第二話 鋼の女
「どうしたもんかなぁ……」
翌日。
問題の受付嬢がまだ出勤していないことを確認した俺は、ギルドの端で唸っていた。
あの魔王に、いったいどうやって対処したものか。
言ったら殺すとハンカチには書かれていたけれど……このままってわけにもな。
やり口からして、相当にあくどい奴だ。
黙っていたからと言って安全とは限らないし、何か悪事を為そうとしているに決まっている。
早いうちに行動しなければ、大変なことになってしまうかもしれない。
「不意打ちして倒すか? でも、そんな能力なんて俺にはないよな」
鑑定スキルを自らに使い、ステータスを表示する。
たちまち目の前に、30という数字が並んだ。
これは、俺ぐらいの年の冒険者の平均と同じだ。
まあつまり、俺は……完全なまでに一般人ってことなんだよなぁ。
その上、スキルは鑑定ただ一つ。
とてもとても、魔王暗殺なんてできやしない。
「仲間を集めるか。言えば殺すってあったけど……」
かけるまでもないと判断したのか、呪詛の類は一切かけられていなかった。
なので、相談した途端に死んでしまうなんてことはない。
ただ、魔王退治に協力してもらう仲間となると……相当に限られてくるな。
まず第一は、高い戦闘能力。
これがなければお話にならない。
第二は、敵に悟られないための口の堅さ。
万が一、作戦を実行する前に魔王に知られたらすべてがおしまいだ。
この二つをクリアできる人材となると……。
「聖騎士ピエールか?」
そうつぶやくと、俺はホールの中央で仲間と飲んでいる冒険者を見やった。
聖騎士ピエール。
このギルドでも屈指の強者である。
浮ついた話もなく誠実で、騎士道精神を重んじることから聖騎士と呼ばれている。
この人なら、ばっちり頼りになりそうだな。
俺の話も否定せずに聞き入れてくれるだろう。
では、肝心のステータスは――。
名前:ピエール
年齢:21
職業:騎士
体力:150
魔力:120
攻撃:180
防御:160
敏捷:90
幸運:100
スキル:聖剣術・格闘術・白魔法・風魔法
備考:片思い(アルト・ロゼリア・エルダーク三世)
さすがに強い、けどダメだこの人!
魔王に片思いしちゃってるよ!!
そりゃあ、人気のある受付嬢だったけどさ!
何でよりにもよって!!
あんたならほかにいくらでもいるだろうが、モテるだろうが!!
「ううーん……言えねえ。俺には言えねえよ……。というか、思わぬ関係性を掘り起こしちまったな……」
眉間にしわを寄せ、ため息をつく。
魔王を倒す仲間を探すはずが、想定外の事態を招いてしまった。
下手すりゃ、魔王側に立っちゃうだろこの人。
まずいな、ピエールさん以外となると……一気にランクが落ちるぞ。
所詮は田舎の冒険者ギルド、有能な人材の数なんて高が知れている。
あと俺が思いつくビッグネームと言うと……。
「ただいま戻った!」
頭をひねっていると、ギルドの扉が勢いよく開け放たれた。
そして凛とした声が響くと同時に、白銀の鎧を纏った女が入ってくる。
「そうだ、この人がいたな……!」
威風堂々とした態度で受付に向かう女性。
その姿を見た俺は、ポンッと手を叩いた。
彼女の名前はサーシャ・ドラクロア。
ここしばらく依頼で不在だったので忘れていたが、このギルドで最強と言われる女性だ。
圧倒的な実力はもちろんのこと、戦乙女さながらの美貌を兼ね備えることから人気も高い。
特に、凶悪極まりないおっぱいは……夢だ。
男の憧れが目いっぱい詰まっている。
「あー、でも……前に断られたんだよな」
すぐさま声をかけようとして、ふと以前のことを思い出す。
あれは、俺がこのギルドに来たばかりの時だったか。
サーシャさんの美貌に目がくらみ、仲間になってくれって頼んだことがあったんだよな。
当然ながら、結果はお断り。
あまりに手ひどく断られたので、ギルドでしばらく話題になったほどである。
今回は不純な理由ではないとはいえ……正面から行ったのでは話を聞いてもらえるかどうか。
たぶんあの時のことをまだ覚えてるだろうし、確率はかなり低いな。
「よし、こういう時こそ鑑定スキルだな。何かわかるかも」
ひとまず俺は、サーシャさんに鑑定をかけることにした。
備考欄に何か書かれていると良いのだけど……。
半ば祈りながら、ステータスを開く。
するとそこに書かれていた文字に、俺は固まった。
「うそだろ……」
いやいやいや、こんなことあっていいのか!?
俺の長年の憧れが……夢が……砂と消えていく。
ある意味、受付嬢さんの魔王よりも衝撃だ。
まさか……あなたは違うと信じていたのに!!
どうして、なぜそんなことをしたんだ……!!
俺は目に浮いた涙を拭くと、唇をかみしめた。
そして、サーシャさんの姿をまっすぐ見据えて言う。
「あの!」
「なんだ?」
「ちょっとお時間良いですか?」
「ダメだ。貴様に付き合う時間はない」
やはり以前のことを覚えていたのだろう、サーシャさんの言葉には棘があった。
しかし、俺には幻想と引き換えに手に入れた強力なカードがある。
そう、彼女の仮面を粉砕する切り札が!
「ここに関する話なんですが」
そう言うと、俺は自分の胸元をさすった。
直後、冷え切っていたサーシャさんの顔が一気に赤くなる。
「い、いいだろう! 今すぐに聞いてやる、場所はどこがいい!? できれば誰もいない場所で頼む!」
「じゃあ、宿の方で」
こうして俺は、いろんな犠牲と引き換えに女騎士を宿に連れ込むのだった――。