見たものは……
地下室の先で見たものは、人体実験の痕跡と被験者となった子供と思われる者達の姿だった。
合成生物と呼ばれる外法。
子供と魔物や魔獣の肉体を、魔石と血を用いて強制的に混ぜ合わせる異形の生命が、そこには存在した。
「タ、スケテ、タス、ケテ」
目の前の大型な檻の中に居る、両腕が熊の物になっているケンタウロスが、声をあげる。
しかし、顔を見たバルバドス伯爵と兵士達は、直ぐに顔をしかめる。……その身体に着いた頭部は、捜索願いが出されていた子供と一致していたのだ。
他のキメラを見てみれば、辛うじて人の身体をしている者や、この子供よりも魔物や魔獣に近い身体になっている者も居た。
幸いと言って良いのか分からないが、知性はある様で、話を出来る者が多く居たのだが、大半の者は生きる気力を失っていた。
何か無いかと、俺達はバルバドス伯爵とは別に、周囲にある資料や本を探し始めるが、目ぼしいものは見当たらなかった。
もう少し詳しく調べるつもりでいたが、ベリト達が戻ってきたと、ゴームから言われベリト達を迎えに行く。
その際にベリトとノルドから渡された手記が、解決のヒントになりそうなものだった。
どうやら、無理やりグレゴリーからこの研究をさせられて居た人の物で、ベリトの探した地下室でその手記と亡骸が見つかった。
内容は、キメラの作成についての事を書いていたが、人質や弱みを握られている事で断れなくなっている事や、罪悪感で幻覚を見始めている事がうかがい知れた。
そのなかで、何度か出てきている言葉がある。
「本物の医神の魔導書さえあれば」「医神の魔導書の偽物しかないのか、このままでは……」
筆跡からも、悲痛な叫びが聞こえそうな程の訴えが書いてあった。
この手記を持ってバルバドス伯爵に尋ねると、何かを思い出している様子で、唸り始めてしまった。
すると、俺の影に潜んでいた沙耶とカミナが現れ、話しかけてきた。
「お兄ちゃん、話があるの」
「もしかしたらだが、この者等を助ける術が得られるかもしれん。着いてこい」
二人は何時もよりも真剣な声で言っていたので、俺はおとなしく着いて行く。
「お前の持ち物に、掠れた文字の魔導書があっただろう?魔力の乱れた魔導書が」
確かに異次元鞄には暇な時にでも『回帰』の魔術をかけようと思い、入れっぱなしにしていた魔導書の贋作?らしき物が入っている。
「それ、多分だけど、本物だよ。恐らく誰も使わないで、保存も悪い状態だったから魔力が乱れているんだと思うの……だから『回帰』で本来の魔導書に戻せば、大丈夫な筈だよ」
「分かったよ。……やってみる」
俺は、魔導書を取り出して『回帰』の魔術を発動させる。
魔力を込めて、初めて分かった事がある。
明らかに、贋作魔導書の持つ魔力量ではなかった。
俺の魔力だけだと、この魔導書を元通りにするには、魔力が足りないらしい。カミナと沙耶が俺の手を握り、魔力を流し始めた。
「そのまま循環して、お前の魔力量を増やしながら作業を早めるぞ!」
カミナは、そう言うと更に魔力量を増やして送ってきた。
「とりあえず、私の魔力も流すから後できちんと回収させてね?」
「ありがとう、二人とも……助かる」
沙耶の魔力もカミナの魔力と一緒に、俺の体内で循環させ、魔導書へと流し込む。
二人の魔力も受けた魔導書は、次第に色が変わり、本来の姿へと変貌を遂げた。
【時の魔導書】
前世でいた、時を司る神の名を冠した魔導書と、その魔導書にちょこんと腰を掛ける、薄紅色の長髪をした小さな少女は俺を見て口を開いた。
「お主が新なマスターか? なんぞおかしな魂をしておるが……まあ良い。我が名はクロノスグリモワールの魔神也、契約の証を立てよ、小僧」
契約の証を立てよと言われても、どうしたものか……とりあえず、時の魔神と呼んでいるので、懐中時計を取り出してみるが、反応が悪い。
「何故に時計を出している? 早う証を立てよ!」
魔神と名乗った少女は、頬を膨らませている。
取り敢えず、古い上位契約の言葉を用いてみることにした。
「私は汝と契約を求む者なり」
「汝の願い、我が契約と足るか?」
どうやら正解のようだ。俺は続けて願いを乞う。
「私の願いは、眼前の悲劇を、起こり得ぬ奇跡を持って無くしたい」
「それは、汝の真の願いと呼べるのか?」
「可能な限りでも良いから、この手で助かる命があるのなら、見捨てることは出来ないかな」
「我の力は、時の力。〝過去〟〝現在〟〝未来〟全てを見通し、変える力がある。然れど、払う代償も大きな物となる。小僧、貴様にその覚悟はあるのか?」
魔神の魔力が覆い被さる様に、身体を包み込む。潰されないように、気力でこらえながら、声を出していく。
「……どの様な代償を支払えば、良いのですか?」
「我の力を行使した際に……そうさな、翌日1日、お前の身体に流れる時間を停止する」
「人よりも寿命が伸びると言うことですか?」
「否、寿命はそのままだ。ただ1日失くすと考えれば良い。寝て起きたら翌々日になっていると考えれば良いぞ」
……代償が1日を失くす。普通に考えれば、とんでもない代償ではあるが、能力からすれば、安い代償だろう。しかし、実際の効果が分からない為、安易に使えないのも事実であった。
ルークが悩んでいる様子を見ながら、クロノスグリモワールの魔神は問い掛ける。
「フム、では今回は特別に、我の力を代償無しで使わせてやろう。朽ち果てる所を最善の状態とまでは行かなかったが、直した礼じゃ」
「良いのか? それはありがたいが……」
「ほう、魔神と名乗っている割りに、サービスが良いのだな?」
その言葉を聞いたカミナは、魔神に対して少し驚いた表情を浮かべ呟いた。
「ふん。我とて礼儀を知らぬうつけ者出はない。そういうお主も魔神狼であろうに、このような小僧に従っているではないか?」
「こやつは特別だからな、他の者なら当に喰っておるさ」
カミナは、楽しそうに微笑みながらルークの影に潜り込むと、そこに残されたのはルークとクロノスグリモワールの魔神だけとなったのだった。




