第十八話 オペレーション
「それで……この温泉が出来たってわけなん?」
街の中心から少し離れた、宿屋の建ち並ぶ一角。
数日前まで寂れた旅館があった場所に、巨大な日帰り浴場が出来ていた。
木と漆喰で出来た東洋趣味の大建築。
どっしりとした太い柱は、つい最近できたばかりとは思えない風情を醸し出している。
「ええ、まあ」
呆れた顔をするリーツさんに、苦笑しながら答える。
俺だって、まさかこんなに大規模な温泉が出来るとは思ってもみなかった。
聖少女十字団……もとい、おっさんたちのパワーおそるべしである。
なにせその日の夕方には土地の確保や建築業者の手配が終わり、翌日には建設を始めてたからな。
いったいどんだけパンツが欲しかったんだよ……。
「あとは、この温泉に魔王が来れば準備完了です。脱衣所に用意した仕掛けを使って、確実にパンツを回収できます」
「さすが、エロパワーの賜物だな」
「や、これ作ったの俺じゃないですからね!? というか、エロパワーってまだ言いますか!」
じとーっと冷たい目をしたサーシャさんに、慌てて言い返す。
俺はあくまで提案しただけで、実行したのはすべて聖少女十字団の信者たちだ。
脱衣所の仕掛けについても、別に俺が考えたわけではない。
俺が作るなら、パンツ回収よりは覗き――おっと!
うっかり変なことを考えてしまった、いかんいかん!
「それより、そっちは進んでるんですか? パンツがあっても、魔法陣がないんじゃ意味ないですけど」
「もちろんや。ばっちり支度はできとるで!」
腕まくりをして、得意げに笑うリーツさん。
一方のサーシャさんは、眉間にしわを寄せ渋い顔をした。
そしてリーツさんの肩を小突くと、っとため息をつく。
「……大変だったのだぞ。こいつ、私が持ち込んだ素材を換金してカジノに行こうとしたんだからな」
「あはは……ここ一週間ほど行ってなかったもんやからな。つい」
「ついって、シャレになんないですよ! というか、一週間で限界って!」
「大丈夫大丈夫、ちゃんと勝てば問題ないんや」
「そう言って勝ったやつはいない!!」
俺とサーシャさんの声が見事に重なった。
まったく、油断も隙もないものである。
リーツさんに何か預けることだけは、迂闊にしてはいけないな。
「……ごほん、まあそれはひとまず置いといて! あとはどうやって魔王にここを使わせるかやな」
「私とリーツで誘えばいいだろう」
「わ、私はこんな温泉はいるの嫌やで! 覗かれる!!」
ぶんぶんと首を振り、抵抗感をあらわにするリーツさん。
彼女は手で肩を抱えると、いやいやと腰をくねらせた。
普通ならば、すごく色っぽいはずの仕草なのだが……なんか古いな。
こう、おばさんの香りがする。
「……その、なんでそこまで興味なさそうなん?」
「……や、色気ないなーと思って」
俺がそう言うと、リーツさんの顔つきが変わった。
彼女は思い切り胸を突き出すと、そのふくらみを誇示しながら言う。
「失礼やな! このナイスバディが目に入らんのかいな! Fやで、F!」
「……そうやって無駄にアピールするから色気がないと言われるのだ。ちなみに私はGだぞ」
「むっ! 私かて、測り方によってはたまにGやで!」
「それを言ったら、私はHになるときも――」
「ちょっと、人目があるところでやめてくださいよ! だいたい、サーシャさんはノーカンですよ!」
俺がそう言ったところで、通りの向こうからガヤガヤと騒がしい声が聞こえてきた。
振り向けば、近所のおばさん連中が大群をなしてこちらに近づいてくる。
うお、こいつは凄い威圧感だ!?
オーガの進撃のようなそれを受けて、俺たち三人はすぐさま道を空けた。
するとここで――
「あ、皆さんも来てたんですね!」
「アルトさん! 珍しいですね、こんなところで」
「あはは、おばさま方に誘われたんです」
そう言うと、魔王は歩道を占拠するおばさん連中を見やった。
さすがはおばさん。
その圧倒的な図太さで、魔王をも引っ張って来たらしい。
「じゃ、私はそろそろ失礼します。皆さんお待ちのようなので」
軽く挨拶だけ済ませると、魔王はそのまま建物の中へと入っていった。
サーシャさんたちに誘うのを頼むつもりだったが、必要なくなってしまったな。
「向こうから来てくれたみたいやね。ほな、私らは家で待ってるわ」
「ああ。パンツを手に入れたら、すぐに戻ってくるのだぞ」
「任せといてくださいよ」
少し心配そうな顔をしたサーシャさんたちに、俺は自信満々で答えた。
さあ、いよいよ作戦開始だ!
俺は改めて気合を入れなおすと、建物の裏側へと走った。
そして仮面を被ると、通用口から中に入る。
するとそこには、俺を待つピエールさんの姿があった。
「遅いではないか! すでにわれらが聖少女は到着されたぞ!」
「みたいですね!」
「速く指令室へ向かうぞ!」
ピエールさんの後に続いて、地下の指令室へと向かう。
……温泉施設にそんなものがある時点でおかしいが、ツッコんだら負けだ。
俺はもう、気にしないことにしている。
「お疲れ様です、大司教様!」
指令室に入ると同時に、詰めていた信者たちが挨拶をした。
ピエールさんは鷹揚な仕草でそれにこたえると、すぐさま状況の確認をする。
「聖少女様は、今どこに?」
「脱衣所にいます!」
「何だと!? パンツは、パンツは脱いだのか!?」
「はい! 恐らく!」
興奮した様子で報告する信者。
あくまで「恐らく」なのは、脱衣所に監視用の魔法具が仕掛けてないからである。
聖少女十字団は、あくまで紳士の組織。
着替えを直接覗くような卑劣は、行わないのが矜持なのだ。
「よし、ではさっそく回収するぞ! 可動式ロッカー、作動!!」
ピエールさんが叫ぶと同時に、指令室の天井が開いた。
実はこの部屋は、脱衣所のちょうど真下にある。
可動式ロッカーが作動すると、その内容物――つまり下着がまとめてここに落ちてくるという仕掛けだ。
俺たちはすぐさま天井に空いた穴を見上げると、固唾をのんで見守る。
すると――。
「げっ!? おばさんの下着が!!!!」
天から舞い降りてきた無数の下着。
ベージュ色をしたそれらは、明らかに中年女性のものばかりだった――!