第二話 納屋の冒険者たち
「キィエエエエエ!!」
雄叫びを上げながら、サーシャさんは猛烈な勢いで畑を走り回る。
神速で振るわれる魔剣。
麦の穂が宙を舞い、次から次へと籠に収められていった。
その様子ときたら、もはや農作業というより戦いだ。
というか、魔剣を使っている時点でいろいろとおかしい。
「今日も張り切ってますね、サーシャさん」
「麦を刈る感触が、首を狩る感触に似てるらしいで。ザシュってやるのが気持ちええらしいわ」
そういうと、手刀で首を斬る仕草をするリーツさん。
首を狩る感触って、いったいどんだけ血に飢えてるんだよ……。
まあ、そのおかげで俺とリーツさんはのんびりしていられるのだけども。
サーシャさん一人だけで、俺たちどころか農家の方々の仕事まで奪う勢いだ。
「さてと……」
懐から紙を取り出し、大きく広げるリーツさん。
彼女はペンを手にすると、何やら複雑な魔法陣を描き始めた。
これはもしかして……。
「それ、魔神が出た時のやつですか?」
「そうやで。なんであんな魔神が出てきたのか、今検証しとるんよ。普通はあんなこと、ぜったいありえへんから」
そういうと、リーツさんは魔法陣を見つめながらうんうんと唸り始めた。
彼女にしては珍しく、真剣な様子である。
リーツさんのことだから、ただのうっかりミスのような気がするんだけどなぁ……。
それはまあ、言わない方がいいか。
「ふぅ、終わった! いやぁ、農業は気持ちがいいな!!」
作業を終えたサーシャさんが、汗を拭きながら戻ってきた。
首から手ぬぐいを下げたその姿は、完全に農家の人そのものである。
この依頼を受けてから、はや三日。
農家の人のお手伝いが、すっかり板についてきたようだ。
「ずいぶんと馴染んでますね」
「まあな。麦を狩るときの感触が、何とも心地いいんだ」
「刈るの意味が、なんか違いそうな感じがするのは気のせいですか?」
「気のせいだろ」
そう答えたサーシャさんは、グーッと大きく伸びをした。
そしてそのまま、俺たちが座っている藁の山へと寄りかかってくる。
疲れているのだろう、彼女は気持ちよさそうな顔をしながらゴロンッと体を横たえた。
「サーシャさんが張り切ったおかげで、だいぶ作業が片付きましたね」
「せやな。この分なら、あと数日で終わりそうやね」
「そうか、あと数日か」
急に悲しげな顔をするサーシャさん。
いやいや、アンタどんだけ農作業にはまってんだよ!
仮にも女騎士だろ、普通の女騎士は首にタオル掛けて「ふぅー!」とか言わないぞ!
農家のおっさんじゃあるまいし!
「まあでも、町へ帰ったところで行く当てあらへんしなぁ。ここの依頼料だと、安宿でも泊まれて三日ってとこやで」
「魔物の枯渇が回復するまでは、雑用依頼をするしかないですね」
「んー、他の冒険者も多分同じこと考えとるやろうから……それも厳しいかもしれへんなぁ」
俺たちが住んでいた街は、フシノ樹海にほど近いことから冒険者の数が多かった。
一方で、街の規模そのものはそれほど大きいわけではない。
たぶん今頃、街では雑用依頼の奪い合いが発生していることだろう。
「魔物の習性から考えて、二三カ月もすれば元の場所に戻ってくるだろう。それまでしのげるだけの金があればいいのだが……」
「そうだ。リーツさんって、確か錬金術もできましたよね? それで何とか仕事とかできないんですか?」
「あー、それは無理やな。錬金術は、めっちゃ金食い虫やから」
「錬金術って名前なのに稼げないんですか……」
「稼げたら私は苦労してないで」
ごもっとも、その通りだ。
錬金術で稼げるなら、リーツさんが破産したりしてないよな。
「なんかこう、美味い金儲けの話とかないんですかねえ……野宿は嫌なんですけど」
「そうだな。騎士たるものが野宿というのは絵にならん」
「あ、そこ気にするんですね」
「なんだ? 意外そうだな」
少しばかり、ムッとした顔をするサーシャさん。
それを見た俺は、すかさず反論する。
「や、だってすでに騎士のイメージとか壊れてません? 魔剣で麦刈ってる時点で」
「それとこれとは別だ」
「別ですかね?」
「そうだぞ、野宿と一緒にするな。農家に謝れ!」
「まあまあ、落ち着きや!」
リーツさんになだめられ、互いに矛を収める。
けど、ほんとにどうしたもんかなぁ……。
そりゃ冒険者だから、野営の経験ぐらい無くはないけど……。
俺たちが頭をひねっていると、どこからか声が聞こえてくる。
「いたいた! おーーい!」
「あ、一人だけ街に残ったアルトさん!」
「な、なんです!? その距離感のある呼び方! というか、みんな目つきが怖いですよ!?」
「だって、なあ?」
謎の一体感を醸し出しながら、揃ってうなずく俺たち三人。
ギルドの仕事があるからと、一人だけ街に残ったアルトさん。
理由はわかるけど、やっぱちょっとずるいよな。
俺たち三人、居心地の悪い納屋での寝泊まりにこの三日間耐えてたのに。
「あー、もう変なことで拗ねないでくださいよ! 遅くなりましたけど、ちゃんと手伝いに来たんですから!」
「本当ですか?」
「はい、仲間ですもん。ついでに、いいお仕事も探しておきましたよ!」
「おお、どんな仕事なんです?」
「それはですね……この村にある、パン屋さんのお手伝いです!」
自信満々に胸を張るアルトさん。
いや、待って?
パン屋が別に、ダメな仕事というわけではない。
でも、冒険者の仕事として斡旋されるのがそれなのか?
そういうのは、もっと別の場所で探す類のものなんじゃ……。
「この仕事、すごいんですよ! 何とですね、売れ残ったパンがもらえるんです! なので実質的にパン食べ放題!!」
「あ、なるほど」
アルトさんの言葉に、何となく納得する俺。
なぜならば、彼女のお腹はぽっこり三段腹なのだから――。




