第十話 連絡
「それで……どうするんですか?」
ルーミルさんと別れてしばらく。
宿に戻った俺たちは、さっそく依頼達成のための話し合いを始めた。
いかにして、あの教会を誤魔化して家を譲ってもらうか。
勢いで引き受けてしまったものの、並大抵のことではない。
そもそも、教会が調査対象として指定したのは俺たちが引き起こした事件だ。
彼らは魔族の関連を疑っているようだが、まさかアルトさんを突き出すわけにもいかないし。
「調査の結果、何もありませんでした……ってのはナシですかね? もしくは、魔族の痕跡らしきものを適当に提出するとか」
「それじゃ納得せえへんやろ。やっぱり、潜伏していた魔族の身柄なり何なりを抑えなアカン」
「言っておきますけど、私を差し出そうとしたら全力で抵抗しますよ?」
ゴゴゴゴゴ!とただならぬオーラを出し始めるアルトさん。
ヤバい、目がマジだ……!!
危機を察したサーシャさんが、即座に手を振って否定する。
「そ、そんなことするわけないだろう!」
「せ、せやで! いくら私らがホームレスでも、家のために仲間は売らへんで!」
声を震わせながら答えるサーシャさんとリーツさん。
二人の声に遅れて、スーッと隙間風が吹き抜けていった。
雨戸が揺れて、ガタピシと耳障りな音を立てる。
「……でも、このぼろ家は脱出したいですよね」
「ですねぇ……。たりゃっ!」
指先から光を放ち、虫を撃ち落とすアルトさん。
やってることのしょぼさのわりに、やたらと精密な魔法制御である。
こうして床に落ちた死骸を、これまた風魔法でリーツさんが窓の外へと飛ばしていく。
「せやなぁ。この宿、私みたいな美しい乙女が利用するにはひどすぎるで」
「自分で言うな、自分で」
「事実なんやからしゃーないやろ? だいたい、サーシャはこれでええのか?」
「よくはないが……」
腕組みをして、考え込み始めるサーシャさん。
するとアルトさんが、意を決したように語りだす。
「こうなったら、誰かに演技でもしてもらうといいかもしれませんね」
「どういうことだ?」
「教会関係者の目の前で八百長試合をして、私たちにやられたフリをしてもらうんです。で、それっぽい討伐部位を提出すればいいんじゃないかと」
「なるほど! そりゃええなあ!」
ポンッと手を叩くリーツさん。
確かに、この状況を打開するにはうってつけの作戦だ。
魔族と八百長しようとは、さすが魔王である。
俺たちにはなかなか思いつかない発想だ。
「私が声をかければ、応じてくれる者はいると思います。これでも、魔王なので」
「よし、そうと決まればさっそく連絡を取ってくれ」
「はい! リーツさんも、手伝ってくれますか? 魔法陣が必要なので」
「ほいきた、任せとき!」
「ここだと、場所がちょっと悪いですね。町の外へ移動しましょうか」
こうして、リーツさんの後に続いて移動することしばし。
街の外へと出た俺たちは、そのまま森の入り口へとやってきた。
既に、時刻は夜。
月明かりはあるものの、うっそうと茂る森はすっかり闇に沈んでしまっている。
おまけに、人目につかないために明かりをつけていないため視界はほとんどないに等しかった。
「この辺でいいですかね。皆さん、人の気配はしませんか?」
「私は何も感じないで。たぶん大丈夫やわ」
「私もだ」
念入りに周囲を確認するアルトさん。
これから作成するのは、魔界と連絡を取るための魔法陣である。
万が一誰かに見られたら、俺たちの立場が危うくなることは明白だった。
下手をすれば、即投獄になりかねない。
それだけに俺も、時折スキルを使いながら警戒する。
「ふぅ、これでよし!」
「こっちもや。魔力波長増幅回路、仕上がったで!」
アルトさんとリーツさんの作業を見守ること、数十分。
ようやく、魔界との連絡用の魔法陣が完成した。
魔族が用いる魔法文字であろうか?
子どもの落書きのようなぐにゃぐにゃとした文字が、不気味に蠢いている。
「では呼びかけをしましょうか。えーっと、誰がいいですかね……」
どこからか、分厚い冊子を取り出したアルトさん。
パラパラとページを繰った彼女は、やがて謎の数字を読み上げ始める。
「0120-XX-XXXX!! もしもし! 私です、私!」
「もしもし。えーっと、どちら様だね?」
「ですから、私ですよ!」
「ワタシワタシ詐欺か」
「あ、切らないで!?」
アルトさんがそう言った直後、ブチッと音声が途絶えた。
よくはわからないが、通信先の相手が一方的に回線を切ってしまったらしい。
知り合いにぶった切られた格好となったアルトさんは、呆然とした顔をする。
「むむむ……。まさか、この私からの連絡を切るとは。次行きましょう、次! リーツさん、魔力の再装填を!」
「ほいきた!」
アルトさんの指示に従って、素早く魔力を流し込むリーツさん。
魔法陣に再び光が宿り、荒ぶる魔力がかすかに唸る。
「では、次は……0120-XXX-XXXX!! もしもし!」
「もしもし。誰ですの?」
「私です!」
「わたし?」
相手の声のトーンが、若干だが低くなった。
そこに不穏な気配を察したアルトさんは、すかさずフォローを入れる。
「ええ! アルトなのですよ!」
「ああ、アルト様! お久しぶりでございます!」
どこのだれかはわからないが、急に改まった態度を示す魔族。
さすがアルトさん、伊達に魔王はしていないらしい。
彼女は見守る俺たちに向かって、ちょっとばかり自慢げに笑った。
そして咳ばらいをすると、威厳のある口調で語りだす。
超久しぶりの魔王モードだ。
「……よくぞ、我のことを覚えていた。大儀であるぞ、スウェーナ卿」
「はい。して、アルト様に置かれましてはいかなる御用向きで?」
「うむ。地上において厄介なことが発生した。卿の力を借り受けたい」
「かしこまりました。しかし、その前に――」
不意に、間をとった魔族。
何か、こちらに要求してくるつもりなのだろうか。
アルトさんの顔がにわかに強張った。
そして――。
「未払いのお給料、百年分払ってくださいまし」
「無理ですごめんなさい今すぐ切ります」
即座に話を打ち切ったアルトさん。
彼女はそのまま俺たちの方を見ると――。
「困りました……」
「自業自得だ!!」
この話を読んで、少しでも
「面白い」
「続きが気になる」
「速く更新しろ」
と思った方は、応援してくださるとありがたいです!
また感想など頂けると、単純な作者はめちゃくちゃ喜びます!




