第四話 聖光教会
聖光教会とは、この大陸において最大の勢力を誇る宗教組織である。
光の女神アルテシアを崇め、あらゆる種族の融和と繁栄を目指すことを教義としている。
ただし魔族に対しては極めて攻撃的で、互いに憎しみを募らせる殺伐とした関係だ。
その支部、この地方の中心である教会に俺たちは――魔王とともに訪れていた。
「……はぁ。まさか、この私が教会に来ることになるなんて」
田舎町には似つかわしくないほどの、壮麗な石造建築。
その入り口の前で、アルトさんは大きな大きなため息をついた。
そりゃ、魔王がこんな場所に来ることなんて普通はないわな。
仮にも敵の本拠地みたいなもんだし。
「ま、ここはあきらめてや。大丈夫、アルトを魔王だと気付く奴なんておらへんって」
「そうだな。だいたい、聖剣と友達になっている時点で魔王ではない」
「……どうせ、私は魔王らしくない魔王ですよーだ」
あ、拗ねた。
頬を膨らませたアルトさんは、そのままくるっと背を向けてしまった。
途端に彼女の身体から、ドオオオッと黒いオーラが溢れ出す。
その闇の深さときたら、背筋が震えるほどだ。
こういうとこだけは、しっかりと魔王しているんだなぁ……。
「まあまあ、落ち着いていきましょうよ。そんなヤバいオーラ出してたら怪しまれますよ」
「……それもそうですね」
「いいじゃないですか、魔王らしくない魔王で。アルトさん自身、前に似たようなこと言ってましたし」
「……はい」
俺の言葉を聞いて、オーラを納めるアルトさん。
やれやれ、これでひとまずは大丈夫だな……。
俺は冷や汗をぬぐうと、改めて教会の扉に向かって歩みを勧めた。
やがてそれを押し開けて中に入ると――。
「はい?」
扉を開くと、そこには豪華絢爛な空間が広がっていた。
金に染め上げられた柱、磨き上げられた大理石の床。
そこかしこに、派手な色合いの花束まで飾られている。
あれ、教会ってこんなところだったっけ……?
「リュカはあまり教会には来ないのか?」
「ええ、まあ。先代の教皇様が崩御されたとき以来、ですかね」
自分で言うのもなのだが、俺はあまり信心深い方ではない。
パーティに神官などもいなかったので、今まで割と縁がなかった。
「そうか。だったら、少し驚くかもしれんな。法皇様が代替わりして以降、教会もだいぶ変わった」
「へえ……」
「いらっしゃいませぇ!!」
俺たちが話していると、いきなり聖騎士と思しき男が声をかけてきた。
白い歯をキラリと光らせ、やたらと爽やかな笑みを浮かべている。
その手には、どこから取り出したのか薔薇の花が一輪。
……これまた、コッテコテの気障男だな。
「本日は何の御用ですか? お祈りですか、それとも聖水をお買い求めに?」
そういうと、聖騎士はこれまたどこかからメニュー表のようなものを取り出した。
えーっと、なになに……エンペラー聖水三千ゴールド……。
「ひょわっ!?」
あまりのお値段に、変な声が出てしまった。
おいおい、聖水ってそんなに高いものじゃないだろ!
街の道具屋で買えば、一本五ゴールドぐらいで買えるはずだ。
ぼったくりなんてもんじゃねえ!?
「どちらも結構だ。我々は依頼を受けるためにここへ来た。依頼主の司教様とお会いしたい」
「……ああ、あの依頼の件で。司教様でしたら、奥の執務室におられますよ」
ため息こそつかなかったが、騎士は露骨にがっかりとした顔をした。
そして聖堂の奥にある扉を指さす。
その投げやりな態度ときたら、厄介払いでもするかのようだった。
「……ホントにここ、教会なんですか?」
「今の教皇様が、聖水販売に力を入れる様にしたらこうなったらしいで。奥様方には意外と好評らしいわ、この路線」
「エンペラ―入りましたぁーー!!」
俺たちが話していると、後ろから景気のいい掛け声が響いてきた。
振り返れば、先ほど俺たちの案内をしていた騎士が、満面の笑みで豪華な瓶を手にしている。
中身は聖水……なのだろうか?
