細工師フォロン
【セレーナ伯爵家屋敷内】
『何時までも落ち込んでいてはきっと駄目だ』
心の中では、そう思っていたが自身の問題が解決してない為、前に向きづらい。
「まさか、あんな事になるとは思わなかったしなぁ」
フォロンは外にある木材を手に取り、ノミと小刀を取り出した。
片手で表面を確認すると、下書きも無くノミで切り出していく。
「━━━━!!」
無詠唱で行う風の魔術とノミや小刀だけで、小さな溝と複雑な紋様を形作り、それらを組み合わせて幾つかの模様入り合板が出来上がった。
「━━━ふぅ」
合板を組み合わせて繋ぎ、出来上がった物は、今日来たルーク様の依頼書と同じデザインの棚だった。
しかし自分でも不思議な話。思ってしまうのだ……これでは駄目だと。
最初に依頼の作品を作った時には、彼女達が居た……でも今は居ない。
「どうしてこうなったのかなぁ。ラヴィニア……アルマ」
「どうしたも何も、貴方が優柔不断なのが原因だと思いますけど、その辺どう考えているのかしら?」
「……セレーナ様?」
「今はただのセレーナよ。全く、だから昔に言ったでしょ?余りお人好し過ぎると後で後悔すると」
セレーナはそう言うとソファーに座り、手紙を読み始めた。
「僕は、ダークエルフ族から追放された者だから、彼女の気持ちも解らなくはないんだよ」
「彼女は間違った行いで追放されたのよ。貴方は生まれで追放された。どこが同じなのかしら?」
「彼女は構って欲しかった。僕は認めて欲しかった。ほら、似てるでしょ?」
「でも彼女にはチャンスがあった。それを間違えて領民に迷惑を掛けて追放された。貴方はそのチャンスすら無かった。そうでしょ?見た目だけのダークエルフさん」
「それでもだよ。アルマの事も、ラヴィニアの事も確かに僕の責任だよ」
「なら早く答えを出せば良いじゃない?」
手紙を読みながらセレーナは、フォロンに対して見向きもせずに言った。
「アルマ、貴方の店に現れたみたいよ。何時もの物を置いてるみたいね。ラヴィニアもまだ捕らえられては無いみたい、貴方はどうするの?」
「……二人を連れ戻すよ」
「ルーク君には何て伝えましょうか?」
「お客様だけど、まだ子供だよ。説明をしてもわかるかな?」
「さぁ? でもただの子供では無いみたいだから、もしかしたら貴方の助けになるかもね。それに貴方と同じ部類の予感がするもの」
クスクスと笑いながらセレーナはフォロンの顔を見ていた。
彼の顔は、先程までの落ち込んでいる物ではなく、一人の男としての顔だ。
「本当に学生の時から変わらないのだから、仕方の無い後輩よね君は」
「昔からご迷惑をおかけしますセレーナ先輩」「どうやらルーク君が帰ってきたみたいだから、彼の秘策とやらを見てから行けば良いわ。アルマもラヴィニアも居場所は掴みましたしね?」
そこには、子供の様に笑顔を浮かべるセレーナの姿があるのだった。
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転移を行いセレーナ伯爵の庭に戻った俺は指定された場所に廃材を取り出し、一ヶ所に纏めて置く。
そこにセレーナ様とフォロンさんがやって来た。
「ただいま戻りました。セレーナ様、フォロンさん」
「おかえり、ルーク君。いきなり転移を使ったのには驚いたけど、魔力は大丈夫かしら?」
「そこにあるのは僕の作品だね、壊れてしまった物だけど。これをどうするんですか?」
「まぁ、離れて見ていて下さい。」
セレーナ様は、魔力の心配をしながらも俺の行動に興味を持っているのか、少しだけ声色が高くなっていた。
フォロンさんは首をかしげて断面を触っていたが俺の言葉を聞いてその場から離れて行く。
「行きます━━『回帰』」
放たれた魔術は、廃材と化した家具の時間を遡るかの様に元の姿を取り戻していく。
漸く光が消えた所で、セレーナとフォロンの二人は、己の目を疑う事になる。
何故なら、セレーナからすればそこには無傷の家具が、フォロンからすれば頼まれ自身が作成した品物が、そのまま並べられている光景だからだ。
「は……ははっ……まさかっ……!?」
フォロンさんは驚く表情を浮かべると、そのまま紋様や溝に魔力を流し入れる。
魔力に反応して、淡い光を放つとその光は一つの点に集まり、構成された魔術陣を浮かび上がらせた。
魔術陣には製作者のサインが刻まれている様で、『アルマ』『ラヴィニア』『フォロン』の名が記されていた。
「そうでした。フォロンさんのお店で一人女性に会ったのですが……」
ラヴィニアと明記されている事に驚きながら、セレーナ様とフォロンさんに、店で遭遇した女性についての話をすると、帰ってきた言葉は、俺の予想とは違う答えだった。
「それはラヴィニアではないわ。アルマというフォロンの所で働いていた娘よ」
「あぁ、店員さんでしたか。所でこの家具に『ラヴィニア』の名が刻まれているのですが、どういう事ですか?」
「それについてなのですが、ルーク様。大変申し難いのですが、暫くお待ちして頂けませんか? 必ずお話いたします」
フォロンさんの顔をよく見ると、先ほどの職人の顔でも、のんびりしている時の顔でも無く覚悟を決めた男の顔だった。
そして、ニヤニヤと笑いながら、彼の影に潜り込む沙耶の姿がそこにはあった。
その表情は、完全に玩具を見つけた子供の様に、とても良い笑顔だった事は言うまでもない。
「そうだわ、アルマとラヴィニアはフェーヴ山道に居るみたいだから急ぐなら雷獣を出すわよ?」
「セレーナ様の雷獣には頼りません。これは僕の問題ですから空から行きます」
「なら頑張りなさい? フォロン・ドナート」
セレーナ様の言葉を聞いてフォロンさんは、魔力を込めた魔術陣を展開し始める。
途端に、背筋が凍りつく様な異質な魔力が屋敷を覆った。
「フォロン・ドナートの名において命ずる。来たれ、天空を駆る鷲獅子━━ラファール」
召喚の魔術陣が色濃く輝き、喚ばれたもの。
漆黒の体躯と額に白十字の模様を持つ高さが4~5M程はあるグリフォンだった。




