黒曜の羽化
夜の見張りをしている最中、ふと繭を見つめると、焚き火の光に照らされて紫色の繭は色味が増していた。
「はてさて、蠱毒で出来たキメラとは如何様な者でございましょうか?」
「渚? 交代まではだ早いよ?」
「えぇ、渚はただ、ルーク様にお夜食を持って参りました」
そう言って渚の手には、小皿に乗ったおにぎりと沢庵があった。
「いただきます。……うん、美味い」
「ふふふ」
「どうした?」
「いえ、なんでもないですよ」
「そうか」
「えぇ、そうです」
会話が途切れ、俺はおにぎりと沢庵を頬張りながら、用意していたお茶を飲む。
「そう言えば、渚?」
「どうかしましたか?」
「何でメイドだったんだ?」
「……簡単ですよ、貴方様に式神としてもらえたあの日、強すぎた力の為に封印されたこの身で分かったのは貴方様の状態だけでした。幽閉された場所が近くに無ければ、今の渚はここに居ませんですし、虚無感に苛まれた貴方様に寄り添いたいが為に、沙耶様の姿を基にしたのでしから」
「……そうか、ありがとう渚」
「……渚はそろそろ戻りますね、流石にこれ以上は恥ずかしいので!!」
何時もは見せない照れた顔に、少しドキッとしたが、俺も顔が赤くなりそうだったので、考えを止めて見張りに戻る事にした。
━━━パキパキッ!!
薪の燃える音とは違う音が、静寂の中響き渡った。
月の光が真上から降り注ぐ中、遂に黒曜の繭に変化が訪れる。
繭に皹が入り、割れる音が更に響く中、
「(今暫くオ待ち下さイ、マスター)」
とかなり低く片言な声が聞こえ同時に、繭から全身が姿を現した。
その姿は、与えた魔物や魔獣の素材や魔石・核の必要な物を自身で選んだのだろうか?
逆光で見にくいが、荊で作られた様な尻尾を持ち、巻き角を持った竜の頭骨と竜の身体に似た体躯が月明かりに照された。
「(コノ身体ハ月光を浴ビ、日光を浴ビル事デ完成致シマス故、完全ナ姿デ、マスターにオ会イしタく)」
「分かった、完全な姿を見せてくれると云うのなら、1つ聞きたい。 黒曜は竜種なのか?」
「(否、紛イ物ノ姿故、マスターの記憶ニ有る『鵺』ト呼バセテもライましョウ)」
「分かった」
『鵺』か、また何とも言えない名が出て来たものだ。
頭は猿、胴体は狸で足が虎、尻尾は蛇と云う妖怪の名だが、正体不明の妖怪の名として使われる事もある。
「(コノ霧モ程好イ魔力を帯びて美味)」
「この霧が美味? 黒曜の餌はどうなってるんだ?」
「(魔素、魔力を帯びてイル物、鉱物)」
「ならミスリルや魔鉱石類も食べれるのか?」
「(爪や牙、骨ノ質をヨリ強固ニスル事が出来マス。魔物、魔獣喰らイ能力を取リ込ミマス。姿を変えマス)」
「なら人を喰らうとどうなる?」
「(恐ラク他のト同じク姿、知識、能力を複製すル事ガ出来ルかと)」
黒曜の能力がどうなったのかは、後で調べれば分かる事だが、新たな式神として頼りになる事に違い無いので、有効な使役方法を考えながら、見張りの交代まで過ごすのだった。
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翌朝、天幕から出ると黒曜の繭は姿を消し、変わりに俺の背丈程の狼の体躯に竜種の翼と鱗、荊の鬣を持ち、黒色の巻き角を生やした竜の頭部を金属光沢のある黒曜石で造り上げた様な魔獣が居た。
「狼と竜種の姿が濃いね?」
「今まで吸収した物の中で、一番有効的な物を採用した結果この姿となりました。猿や狸の魔獣は捕食していない為、見た目は『鵺』に程遠い物ですがお気に召しませんか?」
「いや、サイズ感の違いと強度が気になっただけだ。その頭は、そこに有った竜の骨だよな?」
「はい、魔石が有りませんでしたので、近隣の鉱物の中で一番硬い物を取り込み体内の成分と合成させました。大きさは変幻自在に変えられますので、今の所、最大全長15~20mなら然程能力の減衰もありません」
昨夜よりも、流暢な話し方が出来ている。カミナと渚も、警戒していない様だ。
「それじゃ、解析と鑑定をさせてもらうよ黒曜?」
「はい」
【名前】黒曜 【種族】蠱毒の式神 従魔 鵺
【体力】800,000/800,000
【魔力】600,000/600,000
【筋力】SSS
【知力】S
【器用】B
【対魔力】A
【スキル】
吸収成長 構造性質変化 フル・エレメント 状態異常無効 強酸 魔毒 荊触手 擬態 念話 複製 超再生
二人にも黒曜の能力を説明すると、カミナは呆れ、渚は頭を抱えていた。
「際限無く吸収と成長、進化と変化をし続ける魔獣か、使い方を誤れば危険だな」
「一定の種族の進化や上位化は魔獣の魔石や核を喰らい起こる現象です。でも其は回数が決まってますし、魔族化したベリトさん達も、デュラハン・ロードから進化する可能性はありますが、あっても一回か二回だと思います。それを考えたら明らかに異常ですよルーク様?」
「まぁ、危険だなってのは分かるが、蠱毒を行ったのは俺だし責任は取るよ」
二人の重圧に何とか耐えながら、責任は取ると言えた。
蠱毒の魔獣を羽化させる者は、基本的にいない、何故なら蠱毒の虫が出来た段階で、その毒を抽出して料理等に盛り、対象に飲ませて殺すのが蠱毒の使い方だからだ。
大神家にも、ごく稀に羽化させる者も居たが、その場合他の式神の贄としているか、呪具としていた。
「申し訳ないが、マスター以外の命令に従うつもりはない。弱き姿の自分に黒曜の名を与えられ羽化するまで育てて頂いた今の身で、マスターの迷惑になることは有り得ぬ、その時は自ら死を選ぼうぞ!!」
「まぁ良い。今更騒いでも仕方無い事か」
「そうですね、ルーク様にはしっかりそのペットの世話をして貰いましょう」
「蟲の姿よりは、その姿の方が他の娘どもには善かろうしな」
カミナと渚は、そう言うと荷物を纏め始めた。どうやら黒曜の管理をしっかりしろという事らしい。
「改めて宜しく、黒曜?」
「はい、マスター!!」
深い霧を歩き、俺達は再びエルザの元へ歩みを進める。
長い距離を歩いた感覚に惑わされながら、俺達は遂に目的地にたどり着いた。




