第六話 思わぬ原因
「違うわよ! その男はねぇ、奥様をだまして屋敷を奪ったのよ!!」
道の真ん中から、こちらを指さして大声で叫ぶおばさん。
その声の大きさに人々の注目がにわかに集まった。
ジンさんはやれやれと肩をすくめると、おばさんの方へと歩み寄る。
そして――。
「うだうだ言ってんじゃねーぞ、ババア。斬られてえのか?」
周囲に聞き取られないように、細心の注意を払っているのだろう。
ジンさんの声はごく小さいものだったが、近くにいた俺にははっきりと聞こえた。
いや、聞こえてしまったというべきか。
やべえぞこの人、ドスの利かせ方とかがすごく本職っぽい。
人を脅すのとかに、とても慣れている感じだ。
「ぐぐぐ……!」
ちゃらついているとはいえ、相手は本職の聖騎士。
武力ではとてもかなわないと察したのだろう、おばさんは歯ぎしりをしながらも引き下がった。
彼女が脅しに屈して帰ったところで、ジンさんは再びこちらへと戻ってくる。
その顔に張り付く笑顔は――なんだかとてもわざとらしく見えた。
「さ、中へ入りましょう。この屋敷は内装も素晴らしいですよ」
「あの女性のことはいいのか?」
「大丈夫です。たまにいるんですよ、教会のことがどうしても受け入れられない異教徒の方々が」
それだけ言うと、ジンさんは門を押し開いて屋敷の中へと入っていった。
俺たちは互いに顔を見合わせると、少し困った顔をする。
どうやら、サーシャさんたちにもジンさんの言葉は聞こえていたらしい。
注意はしていたようだけど、あんまり意味なかったな。
「うーむ、何だかきな臭くなってきたな……」
「ですね。だまし取ったとは、おだやかじゃありません」
「けど、今できることと言うてもな。おばさん、もう帰ってもうたし」
「ひとまず、見学を済ませましょうか。あの人には、あとで話を聞きましょう」
雰囲気からして、あのおばさんはおそらくこの周辺に住んでいる。
この屋敷を訪れれば、きっとまた会うことができるはずだ。
「ですね。ここで聖騎士さんと揉め事を起こすのも厄介ですし」
そういうと、門を潜っていくアルトさん。
俺たち三人もそのあとに続き、ひとまず屋敷の中へと入るのだった――。
――〇●〇――
「ほう……そんなことが」
お屋敷から教会に戻ってすぐのこと。
俺たちから話を聞いた司教様は、ふうむと考えこみ始めた。
彼は白い顎鬚をなでながら、視線を宙に向ける。
「あまり信じたくはありませんが……ないとは言い切れないのがつらいところですな」
「というと……司教様も、ジンのことをあまり信用しておられないと?」
「そうですね……。彼はいささか、功を焦っているところがありますから。たまに強引なやり方が、目につくこともあります」
そういうと、顔を曇らせる司教様。
どうやら、ジンさんの素行の悪さは教会内部でも知られているようだ。
やんわりとした言い方をしているが、その表情からはかなり困っていることがうかがえる。
「それなら、灸をすえてやるわけにはいかへんの?」
「あいにく、聖騎士たちの人事権は協会本部にありまして。加えて、私は教会でも傍流の派閥に属しています。主流派の覚えもめでたいジンには、あまり強くは言えないのですよ」
「あー……」
いわゆる派閥争いってやつの弊害か。
しかし、あんなのが主流派って教会は本当に大丈夫なのかよ。
聖水を高く売りつけるだけならともかく、詐欺なんてさすがにシャレにならない。
仮にも大陸全土に広がる大宗教なのだから、もっとしっかりして欲しいもんだ。
「屋敷を譲られた経緯について、司教様は何も知らなかったのですか? あれだけのものだ、さすがに理由の一つは聞いたのでしょう?」
「一応、一通りは把握していますよ。もともとあのお屋敷は、さる富商の奥方様が所有しているものでした。その奥方様が、旦那様と不和になられたことをきっかけにこの教会へ足しげく通うようになりまして。その対応をしたのが、あのジンだったのです」
「なるほど。それで奥方様と仲良くなったジンが、言葉巧みにあの屋敷をもぎ取ってきたってわけやな?」
「ええ、そういうことです。本人が言うには、誕生日プレゼントなのだとか」
あれが誕生日プレゼントって……。
さすが金持ち、発想の桁が違う。
しかしこうなってくると、そもそも旦那さんとの不和の原因が怪しいな。
富商の財産に目を付けたジンが、何かしら企んだのかもしれない。
あれだけのお屋敷を教会のために寄付させたとなれば、その後の地位は安泰だろうから。
俺と同じ考えに至ったらしいリーツさんが、すかさず司教様に質問をする。
「不和の原因って、何かわからへんの? 正直、ジンが仕組んだ可能性が高いと思うんやけど」
「いえ、そこははっきりしています。奥方様は、よく私にもそのことを愚痴っておられましたから」
きっぱりとした態度で断言する司教様。
へえ、いったい何が原因だったのだろう?
やっぱり、浮気とかだろうか?
あれだけの屋敷を構える大商人ともなると、夜の生活も派手そうだ。
「ほう。それで、理由は?」
「はい。何でもその旦那様なのですが……こっそり妙な宗教を始めていたとかで。隠し部屋に少女を模した像をたくさん飾っていたそうですよ。その像というのが、これまた妙にリアルだったとか」
「……うわぁ! 何ですかそれ!」
「下手に浮気されるよりもきついかもしれんな……」
思わぬ理由に、ドンびくアルトさんたち。
あれ、でもなんかそれ……どこかで聞いたことあるような。
まさか……。
何となく嫌な予感がした俺は、司教様に尋ねてみる。
「……ちなみに、なんていう宗教だったんですか?」
「えーっと、そうですな。確か……聖乙女十字架団だったかな?」
やっぱりそうなのかよ!!!!
聖少女十字団の思わぬ被害を確認した俺は、たまらず頭を抱えるのだった――。




