渚と沙耶のお使い
【王都レシアス 外壁門】
「それでは行って参りますね、ルーク様」
「明日の昼頃には戻ると思う。土産物には期待するな」
「まぁ、てきとーに行ってくるねお兄ちゃん」
カミナと沙耶、渚の三人はそう言って外に出て行った。
理由はとても簡単で、ついに屋敷が完成したのだが、その屋敷に用意する家具を西北部の『商都グラファス』に向かい、取りに行って貰うためだ。
ここ数日、山間部での魔物・魔獣の被害が増えており、冒険者ギルドにも依頼が舞い込んでいるらしい。
その為、装飾品やベッドを頼んだフューネラルデ商会の品物が届かないと話を聞いた渚が提案をしてきたのが切っ掛けだ。
屋敷内部の彫刻などは、ドワーフの棟梁ガレーさん達が他の作業員と共に仕上げてくれたのだが、家具に関してはお手上げらしく
「すまんが、家具に関しては無理だ。それこそエルフの所か人族の作業だ。知り合いに頼めなくもないがどうする?」
「ガレーさんは作れないんですか?」
「俺達ゃドワーフは洞窟を加工して住んでるからな、ベッドなんて物は宿屋にしか無ぇ。それに大半のドワーフは採掘やら鍛造の作業所で寝る事が多くてな……この屋敷に合わせた装飾入りのベッドを作るとなると他の作業と平行になるから時間が無ぇ」
要はそこら辺何処でも寝れるから、ベッドの作り方は知っているが、簡素にしたくないので時間が必要と言われたのだ。
そこで、ガレーさんの知り合いのフォロンという職人に頼む事にしたのだが、人族ではなくエルフ族の職人らしく、エルフ族の中でも山岳部に村を構えて住むダークエルフ族という種族だった。
その山岳部が今回の魔物・魔獣が増えている地域なのだが、同時に商都の通り道でもあるのだ。
ギルドからの指名依頼もあり、カミナは増えた魔物や魔獣の討伐に、沙耶と渚は頼んだベッドや食器棚などの家具を取りに行く事になった。
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【山道】
「(ここで解散するぞ、二人とも)」
フェンリル形態のカミナは二股に別れている道に差し掛かると渚と沙耶に提案をした。
「そうですね、貴女の事ですから心配は無いと思いますが、お気をつけて」
「(そっちも気を付けて行け、何も無いとは思うがあれば心配しかねん)」
そう言ってカミナは馬車が通る道を疾走するかの如く駆けて行った。
カミナを見送った渚はそのまま歩き始めるのだが、沙耶はそのまま立ち止まっていた。
「それでは渚達も移動をしましょうか?」
「そうだね、商会の人に名前と品物の控えを渡せば良かったんだっけ?」
「はい、渚が持っていますので沙耶様のお仕事は品物を収納して貰う事になります」
「了解です。所でさ、渚一つ良いかな?」
商都での仕事を確認した沙耶は、渚に問うように尋ねた。
「どうかしましたか? 沙耶様?」
「この後の道程はさぁ……徒歩?」
「あぁ、ここまでがカミナに乗りましたからね」
「流石に徒歩だと厳しくない?」
道中はカミナに乗り移動をしていたので、然程苦労もなかったが、この山道から商都グラファス迄は身体強化を用いて走っても半日以上の距離があった。
何時もならカミナの乗って移動をする為、問題ない距離だが、今いる場所から徒歩では峰を越えるためどうにも時間がかかりすぎる。
「心配要りませんよ、渚の背に乗って行きますので」
「えっ?」
渚は沙耶の返事を待たずに、岩影に隠れると着物を脱ぎ始める。
「ちょ、ちょっと渚さん!?」
「これで準備は終わりましたよ」
岩影から出てきた渚の姿は、所々違う所もあるが、沙耶の記憶にある水蛇の姿に似た龍だった。
「これが渚の龍化なんだぁ」
「この姿なら、カミナと同じとまではいきませんが、明日のお昼にはルーク様のお屋敷に戻れます」
「じゃ、お兄ちゃんの好きそうな物を選ぶ時間もあるね……よし、それじゃ出発!!」
着物を渚の魔法鞄に入れると、沙耶は渚の背に捕まった。
渚は沙耶をそのまま魔力で覆い保護する様に結界を展開すると鎌首を持ち上げ天を見る。
次の瞬間、吹き荒れる風を纏いながら、渚は飛翔し商都の方角へ向かう。
暫くして商都グラファスの外壁にたどり着い渚と沙耶は、ルークから預かった身分証を提示し貴族用の門から商都グラファスに到着した。
「へぇ~、ここも随分と賑やかだねぇ」
「商都グラファスでは鉱山から採掘される魔鉱石の原石や魔結晶、その他にも珍しい品物を扱う業者も多いですからね……ここですね?」
周りを見ながら歩く沙耶とメモを見ながら、目的の店を探す渚だったが、記載された店は何とも言えない状態だった。
店の壁には穴が開き商品は壊され、店主らしき人も店員も居なかったのだ。
「ありゃ? どうしたのこれ?」
「お嬢さん達、もしかしてこの店に品物でも頼んでたのかい?」
「ええ、そうなんですよ」
店の状態を見ていた所で、中年の女性が話し掛けてきた。
「ここの店主なら、貴族様に逆らったとかで今朝、領主館に連れて行かれちまったよ」
「えっ? どうしてですか?」
「何でも他の貴族様に作った品物をこの近くの子爵家が無理やり持っていこうとしたみたいでね、ついやっちまったのさ」
「強奪しようとしたのはメリーズ子爵家だったな。家督を継いでから領民が減ったとか傲慢な話で有名な女子爵様だよ」
話をしていると、他にも近所の人が集まってきて、いろんな事が分かってきた。
狙われた品物が自分達の注文したベッドやクローゼットであったこと。
今までもメリーズ女子爵は、彼に対して様々な嫌がらせをしていたらしく、今回の事は起こるべくして起きた事らしい。
とはいえ、この商都の領主もその事は把握しており、対策をしようとした矢先の出来事だったそうだ。
近隣の人達からも、同情的な言葉が多く聞かれ慕われている様だった。
「分かりました。私が何とかしましょう。メリーズ子爵には、少しお話をしないと」
「……これは時間がかかるかもしれませんねぇ」
壊れた自分のベッドを見て目の色を変えた沙耶を見て、渚は頭を押さえながらの呟くのだった。




