第十七話 大人たちの本気
「ステーキ屋?」
ピエールさんに連れてこられたのは、町はずれに位置するレストランだった。
分厚いステーキが売りの店で、俺も前に来たことがある。
やわらかくてジューシーな肉の食感は、今でもしっかりと覚えていた。
「なんでこんなところに?」
「すぐにわかる、ついてきたまえ」
そう言うと、ピエールさんはバタ戸を押し開けて中に入った。
そしてカウンターに腰を下ろすと、慣れた様子で店主に注文する。
「ホットミルクを二つ。はちみつたっぷり、ママの味で」
「あいよ。奥で待ってな」
顎をしゃくり、カウンター脇のドアを示す店主。
あれってどう見ても……従業員用の出入り口だよな?
金具が錆びつき、少し傾いたようにも見える木の扉。
とてもその奥に客室があるようには見えなかった。
というか、ミルクぐらいこの場で出してくれてもいいだろうに。
「ほら、こっちだ」
「ああ、はい」
ピエールさんに促され、扉を開ける。
すると驚いたことに――地下への階段があった。
うわ、すげっ!
教団本部って、地下にあるのかよ!
しょっぱい趣味の会だと思ってたけど、意外に侮れないな。
俺はてっきり、ピエールさんの家を本部とかもっともらしく言ってるだけかと思ってた。
「これを。ここでのマナーだ」
ピエールさんが手渡してきたのは、目元だけが隠れるデザインの仮面だった。
蝶のような形をしていて、なかなか優美なものである。
本来は貴族の舞踏会とか、そういうところで使われるようなものだろうか?
「なぜ仮面を?」
「身分を明らかにしたくない信者も多いのでね。我が教団は、この街の有力者にも多く広まっているから」
「な、なるほど……」
ピエールさんの言葉に、たまらず顔を引きつらせる。
魔王を信仰する教団が、ここまで街に浸透してしまっていたとは。
さすがにちょっと笑えない事実だ。
もちろん、信者たちはアルトが魔王だとは知らないのだろうけれど……。
うまいこと利用されたりしないよな?
「さ、この下だ」
階段を降りていくと、やがて巨大な扉が目の前に現れた。
それが開け放たれると、たちまち視界が広がる。
ここは……聖堂だろうか?
大人が走り回れるほどの大空間。
その奥には、ライトアップされた少女の像が佇んでいた。
言うまでもなく、魔王のものである。
そのクオリティは恐ろしいほど高く、髪の毛一本に至るまで作り込まれているようだ。
「どうかね? 我が教団の誇る神体は!」
「すっっごいですけど…………」
何とも言えない。
ピエールさんが自慢げにするように、像自体の出来は素晴らしいのだけど……。
こいつにかける情熱を、何か他のことに有効活用できなかったのだろうか?
好きなのはわかるんだが、ううーむ。
俺が腕組みをして唸っていると、仮面の一団が近づいてくる。
「これはこれは大司教殿! 新しい同志を連れてこられたのかな?」
「ええ、将来有望な若者ですよ」
ポンポンと俺の肩を叩くピエールさん。
大司教って、ずいぶんとまた偉そうな肩書だ。
というかこの教団、かなり規模が大きいんだな。
これだけの施設や設備を用意できるのだから、少なく見積もっても数百名単位で信者がいそうだ。
「まさか、これほどの地下組織が出来ていたとは。知りませんでしたよ」
「それだけ、聖少女が尊いということだ。ああ、我が偉大なる聖少女よ。今日もなんとふつくしい……!!」
その場に跪き、祈りをささげるピエールさん。
彼に続いて、他の男たちもまた深々と頭を垂れた。
ヤバいなあ、こりゃマジでヤバいよなぁ……!!
これでただの少女を拝んでいるのだったら、ほのぼの紳士集団で済むのだけども。
こいつらの言う聖少女って、実際には魔王なんだよな……!!
「あー……」
「どうした? 具合でも悪いのか?」
言いたい、すごく言いたい!
聖少女の正体が魔王だって、この人たちに教えてあげたい!
でもそんなことしたら、下手をすれば俺がとんでもない目にあわされそうだ。
最悪、異端者として拷問とかされかねない。
この人たち、それぐらいのことやりそうな怖さがある。
「大丈夫です、ええ」
「ならばいいのだが。どうかね、他にもコレクションはあるが見ていくかね?」
そう言うと、ピエールさんほか信者たちはギラギラと目を輝かせた。
俺をより深みへと引きずり込もうとしているようである。
こんなのにかかわったら最後、骨の髄までしゃぶりつくされてしまいそうだ。
でも待てよ。
これほど魔王のことを追いかけている人たちなら……持っているかもしれない。
あの宝を…………!
「あの。コレクションの中に、下着……いえ! パンツってありますか?」
俺がそう尋ねると、ピエールさんたちは互いに顔を見合わせた。
そして、心底残念そうに肩をすくめる。
「ない。聖少女様はガードが固くてな、かの有名な盗賊ルベン十三世を雇ったが盗めなかった。家に潜入を試みてもらったのだが、ボロボロになって戻ってきてしまってな」
ホントに盗もうとしたことあるのかよ!
それも、わざわざ有名な人まで雇って!
どういう人かぶっちゃけよく知らないけど、ルベンさん可哀そうだろ!
そんなしょうもない仕事で怪我までして、泣きたくなってくるわ!
……まあ、俺もパンツ盗もうとしてるけどさ。
これはノーカンだ、俺には大義がある!
「なるほど……それは残念ですね」
「ああ。我々としても、ぜひ手に入れたいのだがな……」
「だったら、何とか頑張ってみませんか?」
「しかし……方法がな。さっきも言ったが、聖少女様の家はどうやら侵入者防止の罠が張り巡らされているらしいし。かといって、他に下着を脱ぐような場所もないぞ」
ピエールさんの言葉に同意して、うなずく信者たち。
やれやれ、頭が固いな。
これだけの組織力があるなら、いくらでもできることはあるだろうに。
聖少女……いや、魔王を愛でているうちに変になってきたのかもしれないな。
「ないなら作ればいいじゃないですか!」
「なに?」
「俺たちのパラダイスを、俺たちの手で! 作るんですよ!!」
そう言うと俺は、思いついたことをピエールさんたちに伝えた。
すると彼らは、すぐさま思案を巡らせ――。
「いける、これならば行けるぞ!!」
「でしょう?」
「うむ、さっそく作業開始だ! 聖少女十字団、かかれ!!」
「うおおおおーー!!」
気勢を上げる信者たち。
それからわずか数日後。
俺たちの住む冴えない田舎町に――。
「でっけえ!!」
巨大温泉施設が出現したのだった。