第十三話 聖剣を手にする者
ピラミッドの頂上は、四角く平らなスペースとなっていた。
大きな魔法陣が床に刻み込まれていて、その中心に剣が突き刺さっている。
神々しい光を放つそれは、まさに聖剣と呼ぶのがふさわしい代物だった。
近くに立っているだけで、心が清められるようなオーラを感じる。
来歴が来歴だけに、そこまで期待はしていなかったのだが――。
なかなかどうして、すさまじい代物だ。
「これが聖剣か?」
「鑑定してみますね。……おおっ!!」
「どしたん?」
「すっげーステータスですよ、これ!」
名前:聖剣オルガレア
攻撃力:110
付属効果:光のオーラ
高名な鍛冶師が鍛えた剣でも、せいぜい40か50と言ったところである。
前に冷やかしで高級武具店を覗いたことがあったが、一番高い剣でもその程度だった。
その倍の威力を誇るとは、さすが聖剣という他ない。
加えて、光のオーラなる特殊効果まで付属している。
「素晴らしい。さっそく抜こう!」
魔法陣の中に入り、聖剣へと手を伸ばすサーシャさん。
彼女はそのまま両手で使を握ると、力いっぱい引き抜こうとした。
しかし――。
「抜けん! 抜けんぞ!?」
顔を赤くしながら、年頃の女性らしからぬ唸りを上げるサーシャさん。
けれども、床に突き刺さった聖剣は小動もしなかった。
嘘だろ?
サーシャさんの腕力は、タイタンをぶった切るほどなんだぞ?
俺たちが驚いていると、どこからともなく声が聞こえてくる。
「貴様に我を抜かせるわけにはいかんぞ、女」
「誰だ?」
「我は聖剣オルガレア、神が遣わした救いの剣なり」
さすが、聖剣ともなると話すことが出来るのか……!
そんじょそこらの武器とは、根本的に格が違うらしい。
「聖剣よ、私たちは魔王に勝つためどうしても力が必要なのだ。頼む、力を貸してくれ!」
「ダメだ」
「何故です? 私では不足というのか!?」
「そうではない。むしろ……お前、力ありすぎ。さっきの見てたけどさー、あんな戦い方されたら我でも折れるって!」
何か、急に言葉遣いが崩れたな。
突然のことで呆気に取られていると、聖剣はなおも続ける。
「そりゃ、我は頑丈よ。ドラゴンに踏まれても大丈夫。でもさー、あれ見てるとねぇ。ちょっと不安になっちゃうんだよねー、わかる? 埋め込まれた宝玉の当たりがさー、ヒュンってすんの。玉ヒュンってやつ」
「は、はぁ……」
「それなら、私はどうや? これでも、多少は剣術できるで?」
今度はリーツさんが前に出た。
すると即座に、聖剣のダメ出しが飛ぶ。
「あー、ダメダメ!」
「やっぱ、技量がないとあかんの?」
「それもそうだけどさ、君、我を抜いたらそのうち絶対売るでしょ? そんな顔してる。嫌なんだよねー、売りものになるとかそういうの。聖剣が店に並んでたらさぁ、ブランド価値とかそう言うの台無しじゃん。やっぱこう、秘境の地とかダンジョンの奥に眠ってないとねぇ」
……うわぁ、めんどくせえ!!
