付くとその相手の場所に一瞬で行ける魔導具で、使い捨ての魔導具なの。発動の為の魔力操作が難しいから、アデリアお姉ちゃんしか使えないけど」
落ちた塊を拾い上げたが、魔導技師も驚く様な代物だ。
大きさは2㎝程度で、重さはまるで感じない。だが、仕込まれた魔術式はかなり複雑な物だということは理解出来た。
「エルも随分と彼にご執心みたいね? 妬けちゃうわ」
「アデリア姉は幼なじみとくっつけるんだから良いじゃん」
「まぁね、ライガスが王位第1位に成ったし、御父様の退位もまだ20年は早いしね。サイネも竜騎士の候補生君とどうなったのよ?」
「アタシは…その……!!」
顔を染めたサイネリアさんと、妹達をからかい楽しそうな表情を浮かべるアデリアさんだったが、そんな空気をぶち破る緩い声が聞こえた。
「あの~、とりまエルっち連れて帰るんなら、早いとこしてくれませんかねぇ?」
声の方を向けば、羽がないファナンさんが 疲れた様子で椅子に座ってうつ伏せて居るのだった。