女神像を模したようなそれは、とても美しいが何やらギラギラとしたものを感じさせた。
「では、イッキで行かせていただきます!」
「ロラン様さすがーー!!」
聖水を買ったらしいおばさまの掛け声とともに、なぜか聖水を一気飲みする騎士。
いや、ほんとにどうなってんだよ!
つか、聖水って別に飲み物ではねーぞ!
「これだから、教会は嫌なんですよ……! お金の匂いが、貧乏な魔族の心にグサッと来るんです! くぅ、滅ぼしたくなる……!!」
「や、それ以前になんかいろいろとおかしいような……!?」
「二人とも、迂闊なことを言うな。やつらはあれで、一流の性騎士なのだぞ……!」
「何か間違ってません!?」
「あー、とにかくいくで!」
リーツさんに引っ張られ、奥の扉をくぐる。
すると中は、絢爛豪華な聖堂とは裏腹に落ち着いた執務スペースとなっていた。
板張りの廊下に白い壁、ぽつんと置かれた一輪挿しの花。
どちらかと言えば、地味な空気すら漂っている。
「何か、普通ですね」
「ええ。ちょっと親近感湧きます」
「おや? あなた方は……」
俺たちの姿を見て、白い衣をまとった老人が話しかけてきた。
豊かにひげを蓄え、物腰柔らかなその姿はまさに落ち着いた聖職者そのもの。
妙な聖騎士を見て来たばっかりに、その普通さがものすごく際立って見える。
「初めまして! 俺たち、ギルドの依頼を受けてきた冒険者です。あなたが依頼主の司教様ですか?」
「その通りです。良く来てくれました、どうぞこちらへ」
司教様に案内され、応接室に入る。
すると、ここもまたごくごく普通の部屋であった。
教会と言っても、外に見せる部分と内側とではえらく雰囲気が違うんだな……。
俺たちが少し戸惑っていると、司教様が見透かしたように言う。
「このあたりは、昔から変えていないところですから。私自身も、最近の方針には付いていけてなくて」
「なるほど」
「ここだけの話ですよ。この地区を預かる司教としては、あまり褒められた話ではありませんから」
そういうと、口元を手で押さえて苦笑する司教様。
いやいや、むしろ俺はあなたのような人に頑張ってほしいのだけどなぁ。
今の教会は、やっぱりちょっと違う気がするぞ。
「それで、依頼内容については? 調査依頼ということでしたが」
席に着いたところで、すぐに話を切りだすサーシャさん。
すると司教様の顔が、にわかに険しくなった。
彼は俺たちに対して距離を詰めると、いくらか小さい声で語る。
「先日、この街で大きな魔力暴走事故があったことはご存じですな?」
「……ええ、まあ」
ご存じも何も、当事者である。
結局あの事件は、俺たちが真相を語らなかったため魔力暴走で片づけられた。
現場のサーシャさんの家には、もともと大量の魔剣が保管されていたため、疑う余地もなかったのだ。
「実はあの事件なのですが、魔族が関与している可能性が高いと言われておりまして」
うん、関与してる。
それも並みの魔族ではなく、魔王がばっちりと関わっちゃってる。
「そこで我々教会としても見過ごすわけにはいかず、調査をしてほしいのです。また、それでもし魔族を発見されたならば討伐していただきたい」
…………どうすりゃいいんだよ、これ!?
たまらず顔を見合わせる俺たち。
まさかアルトさんを突き出すわけにもいかんし報告の仕様がないぞ。
というか、これで報酬をもらってもな……。
自分たちで起こした事件の解決報酬を、自分たちでもらってどうするよ。
俺たちが動揺していると、それに気づいた司教様がうんうんとうなずく。
「戸惑うのも当然でしょう、魔族がらみの依頼ですからな。ですが、報酬はその危険度に相応しいものを用意させていただきました」
「と言いますと?」
「我が教会に寄付された屋敷があります。魔族の討伐がなされた暁には、それを今回の報酬といたしましょう」
……なんですと!?
司教様の言葉に、帰る家がない俺たちは目の色を変えるのだった――。




