依頼当日
依頼当日、俺達は再び、砕氷の古代湖の受付に居た。
ビクターとジンの二人は既に来ており、作業員の格好をした男達が5名いたのだが、どうも様子がおかしい。
目が血走っている者や、何かを見つめている者。小さな声で、時折「ようやくこの日が」と呟いている者………なんとなくではあるが、理解できる。
おそらく、誘拐された子供の父親達なのだろう。確認した書類の中には含まれていなかったが、捜索依頼が冒険者ギルドや、大きな商館に貼り出されていた。
年の頃も俺達とそう変わらないか、少し上くらいだろうと思う子供の捜索依頼だったので、何とはなしに気に止めていたのだ。
ビクターの所に行くと、そのまま中に入るらしい。受付のスタッフが何かをビクターに渡していた。
「ルーク殿、そのまま聞いてください。グレゴリーは、既に10階層のセーフゾーンに居るそうです。我々は今回、貴族の仕事であるダンジョンの調査・討伐・解放の内、調査の任務としてこの砕氷の古代湖の11階に存在する上層の湖、アルガ湖の水中を調べる事になっています」
「これはバルバドス伯爵様より、3人で調査した証を揃えて出せと言われているから、愚兄も動かざるを得ない。その為の魔導具も渡されているからな」
そう言ってジンは、肩に掛けている鞄を持ち上げる。中に入っているのは、調査用と書いてある魔法の収納箱と調査対象の記載項目が書いてある紙だそうな。
マジックボックスには、時間経過が緩かになる
魔術式が記載されている代わりに、容量が少ないという欠点がある。
時間経過に関しては、かなり強い物を使用しているので、魚などの生物でも1ヶ月位ならば問題無く保存出来る物だとベクターは言っていた。
ただし、温度変化を防ぐ事は出来ないため、物によっては取り出した途端に、氷ならば溶け始めたりするそうだ。
そんな説明を受けながら、俺達はダンジョンに足を踏み入れた。ダンジョンに入ってから直ぐに、前衛に3騎士を配置しフェンリル形態のカミナと俺は、真ん中にいるベクター達の両サイドに陣取った。
後方は、俺の影に潜む沙耶が目を光らせて要るので、死角はほぼ無い物となっている。
階段の場所に関しては、2階からがランダムに配置される為、ここは氷堆丘猿達の群れに注意しながら進むだけだった。
2階以降は『探索』や『索敵』の魔術で階段を見つけて行く事にしたのだが、魔物や魔獣の群れが多い箇所を避けて行くので、作業員達の疲れも出るかと思ったが、そうでもなかった。
時折、薄碧の小瓶を取り出しては、飲んでいる所を何度か目にした。
どうやら、疲労回復薬を飲んでは疲れを回復している様だ。ただし、怪我を治すような物では無いので、あくまでも疲労回復のみの効果だが、効き目は一目瞭然だった。
疲れ果てた顔ですら、一口飲めば、たちまち元気になっていたが、効果が強すぎる様な気がする。
「問題無いので安心を、このポーションは特別製なのですよ。基にしたのは普通の物ですが、これを濃縮した液体を入れていますのでね」
そう言ってベクターは、小瓶をくれたのだが、それは、氷結亀の生き血だった。
「こいつは、元々が活力剤もとい、精力剤の調合に使われる物だったのが、錬金術の融合などの触媒にも高い効果があったので、今では様々な所で取引されているのです」
つまり精力剤の効果に近い疲労回復薬という訳だった。感心していると最後の階段を発見した。
10階層のセーフゾーンに続く階段だ。先ずは3騎士の内ゴームとベリトに先行させ中の様子を確認させた。
念話でセーフゾーンには、この場に似つかわしくない服装の、やや小太りな男が不満そうな顔で、降りてくるベリト達の姿を見ていたらしい。
特徴を、ベクターとジンに確認すると、グレゴリーで間違いないとの事だが、そんな装備で、良くこの階層に来れたものだと感心していると、ジンから驚きの一言を聞かされた。
「奴がこの階に来れたのは、奴が従えている魔獣の力だろう。【呪い蜥蜴】と【人喰い花】のな」
「人喰い花ですか?」
本来寒い地域や、環境では人喰い花は生存出来ない筈だ。
「胸糞悪い話だが、奴の人喰い花は人を苗床にした禁制の物だ。しかも苗床にされたのは、奴が飽きた子供がされている可能性が高い」
ジンは顔を歪めながら、苛立ちを隠せないで居た。数年前からジン達はグレゴリーから本邸を追い出され、敷地内にある別館に隔離状態であり、グレゴリーの狂行を止められなかったのだ。
人喰い花の繁殖力は、そこまで高い物では無い。火や氷に弱いため、湿地や森の中である程度育ち、人や動物を誘う幻惑効果の高い香りを散布させて苗床となる者を根や蔓で拘束するのだ。
厄介なのは、苗床の身体を操り移動する事と、人を苗床にした際の特殊進化に魔術を扱う個体が出来る事だろう。
そして、今回の禁制が、拐われた子供では無い事と、特殊進化型の魔物で無いことを祈るのだった。




