魔王の称号
〝魔王〟時にそれは勇者と魔王の出てくる冒険譚の〝悪〟として語り継がれる者の総称。
または、魔力を持つ者の頂点としての〝王〟としての意味を込めて呼んだ。
この世界にも当然語り継がれる物語がある。
世界創世記の話にも、『魔王』の名前は語られていた。……転移者の一人として。
魔王レイナ・ウォダ・エーテルネールと記載されており、リヒト・ウルムンド・レシアスの恋人とも言われている女性だった。
その為、ラファールの言う魔王の系譜とは、英雄である彼女の末裔と言う意味になるのだが……
「ルークよ、『魔王』の末裔は居ないと言われている事に疑問を持っている様だな?」
「はい、彼女は生涯を一人で過ごしたと言われていますし」
「そうだ。彼女は生涯一人であったと創世記にも記されている。その時代ではな」
ラファールは意味深な言葉で一度話を区切る。
「転生を繰り返し、ようやく見つけた転生したリヒトとの子を為していたのだから、見上げた執念よ。その為に、ベルフォートの魂を一部融合させておったしな」
「えっ!? 聞いたこと無いですよ、そんな話」
ラファールの言葉は、利人の日記にすら書いていない事柄であり、カミナから聞いた世界創世記の話でも出なかった事に驚き、つい礼節も忘れて話し掛けてしまった。
「それはそうであろう。エウリシアとベルフォートの分離、レイナとの融合は一緒の時に起きていたのだからな。……そもそもベルフォートの力を抑え込めたのも、レイナがベルフォートの良心を解き放ち奴と融合したからだ、制御する力を失った化物が崩壊していっただけの事よ」
「ラファールは何故そこまで詳しいのですか?」
流石に見てきた当事者しか知らない情報が多すぎる為、俺はラファールに尋ねた。
「余は当時レイナの従魔であり、ベルフォートとレイナの魔力によって産まれた『原種の王』知っていても不思議ではあるまい。まぁ、当時よりは歳のせいか余り速くは飛べぬがな」
ラファールは羽ばたきながら、当時の姿を思い出しているのか、少しだけ寂しそうな顔をしているようにも見える。
「ベルフォートとレイナの願いは、リヒトの子を産み育てる事だった。それも願いに満足したのか、ここ数百年、転生もしておらん様だ。そしてフォロンは間違いなくレイナとベルフォート、リヒトの子の末裔になる。余の役目は、レイナの末裔が無下に死ぬ事の無いように、善き道に進める様に守ることよ」
「成る程、それではあの姿は?」
「あれは魔王レイナの戦闘スタイルをフォロンに合わせて改良したものだ。長距離と広範囲の殲滅魔術と超高速の拳闘士スタイルを合わせた物だが、普段のフォロンはお人好し過ぎるから中々見られんのだ」
ラファールとの話しが終わる頃には、フォロンさんは何かを抱えて戻ってきたのだが、その両手には大きな袋を2つ抱えている様だ。
「待たせたね、この袋に騒動の犯人を捕らえているよ。案の定だけどこの魔導具を使っていたみたいだ」
フォロンさんは、手鏡のような物をポケットから取り出すと見せてくれた。
【移し鏡《呪》】
変わりたい相手の姿を鏡面に映し、その姿に自身を重ねることで、姿を変える魔導具。ただし、呪われている為、元の姿に戻る事は出来ない。
「「「━━━ムグッ!! ムー!?」」」
袋の中からは男女の声が三人分聞こえてきたが、フォロンさんは無視をしている様で、ニコニコと笑みを浮かべていた。
「ラヴィニア、アルマ。犯人は捕まえたよ、これで疑いも晴れるだろうし、ラヴィニアも街で怯える必要が無くなるね?」
「そうですわね、ラヴィニアの無実はこれで証明されますわ。良かったですわね、ラヴィニア?」
「良くない……良くないのです。コイツらのせいで、フォロンのお店壊れたし、アルマさんもフォロンも……怪我しました。ラヴィがそもそも馬鹿をして追放されてなければ、こんなことにならなかった!!」
ラヴィニアは袋を開き、中の人達の顔を出すと、驚く事に、ラヴィニアと同じ顔と声をした女性が一人と、柄の悪い同じ顔の男が二人縛り上げられているではないか!?
「あぁ、そうだね。でもその結果僕達は出会えたし、街での犯行はこの犯人達が、君の姿と声を真似て今まで悪さを繰り返していたのは間違い無いからね」
「だから、ラヴィは決めたのよ。アンタの側から離れて、遠くの誰も知らない街に行くって。迷惑かけてまで庇って欲しく無いもん!!」
彼女の悲痛な叫びは、木霊になり山間部に響き渡る。
「その行動が迷惑かどうかの判断はしてるのかしら、雌狐は?」
「!?」
いつの間にやって来たのか、セレーナ様が俺の後ろに立っていた。どうやら俺は抱き締められているようで、身動きがとれない。
俺の方からは顔が見えないが、フォロンさん達の顔からは血の気が引く様な表情に変わり一瞬にして凍りつくのと同時に、フォロンさんの纏っていた魔力が霧散したのは感知出来た。
「フォロン、アルマ、そしてラヴィニア。今回の騒動の犯人確保、御苦労でした。冒険者ギルドのカミナさんも増えた魔物達の討伐、ありがとうございました」
「ん? あぁ、仕事は終わりで良いのか?」
「はい、出来れば御抱えの冒険者としてお願いしたいのですが」
「それは無理だな、私は主に仕えているのでな、気持ちだけ受け取っておこう」
カミナはセレーナからの誘いを断りながら、チョーカーを指差しながら、刀の血を払い鞘に戻す。
「それは残念です。あぁ、フォロンとアルマはそこの雌狐をどうするのですか? それとこの地形の変化はフォロン貴方よね?」
カミナとの話を終えて、フォロンさん達に詰め寄るセレーナ様の迫力は、抱き締められている俺でも正直なところ……恐い。
とても良い匂いや、柔らかい感触が頭に在るけれど、差し引いても恐怖する程の圧が背中から感じられた。
直接当てられている彼らは、それこそ『蛇に睨まれた蛙』と同じ様なものだろう。
「まぁ良いわ、この犯人達が持っていた魔導具は何処? 魔鏡だったの?」
「魔鏡ではなかったよ。鏡ではあったけど呪い魔導具の方だった」
「そう、ならいいわ。犯人の身柄はそのままこっちで預かるわ。……フォロン・ドナートはこの地形の変化を元に戻してから降りてきなさい」
「分かりました、セレーナ様」
命じられた作業にすぐさま取り掛かるフォロンさんだったが、あの大群を消した魔術と同範囲の魔術痕をどうするのだろうか?
「それじゃ皆は戻りましょうか? ルーク君『転移』は出来るかな?」
ふっと背中で感じていた圧が消え、セレーナ様の声色が柔らかい物に変わった。
渚やカミナ、いつの間にか俺の影に戻ってきた沙耶も反論は無いようだ。
セレーナ伯爵邸の庭をイメージし、空間を歪ませる。
少しだけ寂しそうなフォロンさんと、ヤレヤレといった顔をしているラファールを余所に、転移門を通り抜け、商都グラファスに戻ってきたのだった。




