第十話 鑑定を極めた理由
フシノ樹海。
そこはフシノ山の裾野に広がる広大な森林地帯のことである。
現代においても人の手がほとんど入っていないそこには、太古の自然が息づいているという。
生息する魔物も強力で、ギルドの危険度指定はなんとAランク。
普通ならば、俺程度の冒険者が来ていい場所ではない。
「くれぐれも油断するなよ」
翌日。
野営を終えた俺たちは、サーシャさんを先頭に樹海の奥を目指していた。
これまでは魔王にさえ気を付けていればよかったが、ここから先はそうもいかない。
腰の剣に手をかけると、必死で感覚を研ぎ澄ます。
「そう言えば……リュカって鑑定以外の実力はどうなん? 剣術とか得意なんか?」
「いいえ」
「じゃあ、魔法? 魔導師って柄やなさそうだけど」
「それも違います」
「じゃあ……何ができるん?」
呆れた顔をしながら、尋ねてくるリーツさん。
実のところ、俺に鑑定以外の能力はほとんどない。
ゴブリンを退治できる程度の剣術と、冒険者として最低限の知識のみだ。
しいて言うと――
「薬草を見つけるのは得意ですよ。なにせ、一日百本は刈ってましたから! 薬草のリュカとは俺のことです!」
「そう言えば、うちのギルドで一番薬草を納品してたのってリュカさんでしたねぇ……」
「なんで薬草ばかり……」
「そりゃあ、一刻も早く鑑定を極めるためですよ! 薬草を鑑定して納品するのが、一番手っ取り早くスキルを上げる方法なんです」
俺がそう言って胸を張ると、サーシャさんとリーツさん、そして魔王の三人は困惑した顔をした。
いや、魔王にまで戸惑われると俺もショックなんだけど……。
「……変なこと言いました?」
「や、だってなぁ。どうして、そないに鑑定を極めたかったん?」
「そうだぞ。お前、もしかして鑑定士の息子か何かだったのか?」
「違いますよ。俺は農民の息子です」
「じゃあ、どうして?」
そこを聞かれたら、語らねばならないな……。
俺の悲しい過去を。
労苦の末に鑑定を極めるまでに至った、壮絶な決意を。
「俺、騙されたことがあるんです。女の子に」
「ほう……」
「それでもう二度と、騙されたくないと思って。必死に鑑定スキルを極めたんです」
「へえ、そんな過去あったんやね。ちなみに、どんなことで騙されたん?」
「化粧です」
「ん?」
「俺、故郷の村で好きな女の子がいたんです。笑顔がかわいくて素敵だなって思ってたんですけど、その子、すっぴんが……」
忘れもしない、三年前の夏。
暑さに耐えかねた俺が、村の連中と一緒に川遊びをしている時だった。
たまたま近くにやって来たあの子の顔に、俺が放った水鉄砲が直撃したんだよな。
そしたら、化粧が見事に剥げて……。
出てきちゃったんだよ、イボゴリラが。
「あれを見て、誓ったんです! 絶対に騙されないようにしようって! それで、人の秘密がわかるっていう鑑定を極めたんです。俺は美人でグラマーな女の子と結婚するまで、絶対騙されませんよ!!」
思い切り熱弁を振るう俺。
たちまち、サーシャさんたち三人はこちらから距離をとった。
じとーッと冷たい眼差しが、俺の身体に突き刺さる。
しまった……つい本音が出過ぎた!!
俺が冷や汗をかくと、サーシャさんたちが心の声で語り掛けてくる。
『ドン引きやわぁ。そら私だって、イケメンで大富豪で好きなだけ甘やかしてくれる旦那が欲しいで? けど、それを人前で言ったらアカンて』
『そうだぞ。私もできることなら鍛えずにムキムキになりたいとか、溢れるほどの胸が欲しいとか、ごくごくたまーーに思うが口では言わないぞ』
『あんたがたもたいがいじゃないですか!! というか、思念送り付けてきてる時点でアウト!』
『ふ、言うのと思うのとでは違うのだ』
やれやれと両手を上げると、サーシャさんは大きな大きなため息をついた。
そのまま彼女は周囲を見渡すと、少し困ったような顔をする。
「……とにかく、リュカはほとんど戦えないということだな?」
「そうなりますね。よろしくお願いします!」
「当たり前のように人を頼るな! 少しは自活しろ!」
「ま、まあまあ。鑑定を極めたリュカさんがいれば、のちのち便利でしょう。敵の弱点とかも見抜けるでしょうし」
そう言うと、魔王は怒りに震えるサーシャさんをなだめてくれた。
うーむ、こういうとこだけ見てるとやはり魔王とは思えないな。
けど、この子が俺を殺すって言ったのは事実だし……。
俺を油断させるために、演技をしている可能性だって多分にある。
「しゃーない。リュカ、ちょっとそこを動かんといてや」
そう言うと、リーツさんは杖を手に呪文の詠唱を始めた。
彼女のスキル欄にあった、古式詠唱術というやつであろうか。
何を言っているのか、さっぱり聞き取ることが出来ない。
かろうじて、とんでもなく早口だということだけはわかる程度だ。
「これでよしっと! 風の防御魔法をかけといたから、しばらくは安心なはずや」
「ありがとうございます!」
「ま、ダークインフィニティウルトラドラゴンが相手じゃどれだけ持つか分からんけどな」
そう言うと、リーツさんはニヤッと白い歯を見せて笑った。
たちまち、サーシャさんの顔が赤くなる。
『あまり言ってくれるな……恥ずかしい!』
『ははは、悪い悪い。意外と語呂がええんでな、つい』
『くッ……今度からこういうことは、リーツかリュカに任せよう……』
『せやな、ダークインフィニティメガトンドラゴンなんて……』
そこで、リーツさんの思考が中断した。
いったい何があったというのだろう?
俺たちが慌てて周囲を見渡すと、巨木の間から黒い何かがぬうっと姿を現した。
あれは、あれは……!!
まさか、サーシャさんの言ったでたらめがほんとになったのか!?
「ほ、本で見たことがあります! カオスインフィニットスーパードラゴンですよ!!」
「微妙に違うのかい!!」
俺たちの声が揃うと同時に、ドラゴンが咆哮を上げた。
こうして俺たち四人と、カオスインフィニットナントカドラゴンとの戦いが始まった――!