第四話 賢者
「まず重要なのは、敵の目的だな」
たんこぶをさすっていると、サーシャさんがいくらか落ち着いた声で言った。
俺をぶっ飛ばしたことで、何かスッキリとしたのだろうか?
その顔は冷静で、見ていてとても頼もしい。
さっきまで胸のことで狼狽していた人とは、思えないぐらいだ。
「それならやっぱり、勇者抹殺とかじゃないですか? ギルドに潜り込んでいれば、それらしき人間が現れた時にすぐわかりますし」
「ありそうだな。しかしそれなら、こんな田舎町の支部より王都の本部に入ったほうが良いだろう」
「あー、たしかに」
冒険者ギルドの本部には、登録されているすべての冒険者のデータが集まる。
よって情報を集めたいなら、そこへ潜入したほうがよっぽど確実だ。
片田舎の受付嬢では、できることなんてたかが知れているし。
「この街に来たからには、やっぱりこの街でないといけない理由があるのかも」
「うーむ、そうだとすると……聖剣を求めているのかもしれんな」
「聖剣? 何ですかそれ」
「お前、知らんのか? この街の冒険者なら、だいたい知っている噂だと思っていたが」
眉をひそめ、怪訝な顔をするサーシャさん。
いや、それについては……ねぇ。
俺は軽く苦笑すると、すぐさま彼女から目をそらした。
すると理由を察したらしいサーシャさんが、ポンッと手を叩く。
「ああ、そうか。ぼっちだったから聞かなかったんだな」
「はっきり言わんでください! つか、サーシャさんだってほとんどソロじゃないっすか!」
「わ、私は良いんだ! 仲間がいないのではなく、作らなかっただけだからな!」
「……ほんとですかそれ? そういうこと言う人って、だいたいできないだけの人ですけど」
俺がそう言うと、サーシャさんの動きがピタリと止まった。
わかりやすいことこの上ない反応である。
まあ、実力が圧倒的すぎて近づき難いとかは言われてたからなぁ……。
こうやって話してみると意外にフレンドリーだが、表面的にはとっつき難い感じもあるし。
「……そ、それはひとまず置いておいてだな。今は聖剣についてだ!」
「ええ。それで、その聖剣っていったい何なんです?」
「聖剣というのは、かつて勇者が闇を打ち払うために使った剣だ。女神の加護が込められていて、途方もない光の力を秘めているのだとか」
「へぇ……」
「それが、この街の南に広がるフシノ樹海に眠っているらしい。まあ、今まで見たものは誰もいないがな」
「なるほど。でも魔王が来たってことは……」
魔王ほどの大物が、何の確証もなく動くとは思えない。
伝説を信ずるに足りるだけの根拠があるのだろう。
サーシャさんもそう思ったのか、ああとうなずく。
「ああ、噂はおそらく本当なのだろうな」
「うーん、どうします? 何とか聖剣を探し出して、魔王より先に抑えますか?」
もし聖剣が言われている通りの品だったら、魔王との戦いにおいて絶対に役立つはずだ。
幸いなことに、サーシャさんは様々な魔剣を使いこなす歴戦の女騎士。
恐らく聖剣も、上手く力を引き出し扱うことが出来るだろう。
「そうだな。ひとまずは、この聖剣についてもっと情報を集めなくては。やみくもに動くのは無謀だ」
「そりゃそうですね。えっと、誰か詳しそうな人とか知ってます?」
「一人心当たりがある。魔剣の整備をいつも依頼している賢者だ」
「おお!!」
賢者とは、魔法や錬金術に精通した知恵者のことである。
一般には、魔法大学を優秀な成績で卒業しないと名乗れない肩書だ。
そのためとても希少で、なおかつ社会的地位も高い。
俺のような低ランク冒険者では、滅多に会うことなんてできない雲上人だ。
「そんな知り合いがいるなんて、さすがはサーシャさん! 話を聞くついでに、ぜひ仲間に加わってもらいましょうよ!」
「そうだな。あやつの魔法ならば、戦力としても申し分ない。よし、早速会いに行こう」
こうして宿を出発し、歩くこと十数分。
俺とサーシャさんは町の中心部へとやって来た。
賢者というぐらいだから、本でも読んでいるのだろうか?
そう思って俺が図書館を見ていると、サーシャさんはその前を素通りしていった。
「あれ、ここじゃないんですか?」
「ああ。あやつがいるのはもう少し先だ」
そう言うと、さらにずんずんと突き進んでいくサーシャさん。
次第に、周囲の雰囲気は猥雑なものへとなっていく。
賢者って、意外な場所にいるものだな……。
意外に思った俺がキョロキョロと辺りを見渡していると、サーシャさんはある建物の前で立ち止まる。
「ここだ」
「え? ここ……カジノじゃないっすか!」
ギラギラとした装飾を見上げながら、叫ぶ。
人の欲望にまみれたここは、この世で一番、賢者とは縁遠そうな場所だ。
そりゃ、賢者だって人間だ。
人並みの欲望はあるのかもしれないが、それにしたって……。
「大丈夫だ。この時間はいつもここにいるからな」
「はぁ……」
「お、来たようだぞ!」
サーシャさんがそう言うと同時に、正面の扉が開かれた。
中から黒い服に身を包んだ男の集団が出てくる。
その中心には、手足をばたつかせて駄々をこねる少女の姿があった。
「あと少し、あと少しでいいから! チップ回してくれへんか!?」
「ダメです」
「そんなこと言わんと、頼むで! そろそろな、確率が収束すると思うんよ!」
「ダメなものはダメです、規則ですから」
「堅いなぁ。常連なんやし、ちょっとぐらい融通きかしてーな! な? な?」
ああだこうだと騒ぎながらも、結局は黒服たちの腕力に負けて連れ去られていく少女。
見た目は結構可愛かったけど、ダメ人間のお手本みたいな行動してるな……。
俺が呆れていると、サーシャさんが冷めきった顔をして言う。
「あれが賢者リーツ・カルセチアだ」
「どこが賢者だ! 愚者だろ!!」
想像の斜め下を行く賢者の姿に、俺はすっかり気が遠くなるのだった。