俺たち三人の心が見事に一致した。
でもここで、こいつに拗ねられては元も子もない。
何が何でも、おだてて抜けてもらわなくては困る。
「あの、俺じゃダメですか?」
「君? うーん、そうだなぁ……。なんというかこう、影薄いよね。ツッコミAとかそんな感じの役割しか与えられなさそう。ダメ」
「誰がツッコミAだ! だいたい、そこと聖剣を抜くこととどう関係あんだよ!」
「だって、ツッコミAに使われたら我活躍できねーだろ。君はそうだな……伝説の眼鏡。伝説の眼鏡でエロ本を見て抜け」
「なんだよ伝説の眼鏡って! あと、抜くものが違うわ!!」
やっぱ、変な勇者が使ってただけあって変な聖剣だ……。
これで能力もダメだったら諦めるのだけど、そこだけは超一流だからなぁ。
『こうなったら、無理やりにでも抜くしかないですね』
『ああ。だが、三人で力を合わせたところでたぶん厳しいぞ』
俺もリーツさんも、残念だけどそれほどパワーがある方ではない。
手を貸したからと言って、サーシャさんがあれだけやって抜けなかった剣を抜けるとは思えなかった。
うーん、何かいい方法はないかな……。
『あ、そうだ! この場所を使いましょうよ!』
『どうするん?』
『聖剣の柄に縄を括りつけます。それで、縄のもう一方の端をでかい重りにくっつける。あとは重りを、この場所から突き落とせば……』
『なるほど、そらええなあ! いける、いけるで!』
ポンッと手を叩くリーツさん。
サーシャさんもうんうんとうなずいて同意した。
よし、方針は決まったな。
早速仕掛けを作り始めると、すぐさま聖剣から困惑した声が聞こえてくる。
「君たち、何してんの?」
「見たらわかるやろ? この重しを落として、その力でアンタを引き抜くんよ」
そう言うと、リーツさんはピラミッドの岩を変形させて作った重しをポンポンと叩いた。
直径二メートルはあろうかという巨大な岩の塊。
たぶん、重さ数トンはあるだろう。
これが勢いよく落下するときの力なんて、想像を絶する。
「やめてくれ、その攻撃は我に有効だ!」
「そう言われたら、やるしかないではないか」
「待って、本当に待って! そんなピタゴラスイッチみたいなやつで抜かれたくない! 俺、今でも変な伝説が流れちゃってるのに! 聖剣ってそういうのマジで重要だから! イメージ戦略ってやつ? ねえわかる、わかってくれよ!」
「無視やな」
「ええ、無視っすね」
聖剣の悲鳴をバックに、粛々と作業を進めていく。
だがここで――ふいに背中がゾクリとした。
この嫌な感覚は、間違いない。
魔王だ、魔王がこちらに近づいて来ている!!
「や、ヤバい! どうするんだ!?」
「えーっと、えーっと……!!」
「うわ、何か来ます! デカイ!」
ああだこうだと騒いでいるうちに、巨大な黒い影がこちらへと迫ってきた。
翼を広げ、威風堂々と天を舞うその姿は――カオスインフィニットスーパードラゴンだ。
あれから激闘を繰り広げたのか、全身傷だらけ……というか、首がないぞ!!
『お、驚いたわ……! ドラゴンゾンビや! あいつ、あのドラゴンをゾンビにして使役しとるで!』
『相打ちどころか、戦力が増えてるじゃないか!!』
『そういえばあの魔王、死霊魔法なんてスキル持ってましたね……!』
『お前、そういうことはもっと早く気付け!』
「おーーい!! 皆さん、大丈夫ですか!?」
声が響くと同時に、ドラゴンがピラミッドの横へと着陸した。
その背中に乗っていた魔王は、ぴょんッとこちらに飛び移ってくる。
彼女はそのまま階段状になっているピラミッドを、一気に駆け上がってきた。
その動きは非常に早く、とても逃げ出す余裕などない。
「ふぅ、良かった! 皆さんご無事だったんですね!」
「ええ、まあ……おかげさまで。だいぶ疲れましたけど……」
「そうですか、でも怪我がなくて良かったです!」
やたらといい笑顔をする魔王。
やがてその視線が、聖剣へと向けられた。
これは……一番まずいことになった!
ドラゴンを押し付けて、その間に聖剣を手に入れようとしていたなんて、魔王が知ったら……。
背筋がぞわぞわとして、嫌な汗が額に浮かぶ。
「何ですか、その剣は?」
「ええっと……」
「我は聖剣オルガレアだ」
リーツさんが言い訳しようとしたところで、剣自身がしゃべってしまった。
すると魔王は、興味深そうな顔をしてその柄に手をかけ……。
「あ、抜けた」
「なんで!?」
俺たちがあれだけ苦労したというのに、何であっさり抜けた!?
魔王と言えど、そのステータスはかなり魔法に偏っている。
サーシャさんが全力で抜こうとして抜けなかったものを、顔色一つ変えずに抜けるとは思えないのだが……。
俺たちが戸惑っていると、聖剣が言う。
「わ、我は常に強い者に従う! それが、たとえ魔の気配を漂わせる者であったとしても。清濁併せ呑むのが聖剣の度量……!」
『要するにビビっただけじゃねーか!!』
聖剣のあまりのヘタレっぷりに、俺たちは心の中で叫んだ――。