第十九話 大いなる秘密
「途方もない災厄だったな……!」
数分後。
下着の片づけが終わったところで、ピエールさんが疲れ切った表情でつぶやいた。
結局、魔王のパンツは落ちていなかった。
というよりも、若い女性の下着自体が落ちていなかった。
鑑定スキルを駆使して調べたところ、舞い落ちてきた下着の大半は――五十代以上のものだった。
「くっ、こんなことになるなら温泉の効能に『更年期障害』など入れるのではなかった……!」
「そりゃそんなのいれたら、おばさま方で溢れるでしょうよ!」
「とにかく、今は聖少女様のパンツを回収することが重要だ。ここに落ちてきていないということは、まだ着替えていないということか……」
そう言ってつぶやくと、ピエールさんは懐から通信用の魔導具を取り出した。
風の魔法を使ったかなりお高いはずのものである。
「こちら指令室! 番台、聞こえるか?」
『聞こえます、どうぞ』
「聖少女様はまだ女湯から出てこないか?」
『まだです、どうぞ』
「わかった。報告ありがとう」
どうやら、魔王はまだ風呂から出たわけではないらしい。
となると、脱衣所で延々とおばさんたちと世間話でもしているのだろうか?
日頃の様子を見ていると、十分にあり得そうだな。
何といっても、おばさんというのは世間話が大好きだ。
「まずいですね。このままだと、いつ風呂に入ることやら……」
「仕方あるまい。プランB発動だ」
「というと?」
「これらを使う」
そう言って、どこからともなくピエールさんが取り出したのは白い割烹着だった。
加えて、サングラスと大きなマスクを手にする。
この三点セットで、いったい何をするっていうんだ?
俺が首を傾げると、ピエールさんは真剣な表情で語りだす。
「まずは変装して『掃除のおばさん』に成りすます。そして脱衣所に侵入したのち、世間話をしているであろう聖少女様たちに『ほらほら、掃除の邪魔だよ!』と声をかけるのだ。こうすれば、気まずくなった聖少女様はすぐに服を脱ぎ湯船に入るに違いない!」
「何だそのずさんな作戦!? や、状況的にはありそうだけどさ! 何となく絵も浮かんでくるけど、普通そんなことするか!?」
「普通のことをしていては、パンツを得ることなどできん」
普通はそもそもパンツなんて得ようとしねえよ!!
俺は即座にツッコミを入れようとして、やめた。
そんなことしたところで、事態は解決しないからな。
事情はともあれ、俺もパンツがなくては困るのだし。
「…………わかった。で、そのおばさん役を誰がやるんだ?」
「それはもちろん、リュカ君に頼みたい」
「なんで俺!?」
他にもっと向いた人が……と周囲を見渡すと、そこにいたのはオッサンだらけだった。
どこからともなく、加齢臭がただよってくる。
これでは、女性に化けて潜入するのはむずかしいかもしれない。
ピエールさんは若いが、身長が高いうえに筋肉質すぎるし。
「あー……この中だと、俺が向いてそうですね……」
「察したかね。では頼んだぞ、私はここから見守っている!」
「見守ってるって、ここから脱衣所って見えないじゃないですか……」
「細かいことは気にするな!」
そう言うと、改めて変装用の割烹着を手渡してくるピエールさん。
ええい、こうなったら仕方がないな!
俺は覚悟を決めると、すぐさま袖を通す。
こういうのは勢いだ、恥ずかしく思う前に着てしまえば何とかなる!
「これでよしと!」
「なかなか似合っているではないか。完璧な掃除のおばさんだぞ!」
「そんなこと言われてもうれしくないですって。じゃ、行ってきます」
こうして俺は、従業員用の通路を使って脱衣所へと急いだ。
そして女湯の入り口にたどり着くと、大きく息を呑む。
……確かに、今はおばさんばかりが入っているのかもしれない。
でも、若い女性だってゼロではないだろう。
というかそもそも、ターゲットである魔王自体、見た目は普通の美少女で――。
「って、いかんいかん! 余計なこと考えてどうする!」
小道具として持ち出した箒の柄。
それを固く握ると、気を取り直す。
今はとにかく、魔王のパンツを手に入れることが最優先だ。
欲望に負けてあれこれしている余裕など、ない!
「失礼しまーす……」
意を決して、のれんをくぐる。
魔王は……どこだ?
たくさんのロッカーが並べられた脱衣所の中。
そこを一列一列、箒を手に掃除をするふりをしながら確認していく。
すると部屋の端、ちょうど周囲から死角となっているような部分に彼女はいた。
大きなバスタオルを手に、何やらもじもじと周囲をうかがっている。
「なんだ……?」
俺はすぐさま、ロッカーの陰へと隠れた。
理由はわからないが、魔王は服を脱ぐことをひどく恥ずかしがっているようだ。
もしかして、お尻に尻尾が生えてるとかなのか?
前に、リーツさんが魔王の変身魔法はそこまで強力ではないと言っていた。
ひょっとしたら、服を脱いでしまうと隠しきれていない魔族の部分とかがあるのかもしれない。
ゴクリ。
何とも言えない緊張感に、たまらず唾を飲みこむ。
「……誰もいませんね。では」
周囲の安全を確認したところで、魔王はいよいよ服に手をかけた。
パチンパチンとボタンが外されていく。
いったい、魔王は何をそんなに恥ずかしがっているのか。
俺はロッカーに張り付くと、思い切り目を見開いた。
この一瞬を、見逃してなるものか!
そう思って気張っていると――予想外のものが目に飛び込んでくる。
「ああっ! 三段腹!!」
パンツのひもに、薄くではあるがお腹の肉が乗っていた。
三段腹だ、結構残念な三段腹だぞ!
肉の段差を目撃してしまった俺は、たまらず声を出してしまった。
すると――。
「おぬし、余の秘密を知ってしもうたな……」
一瞬にして、俺の背後へと移動した魔王。
その恐ろしく冷え切った声が、耳に響いた――!