第五話 聖剣の由来
「いやー、助かったわ! 飯代まで持ってかれてしもうたからな!」
カジノから少し離れた場所にある酒場。
そこで俺たちは、リーツさんと一緒に食事をしていた。
よっぽどお腹を空かせていたのだろう。
骨付き肉を豪快にほおばる彼女の姿に、サーシャさんがやれやれとため息をつく。
「まったく。ギャンブルにはまるのも、たいがいにした方がいいぞ?」
「せやなぁ。これまで負けた分を取り返せたら、引退するわ」
「負けた分って……お前、金額が大きすぎてわからないって前に言ってなかったか?」
「そう言えばそうやな。あかんわ、こら一生やめられへん!」
こりゃ参った、とばかりに額を抑えるリーツさん。
うーーん、おっさんっぽい。
それも、場末の酒場で武勇伝を語り聞かせるようなめんどくさいタイプの。
見た目は小柄で元気な美少女だというのに、中身がすべてを台無しにしている。
この人、本当に賢者なのだろうか?
さすがに疑わしくなってきた俺は、こっそりと鑑定スキルを使った。
名前:リーツ・カルセチア
年齢:17
職業:賢者
体力:120
魔力:530
攻撃:70
防御:80
敏捷:140
幸運:10
スキル:属性魔法(火・風・土・水)・錬金術・薬草学・理力法・杖術・古式詠唱術
備考:多重債務
つ、強い……!
魔王にはさすがに劣るものの、ずば抜けた魔力。
体力や攻撃と言った数値も、魔法職としてはかなり高い水準にある。
加えて、圧倒的なまでに充実したスキル。
属性魔法を四つも習得している人なんて、今まで見たことがない。
幸運の値と備考の多重債務が、あんまりにもあんまりだが……強者であることは確かだ。
「人は見かけによらないんだなぁ……」
「ん? どしたん?」
「その、ステータスがすごかったんで」
俺がそう言うと、リーツさんは不思議そうに首を傾げた。
自身のステータスについて、俺が知っていたことが意外だったらしい。
するとすかさず、サーシャさんが説明に入る。
「こいつは鑑定スキルを極めているからな」
「鑑定を? へえ、そら珍しいなぁ」
「ええ。いろいろと事情があって」
「どうせ、女の秘密でも暴こうと思ってたんだろ?」
ニヤッと笑いながら、ツッコミを入れてくるサーシャさん。
まさしく図星。
俺はたまらず動きを止めたものの、どうにか再起動して首を横に振る。
「ち、違いますよ! 失礼な!」
「ほう? では何のために?」
「え、えーっと……ひよこの判別をしたかったから? と、とにかく! 今はそれどころじゃないですって!」
そう言ってごまかすと、俺は改めてリーツさんの方を見た。
そしてここに至るまでの事情を、つらつらと説明していく。
たちまち、料理を食べて緩んでいた彼女の表情が険しくなっていった。
やっぱり、ただの遊び人ではないな。
視線の奥に、独特の存在感というか凄味があった。
「それで、私に聖剣について聞きに来たってわけかいな」
「ああ。お前ならいろいろと詳しいだろうと思ってな」
「もちろん、仮にも賢者やからね」
「じゃあ!」
「ええよ、知っとることは教えたるわ。飯も奢ってもらったことやし、町ぶっ飛ばされたりしたらたまらんからなぁ。手を貸すで!」
笑顔を浮かべると、ガッツポーズをするリーツさん。
おお、こりゃ頼もしい!
賢者が仲間になってくれれば、まさしく百人力だ。
俺はすぐさま立ち上がると、深々と頭を下げる。
「よろしくお願いします!」
「ええってええって。じゃ、まずは聖剣の由来から語ろか。二人とも勇者についてはどれぐらい知っとる?」
「魔王を倒した者ということぐらいか」
「えっと、三百年ぐらい前の人でしたっけ」
「ふむ。つまりは二人とも、ほとんど知らんってことやな」
ふむふむと、リーツさんは納得したようにうなずいた。
確かに、彼女の言う通りだ。
魔王を倒した勇者というのは実在するが、不思議とあまり有名ではないんだよな。
ぶっちゃけ、名前すらほとんどよく知られていないし。
「ま、無理もないわ。勇者ネドルの伝説は、まーったく人気あれへんからな。やったことを考えるとしゃーないのだけども」
「何ですか? よっぽど、えげつないことでもしたんですか?」
「まあな。けど、そのおかげで今人類が存続しているのも確かなんや」
そう言うと、リーツさんはふうッと大きく息を吐いた。
そして、どことなく呆れたような顔をして語る。
「勇者ネドルの戦った大魔王ファンドスってのはな、それはもうどうしようもないほどの強者だったそうや。けど一つ、大きな欠点があってな」
「何なのだ?」
「女好きだったんや。それも、目についた美女を片っ端からハーレムに入れるぐらいの」
「ぶっ!?」
予想外の単語に、たまらず噴き出してしまった。
すかさず、隣にいたサーシャさんがコホンッと咳払いをして俺をなだめる。
おっと、いけない。
今はこんなことで驚いている場合じゃなかった。
「話を続けるで。そんな大魔王やから、子どもも妻も仰山おったんや。で、次の魔王の座を巡ってそれぞれ水面下で火花を散らしとった。魔界に潜入したネドルは、その争いに目を付けたってわけやな」
「ほうほう……それで、具体的には何を?」
「魔王の妻を次々と寝取ってな、それを魔王の息子たちの仕業にしたんよ」
「おおう…………」
俺とサーシャさんは、揃って言葉を失った。
そりゃ、そんなことすりゃ人気でないわ!
子どもに教えたりできないもんな!
手段を選ばないにもほどがあるというか、そもそもそんな手段をよく思いついたもんだ。
これを実行した奴、ほんとに勇者か?
まぁ、魔王の妻にチャレンジしようとする姿勢は確かに勇者かもしれんが。
「当然やけど、そんなことされた一族はガッタガタ。ネドルは魔王が心労からくる寝不足と便秘で苦しんでるすきをついて、見事に討伐を成し遂げたってわけや。その時に使われたのが、フシノ樹海に眠る聖剣なんよ」
「…………何か、すごく触れたくない剣なんですけど!」
「ああ。聖剣を欲しいと思っていた気持ちが、どんどんしぼんでいく……!!」
「あー、でも品自体は良いものらしいで? 古の女神たちの加護がたっぷりと詰まっとるって話やから」
そう言われてもなお、渋い顔をし続けるサーシャさん。
女の子としては、そんな勇者の使ってた剣なんて欲しくないよなぁ。
そこらの木の棒よりも、よほどばっちい感じがするし。
こう、変な病原菌とか繁殖してそうだ。
「まあまあ。便秘の魔王を貫いた剣でも、人類を救ったのは間違いないんや。馬鹿にしたら罰が当たるで」
「そう言うと、余計悪化して聞こえるからやめんか!」
「さよか? あと、聖剣ってオリハルコンでできとるんやで。ことが済んだ後で売れば、三人で山分けしても一生遊んで暮らせるぐらいにはなるんやないかな」
「それを早く言え!!!!」
俺とサーシャさんの声が、見事に重なった――。