第九話 舞い込んだ仕事
「……まさか、ルーミル殿がそういう性格だったとは」
奥様の魅了が解けて、十数分。
悪口の嵐を受けたサーシャさんは、ひどく疲れた表情でつぶやいた。
ちなみにルーミルというのは、奥様の名前である。
「まあ、深呼吸でもして! 教会が極悪非道なのは昔からじゃないですか!」
ルーミルさんを励ましながら、サラッととんでもないことを言うアルトさん。
この魔王、教会関連に対してはほんとに容赦ないな。
まあ、魔族だと考えれば当然も当然なんだろうが
「にしても、性格まるっきり変えてまうほどの魅了やなんて。私でも使えんわ」
「リーツさんがそういうってことは、相当なんですね」
「たぶん、禁呪クラスやね。一介の聖騎士に使えるものとも思えんし……」
顎に手を押し当て、何やら考え込み始めるリーツさん。
その顔はいつものちゃらんぽらんな感じとは異なり、少し真剣な様子である。
まあ、人を自在に操る魔法なんて危険極まりないからなぁ。
魔法を扱う者として、放置できない――
「どこでこんな魔法覚えたんやろ? 私も覚えられれば、儲け放題やないの」
「…………やっぱ、リーツさんはリーツさんだ」
「どうかしたん?」
「いいえ」
慌てて首を横に振る。
リーツさんは疑わしげな顔をしたものの、特に追及してくることはなかった。
彼女はそのままアルトさんの方へと移動すると、そっと耳打ちをする。
「なぁ。アルトはそういう魔法、心当たりないんか? 別に疑っとるわけやないけど、その手の魔法って魔族が得意としとるやろ?」
「闇魔法の領域ですからね。私自身も似たようなものは使えますけど……間違っても、人に教えたりはしていませんよ。危ないですから」
「ほかに、使える者の心当たりはないのか?」
話に加わるサーシャさん。
アルトさんは腕組みをすると、困ったように唸り始めた。
どうやら、思い当たる節がないわけではないらしい。
「そうですねぇ……。高位魔族ならだいたい使えると思います。あと可能性があるのは……淫魔の人たちですかね」
「ぶっ!?」
アルトさんの言葉に、たまらず噴き出してしまった。
いやでも、魔王がいるならそういう人たちがいてもいいのか。
淫魔……ねぇ。
男としては、一度お目にかかってみたい種族だ。
危ないのはわかっているが、夢というかロマンというか……。
「……リュカ、にやけ過ぎだ」
「え、エッチなんて考えてませんよ!」
「まだ何もいっとらんってのに」
「ははは……。言っておきますけど、リュカさんの想像しているような種族ではないですからね? 魅了魔法を種族単位で継承しているだけで、容姿そのものは割と普通というか……おばあちゃんとかいますし。あと、基本的にものすごくテキパキと処理しますしね」
苦笑するアルトさん。
え、淫魔にもおばあちゃんいるの?
それにすごくテキパキとって…………。
おばあちゃんにテキパキと処理される自分を想像して、たまらず天を仰ぐ。
そんな生々しすぎる現実、知りたくなかったよ……!
そんなことを言うなんて、この悪魔……いや、魔王め!!
「……何を唸っているのだか。それよりも、あのジンという男を放ってはおけん。すぐに司教様に報告しよう!」
「ちょい待ち!」
急いで協会に向かおうとするサーシャさんを、リーツさんが止めた。
彼女はそのまま、みんなに路地へと移動するように促す。
こうして周囲から人気がなくなったところで、彼女はコホンと咳払いをした。
「確かに、司教様はジンを疎んじてた。けど、魅了魔法を使っていたとなると事態はジン一人の首ではおさまらんやろ。となると、司教様は教会の体面を守るために敵対する可能性があるわ」
「なるほど、そりゃあり得ますね」
「そんなこと発覚したら、教会自体の信用が地に落ちちゃいますもんねぇ」
「だったら、どうするって言うんだい?」
ルーミルさんが、業を煮やしたように話に割って入ってきた。
彼女は腕まくりをすると、軽く拳を握って見せる。
「私はあいつらを許しちゃおけないよ! 騙されたまま泣き寝入りするのが気に入らない!」
「気持ちはわかりますが……」
渋い顔をするサーシャさん。
俺たちだって、ルーミルさんの境遇には大いに同情している。
自らの家を、理不尽な手段で奪い取られたのだ。
その無念さ、つい最近、家を失ったばかりの俺たちには痛いほどわかる。
でもだからと言って、そのために教会と本格的に事を構える気にはなれなかった。
するとここで、ルーミルさんが何かを思いついたように言う。
「あんたたち、依頼を達成すればあの家をもらえることになってるのだろう?」
「ええ、まあ」
「だったら、うまいこと仕事を達成したように見せかけてさ。あの家を取り戻しちゃくれないかい?」
「そんなこと、冒険者としてできるか! いくら教会が悪辣とはいえ、達成していない依頼をしたことにするなど……」
「せやで! だいたい、そんなことして私らに何のメリットがあるん?」
「そうですよ! 同情しますけど、そんなことまではできません!」
口々にルーミルさんを非難するサーシャさんたち。
そりゃそうだ、俺たちは別に聖人君子でも何でもないのだから。
「ああ、報酬ならもちろん支払うよ。あの屋敷の代わりに、いま私たちが住んでいる家をあげようじゃないか」
「いま住んでる家? そんなもので我々は揺らがんぞ」
「せやせや。どうせ、追い出された先の小さいあばら家とか……」
「あれよ」
そう言って、ルーミルさんが指さしたのは……町はずれの丘にある大邸宅であった。
領主さまの館を除けば、この街でも一番ともいわれる家だ。
そう言えばあの家、さる大富豪が夫人のために買い与えたとか言われてたけど……ルーミルさんのものだったのかよ。
まさか、同じ町に二つも大邸宅を構えていたとはさすがすぎる。
「……よし、その依頼引き受けようじゃないか!!」
家を見た瞬間、即答したサーシャさん。
こうして俺たちは、屋敷を取り戻すために動くこととなるのだった――。




