第七話 四人目は……
「ううー! よく寝た!」
翌朝。
俺はサーシャさんの家のベッドで、少し遅い時間に起床した。
昨日は夜中まで武器の片づけをしてたからなぁ。
冒険者としてそこそこ鍛えていたとはいえ、ちょっとばかり疲れていたようだ。
「おーーい、飯だぞ!」
「あ、はい!」
サーシャさんに呼ばれて、一階の食堂へと向かう。
するとテーブルの上に、見事な出来栄えの朝食が並んでいた。
パン、スープ、サラダにベーコンエッグ。
どれもこれも美味しそうで、たまらずよだれが出てしまう。
「おお……! これ、誰が作ったんですか?」
「私やで」
「え? 本当?」
俺は思わず、リーツさんの顔を覗き込んでしまった。
すると彼女はわかってないなとばかりにため息をつく。
「自炊は節約の基本やで。外食ばっかりするのはもったいないわ」
「なるほど、確かに」
「そうやって浮いた金でカジノに行く! それが私流や」
「……それ、一番大事なとこ間違ってません?」
俺がそう言うと、リーツさんは「さよか?」と不思議そうな顔をした。
この辺が、ほんとにわかってなさそうなのがリーツさんの怖いところだなぁ。
パーティを組んだけど、お金のことだけは絶対に任せないようにしよう。
「二人とも、早く食べろ。出発が遅くなるぞ」
「あー、せやったせやった!」
パクパクパクと料理をつまみ始めるリーツさん。
昨日もたくさん食べたのに、相変わらずの食欲である。
賢者ってあまり食べるイメージないけれど、リーツさんは例外なのかな?
「しかし、見事に晴れたな。この分なら、樹海の天気もよさそうだ」
窓の外を見ながら、目を細めるサーシャさん。
フシノ樹海は、地形の都合から晴れる日が極端に少ない場所だ。
それが綺麗に晴れ渡るなんて、とても運がいい。
「もしかしたら、天も味方してくれとるのかもしれへんな」
「そうですね。最初はどうなることかと思いましたけど」
「あとは聖剣を手に入れて、魔王を討ち果たすのみだな!」
天を指さし、高笑いをするリーシャさん。
それにつられて、俺とリーツさんも笑みを浮かべた。
だがその時だった。
「ごめんくださーーい!」
玄関から聞こえてきた声。
途端に、俺たち三人の背筋が凍り付いた。
これは間違いない、受付嬢――いや、魔王の声だ!!
「な、何でまた!?」
「みんなで聖剣を取りに行こうとしてることに、もう気づいたんですよ!」
「そんな、ここでかいな!」
「あの受付嬢、情報を漏らしたな!?」
俺たちが戸惑っている間にも、ノックは続いた。
さらにその音は次第に大きさを増し、乱暴なものとなっていく。
ま、まずいな。
たぶん、向こうにも俺たちの声は聞こえているだろう。
居留守をしてやり過ごすことは、恐らくできない。
「で、出なきゃいけないですよね……誰が行きます?」
「ここはやっぱり、リーダーで家主のサーシャちゃうん?」
「待て待て、私は口が下手だ。言い訳の上手いリーツ、お前がいけ」
「む、無茶言わんといてや! ほんまにキレとる奴には、言い訳って逆効果なんやで!」
「ならば……」
二人の視線が、揃って俺の方へと向けられた。
俺はたまらず席を立とうとするが、動けない。
慌てて下を見れば、リーツさんとサーシャさんの足が揃って俺の足を踏みつけにしていた。
ヤバい、逃げられない!?
「頼むわ~! あとで十ゴールドあげるから!」
「もともとは、お前がまいた種なのだからな。自分で処理してくれ」
「そんな薄情な!?」
「大丈夫、骨は拾ったるから!」
んなこと言われても……!
俺は何とか抵抗を試みようとしたが、二人の圧力は凄かった。
ここで待っていても、安全とは限らないし……。
ええい、覚悟を決めるしかないか!!
「わ、わかりました。行ってきます!」
こうして俺は、ゆっくりと慎重に魔王が待つ玄関へと向かった。
そして、家のドアをそろりそろりと開ける。
するとそこには、にこやかな笑みを浮かべた魔王の姿があった。
「あ、アルトひゃん? どうしてここに?」
「あなたがパーティを結成したと聞きましたので、確認のために」
そう言うと、魔王はこちらに向かってズイッと身を乗り出してきた。
彼女はそのまま目を細めると、そら恐ろしい声を出して言う。
「余の秘密、洩らしてはおらぬだろうな?」
「も、もちろんですよ。ええ!」
「本当だな? 強者どもを集め、よもや余を討ち果たそうなどとは考えておらぬな?」
さすがは魔王、俺の考えなんてお見通しだったらしい。
まずいな、対応を間違えれば間違いなく殺されちまうぞ……!
額に大粒の汗がつぎつぎと浮く。
「も、もちろんですよ! そんなこと考えるわけがないじゃないですか!」
「そうか。だが、そなたたち人間は信用ならぬからな」
そう言うと、魔王は腕組みをして考え込むような仕草をした。
ごくりと唾を飲む。
時間の流れが嫌にゆっくりに思えた。
今この時こそ、間違いなく俺の人生において最大の危機だぞ……!
身体全体が自然と震えてくる。
「念のためやってしまうというのも手だが、あまり事件は起こしたくないな」
「じゃ、じゃあ……!」
「確か、そなたたちのパーティは三人だったな」
「ええ、そうですけど。何か?」
俺がそう言うと、魔王はニヤァっと邪悪な笑みを浮かべた。
そして――
「余を四人目に入れろ」
あまりにも予想外の言葉。
意識が遠のいた俺は、その場でぶっ倒れてしまうのだった――。